京子の誕生日の場合

 五月十五日。

 GWが終わってしばらく経ち、ちょうど中間テストが終わった翌日のこと。

 白板京子しらいたきょうこは親友の征矢野明日香そやのあすかや後輩の高宮たかみやゆかりと一緒に、部室で毛糸のかぎ編み小物作りに挑んでいた。

「そういえば、京子の誕生日って来週だったよね」

 手先の器用さを生かして、手早く中型の小物入れを編み上げつつ明日香が言った。

「あ、そうなんですね。おめでとうございます先輩。何日がお誕生日なんですか?」

 毛糸とかぎ針が絡まって悪戦苦闘中のゆかりが興味を示した。

「ありがとう、ゆかり。私の誕生日は二十二日よ」

 地道にしっかりと小さな巾着袋を編み上げながら京子が言った。

「去年は色々あって何もプレゼント出来なかったから、今年は何かあげたいな」

「良いのよ明日香。そんなに気を使わなくても気持ちだけでも」

「でもねぇ、あたしの誕生日にはあんなに使いやすいブックカバーをもらっておいて、何もしないってのはちょっと気が引けるわ」

「明日香先輩の誕生日はいつなんですか?」

「四月十三日よ。ゆかりが部活に入るちょっと前ね」

「早く教えてくれたら、私からも何かプレゼントしたのに……」

「あはは……流石のあたしも後輩にプレゼントたかったりしないわよ」

 ゆかりが残念そうにしているのを、明日香は苦笑いを浮かべながらフォローし、それを見た京子は小さくうなずいた。

「まぁ、毎年好き嫌いに関わらず来ちゃうものだし。ゆかりもあまり前のめりにならないようにね」

「大人な意見ですね、京子先輩。……彼氏さんに対してもそんな感じなんですか?」

「へ、へっ!? ……いや、その、それはまた別の話であってね……」

 ゆかりの鋭い切り返しに京子は途端にしどろもどろになってしまう。

「ゆかり、あまり厳しいツッコみは厳禁よ。……でもあたしもちょっと気になるわね、それ。去年の今頃はまだ付き合い始めてなかったんでしょ?」

「ちょ、ちょっと明日香まで……」

 京子は大きな声が喉の手前まで出かかったが、新歓のときの悪夢を思い出し、何とか抑えて小声で抗議した。

「え~!? でも、気になるものは気になるわよ。だって、幼稚園からずっと一緒だったってくらい仲良しな彼氏さんなんでしょ?」

「そ、それは事実だけど、でも去年の今頃は普通の幼馴染だったわけだし……」

「……まさか先輩、せっかくの誕生日にプレゼント無しで納得するなんて言いませんよね?」

「流石にそれはないけれど、でもこっちからあまり物欲しそうにしちゃうのもあれかな、って……」

「それじゃダメです! 誕生日くらい自分の欲しい物をもっと主張しないと!」

 モゴモゴと言いよどむ京子にしびれを切らしたのか、かなり強い調子でゆかりが言った。

「ちょ、ちょっとゆかり……?!」

「まぁまぁ、ゆかり、そんなに強い口調で言うこともないんじゃないの?」

「! ……す、すいません、ついムキになっちゃいました……」

 明日香になだめられて、我に返ったゆかりは顔を真赤にして押し黙った。

「でも、ゆかりの言うことも理解できなくもないかな。ほら、京子って考えすぎちゃうから、相手のことばっかり考えちゃって自分を出すことを忘れちゃわないのかな、って時々心配になるのよね」

「そ、そうかなぁ。そんなこともないかと思うけど……」

 京子は自信なさげに反論した。実際のところ、京子視点では結構自分を出しているし、また浩太の優しさに甘えっぱなしだったりもするのだが。

「そうなの? それならそれで良いんだけど、せっかくの誕生日なんだし、思い切って彼氏に甘えてみてもいいんじゃないのかなぁ?」

「ど、どんな感じで?」

「別に特別なことをする必要はないのよ。普段の延長線上で、何気なくワンランク上の欲しい物を言ってみたりしたらどうかな、って思うけれど」

「私の欲しい物、かぁ……」

 京子はその言葉にひとまず手を止めて、あれこれと想像を巡らし始めた。

「先輩の欲しい物って何なんでしょうね? 私、気になっちゃいますよ」

「ゆかり、流石にそこはそっとしておいてあげましょ」



 その日の夜、京子は恋人の奈良橋浩太ならはしこうたにSNSで連絡を入れている。

「浩太、あのさ、来週の誕生日のことなんだけど……」

『ああ、京子は来週が誕生日だったよな? 何か欲しい物の希望とかある?」

「あ、うん。えっとね、ちょっとしたアクセサリーとか欲しいな、って……」

『アクセサリー? 例えば?』

「う、うん、こういうのとかどうかな?」

 そこで京子は部活中から考えていたアクセサリーの画像のリンクを送った。ややあってから返信が届く。

『うぇ、良さそうなものだけど、かなり高いなこれ。六千円か』

「私たちの水準からしたら高いのは分かっているんだけど、たまたま今一番欲しい物がこれだったの」

『珍しいな、京子が高いものを欲しがるなんて』

「私だって女の子だもん。値段に関係なく、いいアクセサリーがあったら欲しいって思うわよ」

 京子は若干嘘をついた。実のところ、それほど提示したアクセサリーが欲しいという訳ではない。ただ、明日香やゆかりからああ言われた手前、話の出だしだけでも高い見栄えのするものを選んでおかないと格好がつかないと考えたのだ。

『流石に一週間前にこの値段は予算が追いつかないな。事前にわかってたらバイトなり何なり対策はできたと思うけど』

 極めて率直な感想が送られてきたのを見て、京子は少しホッとした。ここで浩太が簡単にOKをしていたら逆に不安になっていたところだった。

「じゃあ、当初はどれくらいの予算を考えていたの?」

『最高でも三千円。どうしてもっていうならあと五百円までは追加で出せるかな』

「最大で三千五百円ね……」

 京子はうなずいた。大体想像していた通りの金額だった。

「じゃあ、その金額の範囲内なら買ってもらえるの?」

『三千五百円でどれだけのものが買えるのかはちょっとわからないけどな』

「アクセサリーにはこだわらないでもいいわよ。安いとあまり良いものも無いし」

『いや、こちらの都合で本命を買えないわけだし、何とか探してみる』

「気をつけてよ。アクセは似合わないものを貰っても困っちゃうし」

 浩太は『大丈夫大丈夫』と返してきてくれたが、京子はちょっとだけ不安だった。

 その日の後も何回か浩太とやり取りをしたが、浩太は誕生日までもう詳細を語るつもりはないらしく、プレゼントの話をしてもそれとなくはぐらかされてしまった。



 そして迎えた五月二十二日。

 その日は丁度部活動の日に当たり、京子が部室に行くとハンドメイド同好会の部員全員の連名でプレゼントを贈られた。中身は上品な絹のハンカチだった。

「本当は私も先輩に個別にプレゼント買いたかったんですけど、明日香先輩に止められちゃって……」

「ま、全員で協力して買うってことになったからね。私だって別にも買いたかったけど我慢しているんだし、ここはね」

「ありがとうゆかり、明日香。その気持ちだけ受け取っておくわね」

 そういって京子は頭を下げた。

「全く、京子先輩は少し無欲過ぎですよ」

「そう言わないの。京子はこれからが本番なんだから」

「はーい、わかってますよぉ」

「二人とも、そこまでにしなさいよ?」

 京子は二人に対して注意したが、三人の周囲からも「お土産話期待してますからね」だの何だのと冷やかしの声が飛んでくるので、すっかり参ってしまった。

 それでも部活自体は普通にこなすと、京子は皆より一足先に片付けを済ませて早々に下校していった。

「京子先輩、何だかんだ言いつつも浮かれていましたね」

「そりゃそうでしょ。誕生日に彼氏と二人きりになれるんだから」

「そんなものなんでしょうか?」

「そんなものなのよ……さ、私たちも明日を楽しみにしつつ帰りましょ?」

 明日香はゆかりを促すと、二人で昇降口に向かった。


 京子が待ち合わせ場所に行くと珍しくまだ浩太が来ておらず、時計を見ると待ち合わせ時刻の五分前であった。

「珍しいわね。五分前に浩太が来ていないなんて……」

 自分が浩太を待つという慣れない状況に、京子はどうにも落ち着かないという風情であちこちを見回していた。

 幸い、それほど待たされることもなく浩太が来てくれた。待ち合わせ時刻の一分前であった。

「ごめん京子! 今日は待たせちゃったな」

「遅かったじゃないの浩太……って、何で私服なの?」

「ああ、今日は部活がないし、ずっとプレゼントを持って動き回るのもどうかなって思って一度家に帰ったんだけど、思いの外時間を取られちゃってさ」

「まぁ、何事もなかったんなら別にいいんだけど、ちょっと驚いちゃったわ」

 京子が小さく頬をふくらませると、浩太は苦笑いして頭を下げた。

「ごめんごめん。その代わりといっちゃ何だけど、プレゼントは期待してもらっていいからさ」

「あ、それ気になってたんだ。一体何になるんだろうって」

「何だと思う?」

「ヒントも何も教えてくれないんだもん。分かるわけないじゃない」

「そりゃそうだ。あまり焦らせるのも悪いし、ちょっと待って」

 浩太はショルダーバッグから綺麗な包装紙に包まれた長方形の箱を取り出した。

「誕生日おめでとう、京子」

「ありがとう浩太。開けても良いよね?」

「ああ、もちろん」

 丁寧に包装紙をはがして箱を開くと、そこには二つ重なったリングをあしらった淡いメタリックピンクのペンダントが入っていた。デザインはシンプルだがしっかりとした造りで、メインのリングには崩した筆記体で「Love」と刻まれていた。

「わぁ、ありがとう。素敵なペンダントね」

「だろ? 中々探すのに苦労はしたけどな」

「この辺じゃ売ってなさそうだから通販かな? いくら位したの?」

「税込みで三千二百円くらいかな」

「へぇ、結構するんだ、これ」

 意外な気がした。確かに良い品ではあるけれど、その半分の値段でも売っていそうな品のようにも見える。

「ああ、それはこいつとお揃いだからな」

 そういって浩太が自分の首元を見せると、京子はあっと小さく驚いた。そこには京子のペンダントと同一のデザインの二連リングをあしらった、メタリックブラックのペンダントがかかっていた。

「これ、ペアのペンダントだったんだ」

「ペアが嫌だって話も聞かなかったし、この形だと普通より安くも買えるからな。ちょっと裏をかくような格好になっちゃったけど……」

「ううん、構わないわ。最初に無理っぽいアクセサリーが欲しいって言ったのは私だし」

 嬉しそうに言うと、浩太は少し安心したような表情になった。

「良かったよ……早速京子も着けてみたら?」

「え、私? だって、私、制服だよ?」

「セーラー服じゃなくてブレザーだから大丈夫なんじゃないか? 俺は制服が詰め襟だから、そのまんま表に着けたら不良っぽく見えちゃうしな」

「ああ、それで目立たない私服になってきたわけね」

 納得しつつ、浩太にお願いしてそっと首にペンダントをかけてもらう。

「中々似合ってるじゃん?」

「改めてお揃いのペンダントを着けてるって思うと、ちょっと気恥ずかしいな……」

「ま、周りに大声で触れ回ってる訳じゃないんだし意識しすぎなきゃいいんじゃないか?」

「そうかなぁ……ま、それは置いておいてとりあえず場所を変えましょ? 私、お腹が空いちゃって」

「ん~、俺今日は予算が厳しいから手加減してくれよ」

「今日はコンビニのイートインで充分。素敵なプレゼントもらっちゃったしね」

 そう言って自然に浩太にぴったりと寄り添うと、京子と浩太は腕を組んで夕暮れの街へと歩き出していった。

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