第12話 体操服

――五年生なった。

 

 上靴泥棒というあだ名から、いつの間にかみっちゃんと呼ばれるようになっていた。


 先生に問い詰められた正孝君と友之君が本当の事を白状したからだ。


 相変わらず、サトちゃんとは廊下ですれ違っても無視し合う関係が続いた。


「みっちゃん、サトちゃんが今度の子供会は行くか?って聞いてるんだけど」

「……行かない」


 明子ちゃんをパイプ役にして、必要な事の連絡を取り合いお互いの親にバレないようにした。


 お母さん同士の交流は行われている。

「……私ね。サトちゃんのお母さんって働き者だと思うよ。仕事を二つ掛け持ちしてるんだよ」


 点数稼ぎのように、サトちゃんのお母さんを褒める。そうしないと絶交している事が分かってしまうからだ。


「サトちゃんもね、でもいいんだって。サトちゃんも偉いね」


 絶交を隠すための嘘は叱られない。悪口じゃないから、お母さんも機嫌良く聞いてくれる。


「サトちゃんも偉いわね。……そう言えば、あなた絵画のコンクールで金賞取ったんですって。廊下に貼り出されているのを自分の事のようにサトちゃんが喜んでいたらしいわ」


 サトちゃんは、私の事を自慢してお母さんに話すらしい。絶交を隠すために不思議な関係になっていた。


「……じゃあ、ヨシばあの所に行ってきます!」


――足腰弱ったヨシばあの代わりに、散歩に行くことが日課になっていた。


「リュウ、おまちどおさま。行こう」

「ミツ、ありがとう、気を付けてな」


 散歩用の鎖にかえて秋田犬のリュウをゆだねられた。


「ミツになついて助かるよ。子供が嫌いなのに、ミツの言うことは良く聞く。……犬は犬好きか嫌いかが分かるんだね。サトを見るとずっと吠えてるよ、ハハハ」


 欠けた前歯を隠すように、ヨシばあが笑う。


 散歩コースはいつも決まっていた。陸上部に入ったサトちゃんは帰りが遅い。サトちゃんの帰宅時間を避けて、会わないようにしていた。


――なのに、その日はサトちゃんに会ってしまう。最悪なことに、夕日を背にしているサトちゃんに気がつくのが遅くなって、数メートルの所で気がついた。


「……リュウ」鎖を引っ張る。サトちゃんを見るとリュウが吠えるからだ。


「……ワン、ワンワン」鎖をグッと引っ張る。


 今にもサトちゃんに飛びかかろうとしているリュウの力が強くて私も引っ張られる。


「……ウー、ワン、ワン、ワン」

 低い声で吠えるリュウを見て、サトちゃんが震え出す。お願いされたらサトちゃんを守ったのに……サトちゃんの怒鳴り声がする。


「ちゃんと、ちゃんと持ってなさいよ!」


 ずっと嫌だった命令口調に、サトちゃんへの憎しみがよみがえった。


「絶交って言ったくせに!」


 鎖を離した。リュウがサトちゃんに襲いかかるようにリュウの鎖をパッと離した。


「……ギャー、やめて」

 サトちゃんはリュウが離されたのを見ると悲鳴をあげて走る。……追いかけるリュウ。ヒステリックに叫びながらサトちゃんが走る。……遊んでもらっていると思ってリュウが追いかける。


 サトちゃんはランドセルを揺らしながら、畑にダイブした。


 とんでもない事になったと慌てた視線の先には、サトちゃんの土で汚れた顔をリュウがペロペロ舐めていた。


「わざとでしょ!何やってんのよ!全く」


 サトちゃんはひざ小僧をはたいて、ブスな顔で怒鳴る。笑いをこらえながらリュウの鎖を引きサトちゃんから離す。


「……痛い。痛いよ、もう」

 よく見るとサトちゃんはひざ小僧から血を流していた。


「……どうしてケガしているの?どこで?」

 目をこらして辺りを見回して見ると、


――ダイブした畑の手前に有刺鉄線がある。


 手のひらも、ひざ小僧もそこで引っ掛け血だらけになったようだ。


 日が暮れていくなかでも、血だと分かって、恐ろしくなり、震えた。サトちゃんの着ていた体操服の右袖がビリビリに破れている。


「……もう、痛いよ、もう」

 二度叫んで、サトちゃんは走って行った。


 とんでもないことを、とんでもない事をしてしまった。私は、しばらくその場に立ち尽くした。






 

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