黄昏ゆく世界で

@yonjirou

第1話 発端

《こまる ゆきもり》小丸 幸守は最近ジーワールドZworldというVRゲームにハマっていた。


ゾンビゲーとしては空前絶後のヒットを生んだ名作で、自分自身も発売してから1年が経とうとしているが、いまだに毎日プレイし続けている。


ゾンビパンデミックによって世界が崩壊して数か月後のアメリカが舞台、主人公のクレイグは生真面目な元軍人で、他人を助けながらパニック時に生き別れた娘を探しているという設定だ。


素手、近接武器、銃器など100種を超える様々な武器を駆使して、色々なタイプがいるゾンビや暴徒と化した人間達を倒し、数少ない生き残った人間のコロニーを守ったり、暴徒の拠点を襲撃したり、通りすがりの人間をゾンビから助けたりと、用意された様々なイベントをクリアしていく。


オープンワールドらしく自由度の高さが売りで、やろうと思えば開始して20時間程度でクリアまでいける。


当然それだけのゲームがそこまで人気になる訳もなく、サブイベントなどを含めた全体ボリュームはやり込み要素も含めると実績全解除には300時間はかかると言われている。


更に大型DLCを4ヶ月に一回くらいのペースでどんどん配信するもんだから、解くべき実績目標が増えるばかりという恐るべきゲームだ。


ちなみに、レベルとスキルシステムが備わっており、敵を倒したりクエストをクリアして得た経験値でレベルが上がり、その時に得るスキルポイントでスキルを選択する。


スキルは熟練度が設定されていて使えば使うほど効果も上がるけど、それらをカンストする作業は気が遠くなる道のりである。


ちなみに自分はレベルと取得したスキルは全てカンストしており、もうすぐ最新のDLCまでを含めた全ての実績を解除するところである。積みあがったプレイ時間は500時間を超えており、自分で言うのもなんだが、プレイスキルはかなり極まっていると思う。


会社から帰って最初に飯と風呂を済ませ、その後は眠気の限界が来るまでプレイに没頭する。忙しくない時期は、そんな毎日をひたすらに過ごしている。


辛うじて友人と呼べるのは会社の同僚くらいだが、休みに会うほど深い関係ではない。

家族は両親ともに健在だが、過去に軽く虐待を受けていた事から高校卒業後一切の連絡を取っていない。


なので土曜休みの今日も、早朝に起きてから日が落ちるまで心置きなくプレイし続けている。朝起きて簡単に飯を済ませた以外は、他に何もしていない。


とは言え風呂には入りたいので、アラームを22時にセットしている。

もうそろそろアラームが鳴ってもおかしくない頃合いだろう。キリのいいところで切り上げるべきかもしれない。


上手い具合に少し進めば、セーフルームがある。そこで一旦セーブして、ゲームを中断するのが良いだろう。


途中の道にぽつぽつとうろついているゾンビを適当に殺しながら、セーフルームへと駆け込む。


瞬間、真っ白な空間に自分は立っていた。


事実を認識するのに数秒を要し、「ああ、バグか」と強制終了しようとヘッドセットを外そうとする。が、頭には何も着けられていない。手に当たるのは、少し脂性の自らの頭髪のみだ。



そして、小丸は「彼」と出会った。

彼曰く、これからこの世界は侵略を受けるとの事だった。


大昔に滅びた古き神々だか何だかが、世界の支配権を取り戻そうとしており、今自分がやっているゲームの様な世界になる。


原因は古き神々とやらがばら撒く細菌のようなモノのせいで、粘膜や裂傷箇所に感染者の体液が触れて体内へ摂取する事で感染し、個人差はあるものの数時間で発症する。


彼は小丸を初めとして、1000人ほどを彼の使徒として力を与える。使徒は彼の作った抗体(の様なもの)によって感染することはなく、また自らの体液を他人へ与えることでその人間も抗体を得られるらしい。


使徒は全てZworldのプレイヤーとの事。状況への対応がスムーズに運ぶ為らしい。使徒へ与える力も全てゲームに準拠する。


魔法やら聖剣やらよりファンタジックな力の方がいいのではと伝えると、すでに侵食されて大きく力を喪っており余り大仰な力は与えられず、また余り現状の世界の常識と大きくかけ離れた力を与えるのも難しいらしい。


使徒の目的は、感染者の殺害と非感染者の保全。感染者が増えれば増えるほど彼は力を喪い、古き神々が力を増していく。

要するにやる事はゲームの主人公と一緒ってことだ。



目覚めると、自室のベッドでヘッドセットをつけて寝ている状態だった。

カーテンを開けて、外を眺める。


マンションの8階から見下ろす住宅街の景色はぱっと見はそこまで変化は無かった。

車が走っておらず、車両がところどころに放置され、道のそこかしこをボロボロの格好をした人間の形をしたモノがフラフラと出歩いている以外は。


どうやらあの「彼」が言っていた通り、世界はゾンビパンデミックの災害に見舞われたらしい。


他の地域がどうなっているかは預かり知れないが、少なくとも自分が住んでいるこの町はパンデミックの被害が広がっていっているようだ。


「彼」の言では、自分の体を造り替えるために目覚めた時には日本でのパンデミックから1カ月ほどの時間が経っているとの事だった。


人が、死んだのだろう。

窓からの景色では、街の至るところから火の手が上がっているのが見える。


数少ない親類、会社の同僚、学生時代の同級生、見知った店員、隣近所の住人。

自分の知るありとあらゆる人間が死んでいる、もしくは歩く死体となっている可能性だってある。


そう思うと、少し、ほんの少し胸に穴が開いたような、そこに冷たい空気が少し流れ込んで来たような喪失感を感じる。


それは自分の感情が希薄だという事ではなく、「彼」から貰った能力に起因するものでもなく。

ただ、自分が彼らとそこまで深い関係を築けていないという事、そして自分が彼らに対してそこまで親交を感じていないという事。


所詮はその程度。生来、薄情な人間なのだろうと思う。人間が嫌いなわけではない、死んだらいいと思ってもいない。

会社でも、同窓会でも人並みに人間関係は構築している。。


それでも、彼らが理性を失い、腐れた身体を引き摺って、人肉を貪る化け物になり果てても。「ああ、そうか」と思うだけだろう、きっと。


だからこそ、「彼」に選ばれたのか。その理由は明かされなかったけど。


現況を受けてまずすべき事は、「彼」から受け取った能力の確認だろう。

その結果によってこれからの行動指針の大方が決まる。


「彼」は自分にZworldの主人公と同様の力を自分に与えたと言っていた。

レベルこそデフォルトに戻ったものの、あの説明が本当なら自分の力はパンデミックに見舞われた終末世界において、絶大なアドバンテージとなる筈だ。


「彼」はその力で、出来るだけ人を救ってほしいと言っていた。

それ自体に関して自分に不満や躊躇はない。

崩壊したこの世界でヒーローを騙るつもりは無いが、無法に身をやつす気も無い。


自分の生存を至上目的とした上で、余裕を持って人助けを成せる状況にあるのならそれを躊躇う理由は自分にない。

何よりこの力をくれた「彼」がそれを望んでいるのだ。


彼の望まぬ使い方をすれば、力を取り上げられたって何の不思議も無いだろう。

とはいえ「彼」もまた正義感や道徳心から人の救済を望んでいるわけでは無いが。



少しの気恥ずかしさを感じながら、抑揚の少ない声で呟いてみる。

「ステータス」。

瞬間、脳裏に自らの能力値が映像として浮かび上がる。


その「画面」は正しく慣れ親しんだゲームである、Zworldのそれと同一であり、違いと言えば自キャラがレベルキャップたる99に達していたのに対し、自分のそれはレベル1であり各ステータスも貧弱な状態になっているという事だ。


とは言え、ZworldはファンタジーRPGでは無いので表示項目はそこまで多くない。

HPの概念などは無い。Zworldでは攻撃を受けると画面が徐々に赤く染まっていき、死ぬと画面が真っ赤に染まってGAMEOVERとなる。


数値で表示されるステータスはレベル上昇によって微増していくATK(攻撃力)とDEF(防御力)くらいであり、ステータスで大事なのはそれよりもスキルの方だ。


スキルも全て初期化されており、気の遠くなるほどの作業時間を経てコンプリートされたスキルツリーは見る影も無い。


しかしながらそんな事は大した問題じゃない。現実を舞台に、大好きなゲームの能力を、我が身で行使できる。


他人が知れば不謹慎と怒り狂うかもしれないが、ゲーマーなら誰だって共感するのでは無いだろうか。こんなにワクワクする事が他にあるか、と。


レベルは1だが、スキルポイントは3ポイントある。

何のスキルを取るか。当然、Zworldに準拠した能力である以上、プレイキャラが取得していた能力を取っていくのが常道だろう。


この手のゲームの御多分にもれず、Zworldも序盤はキツイ。

キャラがある程度育って、スキルと武器が揃えば雑魚ゾンビの群れに負ける事も無くなるが、そうなるまでは数体の一般ゾンビに囲まれただけで死ぬかもしれない。


ある程度レベルが上がってスキルが揃うまでは、慎重な行動が求められるだろう。

くれぐれも全能感に身を任せて、危険に自ら飛び込む様な真似は慎まなければならない。

リスクヘッジというやつだ。


…どうでもいいが、昨今の日本経済界で流行っていた横文字至上主義は何だったのか。

コミットだのイノベーションだのインバウンドだの、わざわざ横文字にして意味を分かりにくくする事に何の意義があるのか、小丸は本当に不思議でならなかった。


相手が分からない言葉を使ってマウントを取っている様にしか思えないのは、自分の浅慮なのか。どうも意識高い系という奴が苦手だった小丸である。こうなった世界で今更の話だが。


脳内でスキル画面を操作し、小丸は「再生」、「強靭」、「不懐」のスキルを取得した。ゲームに準拠しているなら、レベルのカンストは非常に長い道のりとなる。


出来るだけ堅実なスキル選択を考えれば、小丸にはこの3つが最も無難に思えた。

それぞれ、HP自動回復強化、防御力強化、武器の耐久力倍化という効果となっている。

瞬間的な攻撃力よりも継戦能力と生存率向上に重きを置いたスキル構成である。


感染の心配は無いのは非常に有り難いが、致命傷を負えば普通に死ぬ。感染源への抗体とゲーム内能力、そして「物資ショップ」。それらが彼から小丸へ与えられた、この世界を生き抜く為の武器となる。


正直、十分にして過ぎると思う。

ゲーム内能力にしても物資ショップにしても、正直チートが過ぎる。

もちろん、有難く使わせてもらうが。


後は、外に出る前に武器や食料などの準備をしなければならない。

とは言え、物資ショップ機能のおかげで、食料や薬剤などの物資面における心配はそれほど要らなくなる可能性もあるが。


差し当たりバックパックに保存の効く食料を詰める。幸い家の中には、乾燥食料が数日分買いこまれていた。


出不精の小丸は、エネルギーメイトや玄米ビスケット、チョコレートなど保存と携帯に優れた常に一定量家に置いていた。


買い物を忘れても、外に出ずに栄養補給を済ませられる為である。

同時に、手回し充電とソーラー充電機能が両方ついた多機能ラジオなど、災害に備えて揃えていた様々な物品を詰めていく。


装備の面でも備えていた。

ゾンビ禍が起きた際の行動規範を幾度も妄想していた小丸は、密林系通販サイトで幾つかの実用性のある刀剣類を購入して家に置いていた。


現代の刀鍛冶が鍛造した剣鉈、ゾンビ映画で主人公たちが使っていそうなククリマチェーテ、採掘などに使われる小振りのロックピックハンマーなどがクロークの中に仕舞われていた。


どれも中々にいいお値段の逸品揃いである。

実際に外に持ち出して使用したことも無く、偶に錆止めオイルを塗ったり、軽く研いで手入れをしていたくらいだが、購入者たちのレビューを信じる限り、早々に壊れたりすることは無いと思いたい。


今の姿を在りし日の勤勉な警官に見掛けられたら、職務質問からの交番連行は避けられないだろう。


腰の両側にそれぞれ剣鉈と採掘ハンマーを吊るし、服装は黒の防刃パーカーに厚手の6ポケットカーゴパンツ、背には大型のミリタリーバックパックを背負い、バックパックの側面ベルトには大振りなククリ山刀が刺さっている。


頭部には薄青色のゴーグルつきのの硬化プラスチック製のフルフェイスマスク。呼吸と視界に少し難はあるが、今の身体能力なら問題はない。この身体は鍛え上げられた精鋭米兵と同等の身体能力なのだ。


手指は指抜きされた防刃グローブで保護しており、生半可なことで破れることはない。

靴はトレッキングブーツを履き、少々蒸れるが丈夫さを優先。

動きやすさと防御力を重視した中々にベターなチョイスだと自画自賛している。


ちなみに背負ったバックパックはちょっとしたアイテムボックスになっている。

容量無限では無いが、ゲーム内のアイテム所持能力よりもその性能は多少ブラッシュアップされており、30立方メートルほどの広さを持つ空間へ繋がっているらしく、重量は皆無に等しく、中での時間経過も100分の1ほどの速さとなる。


バックパック自体に依拠した能力ではなく、小丸自身に依拠する能力によるものなので小丸が使ったバックパックは全て同様の容量を持つことになる。


ただし、他人がものを取り出すことは出来ないし、他のバックパックを使う際には一旦すべてのものを出した上で、アイテムボックス能力を移し替える作業が必要となる。


鞄の種類はバックパックタイプに限定されるし、間口より大きい物が入ったりはしないが、食料や衣料品などの供給が途絶えた現状では非常に有用な能力となるだろう。


装備は整った。これからドアを開け、一歩踏み出せばそこは死と絶望と動く死体で溢れかえっている。敵はゾンビのみならず、法の縛りから解き放たれ理性を失った生存者たちも襲ってくるだろう。不思議と怯えて震える弱気は感じない。何度も何度も妄想してきた展開だからか。「彼」の加護を得た余裕からか。

小丸の心には、ただただこの世界を生き抜いていくのだという強い決意と少しばかりの高揚が満ちていた。

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