里帰りしたかった(流血描写アリ)


「ふう……やっぱ徒歩かちじゃキツいなあ。記憶が戻ったのがもっと小さい時じゃなくてよかった。舗装されてない道なんて長く歩けないもん」


 私はしばらくのお休みを貰って、里帰りすることになった。

どうにも、近いうちに戦が起きるかもしれないと国境付近の村々は危機を感じているらしい。

先んじて疎開するにしても、家族がばらばらのままではいずれ平和になっても二度と会えないかもしれない。


 というわけで私はおよそ一年ぶりに両親の顔を見に行くことにした。天馬騎兵になる夢は先延ばしになるけれど、そんなことより水出る地ふるさとだ。


前世の私はいわゆる転勤族というやつで、地元だとか幼馴染だとかそういったものを持っていなかった。

だから今、自分の田舎を持っている私はやはりそれを大事にしなければと思うのだ。それに、記憶が入ってくるまでは何気なく使ってきた、「水いずる地」という故郷を表すこの世界の言葉はなんとなく気に入っている。なぜ水なのかはわからないが。



 鞄には今までのお給金と便利なナイフ、水筒とパンが入っていて少し重いけれど、交渉上手が持たせてくれた、いわばギルドのみんなの愛だ。それも含めて両親にはいいおみやげだろう。

一年目の小娘にこんなにくれるなんて、随分と羽振りがいいのかと聞いたら、親方も交渉上手も少し困った顔をしていた。

無理なんてさせたくないと伝えたのだが、親方に苦々しく「武器売の羽振りがいい理由くらい、自分で考えろ」と突き放されてしまったっけ。




「囲め!へへっ…いい馬車使ってやがるんだから、中身の値打ちもいいはずだよな…?」


少し急な坂を上がりきったくらいで、治安の悪そうな声が聞こえた。

とっさにしゃがんで息をとめていると、結構な人数の足音がする。


こんなところで野盗?

馬車を襲ってる?


街道の治安は悪いけれど、まさかこんなふうに出くわすなんてどんな運だ。



「兵もいいのを連れてンじゃねえか…ケケケッ、そいつらの鎧引っ剥がして売ってもたらふく飯が食えそうだぜ」


おそるおそる顔をあげると斧をもった男たちが私に見えている範囲で七人、馬車とその周りの兵士たちごと囲んでいるのだから反対側にはもっといるのだろう。


野盗が勝てば?

反対側にでも歩いていってくれない限り私も見つかってしまう。

兵士が勝てば?

逃げた野盗に気晴らしとしてひどい目に遭わされる。どちらにしてもロクな道がないのなら…



「私足遅いし、逃げるのは無理。よし」



重石になる鞄をおろし、気持ち程度だが土をのせて隠す。ナイフは落としたり奪われたりしたらおしまいだから、これも置いていく。武器の目利きはうまくなってきたけれど、とうの扱いにはまったくもって自信がない。それに、マデリンに生まれる前の私が人生のほとんどをかけて修めてきたのは徒手空拳の武だ。


「キャァあぁあぁァァァっっ!!」


気合なんてものがない道場だったから、声の出し方は知らない。気を引けるような大声は悲鳴くらいしかないなんて、情けない限りだ。



 野盗も兵士も驚いてこちらを見てくれた。

息が詰まる。

心臓というか胃がめちゃくちゃ痛い。

だけど後にはひけない。


「な……ガキ?」

「っ………」

「が……ぁ……」

一気に距離を詰め、面食らっている野盗の下顎に掌底を入れる。

奇襲は一度切りだ。


私が動けば当然他の連中も魔法がとけたみたいに動き出す。

掌底を叩き込まれて気絶する野盗から一歩退けば別の野盗が雄叫びを上げながら私に斧を振り上げてくる。


たしかに、大声でひるませれば大ぶりの攻撃も奇襲のように決まるのは、私がさっき試した通りだ。


けれどアドレナリン全開のやけっぱちになった私にその奇襲はもう通じない。

それに、両手で大きく縦に振りかぶる動きは、武道家だった私がよく知っている。



 太刀取りの転回だ。相手が振り下ろす直前の一歩で相手に合わせ、私の一歩を相手が前に出した足の隣に置く。同時に右手を相手の両腕の間、懐に突っ込んで、相手の手の上から一緒に斧の柄を持ち、振り下ろす瞬間、相手に添わせた足を軸に身体を半回転させて相手とぴったり同じ方向を向く。このままでは一緒に斧を振り下ろしただけだが、ここから先が見せ所だ。一度体軸をあわせてしまえば、あとはこの人の武器も力も歩く方向もすべて私の思うがまま。


「なんっ……だあぁぁあおおい?うえっ!?待て、離せねえ?!」


このおじさんが私を振りほどこうと力を入れて斧を振り回してくれていて助かった。それだけ私が利用できる力を足してくれるのだから。

得物は随分と手入れのされていない斧だが、柄と刃からして農業用のものではない。つまり、生き物を切り続けてこの様になったのだ。


「どきやがれガキィッ!!」

「やめろ!俺に当たったらどうすんだ!!」

「ふぅっ…」


一呼吸の覚悟と一緒に、私に向かって斧を横薙ぎにふるおうとした野盗の腕へ、すくい上げるように振るった斧を突き立てる。

「ぐっ……あがぁああぁぁぁぁぁっ?!」

「おれ、俺の、俺がやったんじゃねえ!このガキが俺の手で…!」

肘に入ったみたいだ。

斧の切れ味か使い方のせいか、腕は落とせなかったが確実に間接と腱は壊れただろう。


斧を抜こうとすれば私と私に利用されてくれていた野盗との合気も切れてしまいそうだったのでさっさと手を離し、次の相手に視線を向ける。

「くそっ、あのガキ殺してやる!」

「腕が…おれ、俺の腕…おい、抜いて、抜いてくれよ…」

「お前の斧を寄越せ!あのガキ殺してから抜いてやッ……ご、ふっ……」

「ヒェッ、俺はもう戦えな…降参し、か…ふっ……」

横目で確認すれば私が相手取った野盗が三人とも兵士の槍に貫かれていた。そのまま私に槍が向いてはこなさそうだったので、今のところは野盗の相手に集中できそうだ。



「だあぁああぁあっ!」



視界の外から響いた声に目を向けると、野盗の一人が自分の斧を投擲してきた。


それに注意を払うことによって私が視界から外してしまった敵の攻撃を回避するためにも、投擲者の方へ走る。相手は投げた斧の代わりに兵士から奪ったやりに持ち替えた。


それならそれでいい。

じょう取りの動きもきっと私は覚えているはずだ。


 突いてくる槍の柄を掴み、その勢いを殺さずに槍を私の体側たいそくに沿って下へ落とすと、槍から両手を離せなかったその男は顔からつんのめって落ちた。


このまま槍をとりあげてとどめをさせば、と手元を見てみると、左の手のひらが血にまみれている。


うかつだった。


杖と違って槍には刃物が穂先に付いている。

最初に槍を右手で取る時こそ穂先を回避したが、落とすときに握った左手はもろに刃を握ってしまったのだ。



「痛っ……ぁ…」



傷を視認したことで痛みがやってくる。馬鹿、詰めが甘いんだ。今の私マデリンも、前世の私こはるも。



 見渡せば野盗たちは皆息絶えているのか、立っているのは兵士と彼らが乗っていた馬ばかりだった。

終わったんだと安心して、馬車が通り過ぎるのを伏して待っていると、ぎし、という音に続き、地につく足音が増えた。



「面をあげい、娘」



馬車に乗っていたのはお姫様だとかの類ではなかったらしい。そういう目の保養みたいなご褒美が期待できなかったのは残念だ。だが要人には違いがないし、と顔をあげてみると、



「ただの娘と呼べるような動きではなかったな、貴様」




ラスボスだーーーー!!!





いや、ラスボス?なぜ?なぜそんなゲームみたいな言葉が?確かにこのひとの出で立ちはそれらしい。ごっついマントとか顎髭とか目つきとか謎な富士額とオールバックとか。けれどどうして…


「許す。名乗れ、娘」


カラス麦アボワ村のマデリンです!」


焦点があわない。そうだ、この人の名前はガーグランツGurgrant、で隣の王国の王さまだ。もとは将軍だったが、自国の王位を簒奪し、隣の国に攻め入って征服する人だったはず。たった数人の精鋭で使者として城に入って、だまし討ちみたいな形で王族や側近たちをばっさばっさとやったとか。


 どうして私はこんなことを知っている?そうだ、これ、私がやっていたゲームの内容だ。


『ときめき♡サガ』だかなんだかそんなタイトルの恋愛シミュレーションゲームで、主人公はガーグランツの姪っ子。

王たる叔父不在の王国で秘密裏に人を集めて軍を組織し、その王位を簒奪する話だった。

冗談じゃない。

私はなんて人を救ってしまったんだ。

大きくて立派だけど、こんな要人がたった一台の馬車で移動中なんて、これからこの国の王城に向かうところじゃないか。


国境付近の治安も悪くなるはずだ。隣国でクーデターが発生した直後だもの。近隣に戦場があったのなら、野盗たちだって農具なんかじゃなく、戦闘用の武器をもってこれるわけだ。加えて精鋭たちがこの篭の中で王とともにこれから人を殺しにいこうとしていたのなら、こんな野盗たちなんて相手にもならなかったはず。護衛の兵士たちだって怪しまれないためだけの装置なのだろう。


私はただ無駄な怪我をしただけ。

なんて、無様。


「マデリン、選択肢をやろう」


そういってガーグランツが指をならすと、フードを被っていた御者が王に並び立った。


「隷属か、死か」


「死にたくない、です!で、でも、じ、じじじ慈悲深く、か、寛大でででであらせらえろれられます高貴な方、私は故郷で親のか、かか顔を見たく…その、あのの、あの、働いた給金を家に……」



「では力を示したことを恨むのだな」



王が片手をあげると、御者が懐からナイフを出す。その動きでフードがズレ、彼の鉛色の髪が夕日に濡れた。

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