夏のお買い物の場合

 7月下旬。一学期も無事終わり、いよいよ夏休みの到来である。

 白板京子しらいたきょうこは、親友の征矢野明日香そやのあすかたちと待ち合わせをしていた。目的は新しい水着の買い出しである。

 この夏休み、京子たちS高ハンドメイド同好会のメンバーは、M高のアウトドアスポーツ部の海合宿に特別にオブザーバー参加することになったのである。

 京子たちは文化部だというのに、他校の、それも運動部の合宿に同行するというのはかなりの無茶がありそうにも思えるが、京子の恋人でアウトドアスポーツ部の部長に就任した奈良橋浩太ならはしこうたによると、元々アウトドアスポーツ部は単独で合宿ができるほどの活動予算が確保できていないので、文化部を含めた他の部活と合同で合宿をすることで予算補助を確保するということを結構やっているらしい。

「でも、他校の、それもジャンルの違う部活同士で合同合宿って、本当に可能なのかしら?」

 浩太から事前にその話を聞かされていた同好会新会長の京子は首を傾げた。

「そこら辺は良くわからないけど、鈴村さんが生徒会や学校とうまく掛け合ってくれたみたいでね。他校との交流の一環ということで押し通したらしい」

 浩太もいまいち自信がなさそうであった。何でも浩太が新部長に就任する前の時点から既に会計担当で京子の知り合いでもある鈴村恵美すずむらえみが話を進めていたらしく、部長就任と同時にその話を聞かされてとても驚いたらしい。

「……私とちゃんと出会う前から話を進めていたなんて、恵美ったら何を考えているのかしら?」

「それを俺に聞かないでくれよ」

 ともあれ、恵美の手回しもあって話は順調に進み、期末テスト明けにはそれぞれの部活の顧問から正式に発表があり、所属する部員からも特に異論が出なかったため、晴れて二つの部活は合同で合宿をする運びとなった。

 そして、海に行くにあたって水着を新調したいと明日香が言い出したので、今日は京子と後輩の高宮たかみやゆかり、そして恵美の四人で一緒に買物をすることになったのである。



「京子、お待たせ!」

「京子先輩……おはようございます」

 京子が待ち合わせ場所でのんびりと待っていると、明日香とゆかりが二人で連れ立って現れた。

「おはよう、二人とも。……何だかんだで二人一緒ってことが増えたわね」

「うーん、結局あたしの家から一番近くにいる知り合いがゆかりってことになっちゃったからねぇ」

「すみません、外を歩くのに一人じゃ不安で……明日香先輩と一緒だと安心します」

「迷惑じゃないなら甘えるのは別に構わないと思うけれど、もうちょっと度胸もつけないとダメよ、ゆかり」

「は、はい……!」

 そう釘を刺すと、ゆかりはこっくりとうなずいた。

「ところで、京子の言ってたM高のひとはまだ来てないの?」

「うーん、ちょっと遅れるかもって話ではあったから、もうちょっと待っててくれる?」

「……どんな方なんでしょうか?」

「すごい美人よ。背が高くてスタイルも抜群だし、頭も良いの」

 ゆかりの問いかけに対して京子が答えると、明日香が口を尖らせた。

「何その完璧美人?! いつの間にそんな人と知り合いになったの?」

「まぁ、色々込み入った事情があってね……と、来た来た」

 京子が視線を向けた先には、小走りにこちらに駆け寄ってくるやや長身の少女がいた。



「ごめんなさい、私が一番最後ね、京子?」

「大丈夫よ恵美。私たちもついさっき来たところだから」

「えっと、そうするとあなたが?」

「ああ、はじめましてお二人とも。私はM高二年の鈴村恵美といいます。よろしく」

「丁寧にありがとう。あたしはS高二年の征矢野明日香。こっちは一年生の高宮ゆかりよ」

「……今、紹介にあずかったS高一年の高宮ゆかりです……よろしくお願いします」

 自己紹介の後、三人は互いに一礼した。

「……それにしても、話には聞いていたけど、背が高いわね鈴村さん。いくつくらい身長あるのかしら?」

「一七三センチくらいかな。小学三年くらいからしばらく伸びっぱなしだったの」

「すごいです……私なんてたったの一五四センチですよ……頭一つ分も背が違うなんて……!」

「うちは両親ともに背が高いから、遺伝的なものもあるかもしれないわね」

「そうかぁ、両親もハイスペックだとやっぱり違うものなのね……にしても、世の中意外に狭いわね。こんな美人が友達の友達にいるなんて」

 恵美の話を聞いた明日香は小さくため息を付いた。と、そこで京子が手を軽く叩いて全員の意識を向けさせた。

「はいはい。積もる話は色々ありそうだけど、まずは今日の目的を果たしてからにしましょうよ」

「はいはい、了解了解」

「あ……はい、わかりました」

「わかったわ、京子」

 こうして、四人は待ち合わせ場所を離れて歩き出した。



 四人がやってきたのは、駅から少し離れた場所にあるファッションビルの中にある特設の水着売り場だった。ここは毎年夏限定で最新の水着を売っていて、近隣だけでなく周辺の街からも水着購入目的の女性が訪れているのだという。

「ところで恵美は、去年の合宿の時はどうしていたの?」

「去年は女性の参加が私一人だけだったから、おとなしく学校指定の水着で我慢してたわ」

「え~嘘でしょ? 鈴村さんほどの人が学校指定みたいなダサいので我慢している姿なんて想像できないんだけど」

「でも、学校の授業じゃどう頑張っても指定の水着じゃなきゃいけないでしょ? 合宿も日常の延長と思えばね」

「……ものは言いよう、でしょうか?」

「そうじゃないわ。ちょっと見方を変えるだけよ」

 四人はおしゃべりをしながら色とりどりの水着を物色し始めた。



「うーん、どんなのがいいかなぁ……これだけたくさんあると悩むわね……」

「京子には、こういうのが似合うと私は思うけど」

「どれどれ? ……ピンクかぁ、ちょっと私には可愛らしすぎるような……」

 恵美が手に持っている淡いピンク色の水着に、京子は難色を示した。

「あら、そうなの。それは残念ね」

「京子って派手目な色は苦手だったりするもんね……あ! あたしこれにしようかな」

「ちょっと見せてよ。……うわ、赤のビキニとは明日香らしいわね」

「でも、明日香さんに似合うと思うわ。水着はちょっと冒険心があってもいいし」

「本当?鈴村さんほどの美人に褒められちゃうと自信になるなぁ」

 恵美の意見を聞いた明日香は顔をほころばせた。

「そういう恵美はどういうのを探してるの?」

「うーん、私はまず自分の背格好にあう水着を探さないといけないから……」

「そっか、その身長じゃ中々種類もないものね」

「そうなのよ。背が高いと服探しが全然楽じゃないわ。贅沢なのはわかってるけど」

「背の高い人は高い人なりの悩みがあるのねぇ……そういえば、ゆかりは?」

 明日香の言葉に、京子はゆかりを探してきょろきょろと周囲を見回した。

「いないわね。さっきまでそこにいたと思ってたのに……」

「高宮さんなら、さっき店員さんにサイズを測ってもらうって離れていったけど……」

「あら、そうなの。早く言ってよ恵美」

「ごめんね。言い出すタイミングがなかったから……」

「そういえば、ゆかりって小柄だけどどのくらいのサイズなのかしら? あたしたちは文化部だから同じクラスの子以外と一緒に着替えるタイミングがないのよね」

「そう言えば確かにそうね。恵美はどんな感じ?」

「うちの部活は下級生の女子もいるけど、他の部活と兼部って子がほとんどだから、やっぱりそういう機会は少ないわ。皆メインの部室で着替えちゃうのよ」

 恵美がそう答えると、二人とも、なるほどと言わんばかりにうなずいた。

「何だかんだでやっぱり他人のは気になっちゃうからね」

「そうね。まぁ私もあんまりしげしげ見られたくはないけど」

「それは同意するわ……と、高宮さんが戻ってきたわね」

 恵美の言葉に二人が視線を向けると、ゆかりがひっそりとこちらに戻ってくるところであった。



「すみません先輩……ちょっと店員さんにサイズを測ってもらいに……」

「心配しないでも大丈夫よ。話は聞いてたから……それでどうだったの?」

「え……!? えっ、と……言わないと、ダメですか……?」

 帰ってきて挨拶もそこそこに結果をたずねてくる明日香に、ゆかりは目を白黒させた。

「ダメって訳でもないけど……別に隠すようなことでもないでしょ?」

「同感。あたし達にだけでもコッソリ教えてくれない?」

「え……えっ……!? いや……その……」

 京子と明日香の二人に迫られてしまい、ゆかりは困り果ててしまった。何かの救いを求めるように恵美に視線を向けると、恵美は小首を傾げた。

「うーん、そうね……でも、ここで言っちゃったほうが楽なんじゃないかしら? 合宿に行くんなら、一度も服を脱がないなんてこともないでしょ? 大丈夫よ、誰も笑ったりしないから」

「そ……そう、です……か?」

 恵美の言葉にゆかりは半信半疑といった表情になる。それを見た明日香がすかさず言葉をたたみかけた。

「あたしもその意見に賛成~! 別に教えたから減るもんじゃないでしょ?」

「恵美の言う通り、ずっと隠しっ放しって訳にもいかないでしょ? どうしても嫌なら仕方がないけど……」

 京子にそう言われて、ゆかりは遂に観念したのか、消え入りそうなほど小さな声で恥ずかしそうに言った。

「な……七五の、Fです……はい……」

「……わ、私より全然大きいんですけど、それ……」

「ゆかりってば、胸が着痩せして見えるタイプだったのね。全然気付かなかったわ……」

「その身長でそれは随分大きくない?もっと堂々としていればいいのに……」

 三人がそれぞれなりの感想を述べたのを聞いて、ゆかりは不安そうに三人の顔を見た。



「あ、あの……」

「うーん……これはぜひ実物を見せてもらわないと!」

「あ、いいわね。あたしも見たい~!」

「出会って早々にアレな感じもするけれど、興味深いわね」

「えっ!? ……あの、せ、先輩……?」

 話が露骨に微妙な方向に向かいだしたのを察知してゆかりは声を上げようとするも、それはもう遅かったというしかない。

「悪いけど明日香、ゆかりと一緒に居てくれる? その間に私と恵美もサクッと水着選んじゃうから」

「オッケー! 任せてよ。鈴村さんもそれでいい?」

「大丈夫よ。どのみち私はそんなにかからないと思うから」

「……え、えーっと……せんぱい……?」

 話の流れについていけないゆかりは呆然とした表情でつぶやくが、

「心配いらないわよ。しっかり選んであげるから!」

「そーそー、先輩たちに任せておきなさいって!」

「私が言っても説得力なさそうだけど、いざとなったらちゃんと止めてあげるから心配はいらないわ」

 と口々に返されてしまう。

「……あ、あの……失礼なのは分かっているんですけど、その……不安しか感じないです……先輩……」

 ゆかりのその言葉は、しかしもう三人には届かず、引きずられるように売り場の奥へと連れて行かれてしまった。



 それからしばらく経ったあと、買い物を終えた四人は同じビルの一階にある喫茶店に場所を移したのだが、上級生三人に散々いじり倒されたゆかりは夢見心地といったような感じでぼんやりとケーキをつつくばかりだったが、当事者の上級生三人は元気よくケーキをぱくつきつつ、おしゃべりに花を咲かせたのだった。

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