another side ー正次の場合ー

 白板正次しらいたまさつぐはこの春にM高校に入学した高校一年生である。

 学校のランク的に言えば、ランク最高位に位置するS高よりワンランク落ちる高校であるが、正次の姉である京子きょうこが既にS高に通っているため、姉と同じ学校に入るのを良しとしなかった正次自身の意志でM高を受験することにしたのだった。

 無論、担任や両親からは何度と無く翻意を促されたが、小学校、中学校と常に姉と同じ学校に通わされた正次は、何かと姉と比較されてしまうという、決して居心地のいいものではない立場にうんざりしていたのだ。中学までは仕方ないにせよ、自分である程度志望先を選択できる高校からは姉と一緒の学校は避けたかったというのが正次の本音であった。


 また、M高に入ることを決めたもう一つの決め手が奈良橋浩太ならはしこうたの存在だった。

 姉の幼馴染で幼い頃から一緒に遊んでもらっていた浩太は、正次にとっては実の兄にも等しい存在であり、最も身近な憧れの人物でもあった。

 勉強もスポーツもほどほどにこなせて、人当たりもよく誠実であり、ちょっと真面目すぎるきらいもあるが公平な判断も出来る。しかも明るく朗らかで人を妬むようなこともない。よくよく考えれば少し出来すぎなくらいに優秀な人物であり、正次からみても理想的な男性像を体現した存在であった。

 そんな浩太が通う高校ならば、多少学力ランクが低かろうが我慢もできるし、姉と別の高校というだけでも大分気楽になれる。そんな思惑もあって正次はM高への進学を選び、試験も順調にパスして晴れてM高に入学することになったのだった。



 そして、正次がM高に入学して2週間後。



 新入生の部活への参加が解禁となり、正次は放課後になるなり入部希望を出していたアウトドアスポーツ部の部室に向かっていた。

 アウトドアスポーツ部は元々登山部であったそうなのだが、部員不足で廃部寸前だったところを当時の顧問が「登山だけでなくアウトドアスポーツ全般を体験する部活」として活動内容をリニューアルしたところ、部員が集まるようになったためにそのまま名前も改めて再出発となったらしい。

 登山部であった頃の名残として年一回は必ず登山を行ってはいるらしいのだが、夏合宿は海で行い、冬から春にかけてはランニングやサイクリングが活動の主体になるそうで、ある意味『何でもあり』の運動部である。

 浩太が所属している部活でもあり、浩太によると「あまりキツい運動は嫌だが、ほどほどに動けて気楽にいられる」のがちょうどいいのだとか。

 正次はどちらかというと姉に似てインドア派で運動は得意ではないのだが、浩太からは「別に運動が得意である必要もない」と勧められたこともあって、入部を決めたのだった。


 ちょうどアウトドアスポーツ部に割り当てられている部室のドアの前に立った時に、正次は後ろから声をかけられた。

「あー、そこのキミ、うちの部室に何か用があるのかな?」

 正次が振り向くとそこには一人の上級生とおぼしき女子が立っていた。

 腰くらいまで届きそうなロングヘアーをツインテールにまとめていて、少し活発な印象を受ける。背格好は正次よりちょっと低い程度で、女子としてはやや大きい部類に入るかも知れないが、スラリとした体型をしているせいか、それが逆に映えて見えた。

 顔はすごい美人というわけではそれでも目鼻立ちの整った綺麗な顔をしていて、背の高さも相まって校内では中々の美女として人気があるのかも知れなかった。

(すごいな。こんな素敵な人がいるなんて浩太兄ちゃんから聞いてなかったぞ……)

 正次はそんなことを思いつつ、彼女に返事を返した。

「あ、はい。アウトドアスポーツ部に入部を希望してたんですけど」

「ああ、新人さんか。それはそれはようこそ、うちの部活へ。名前は何ていうの?」

「白板です。白板正次って言います。先輩のお名前は?」

「私? 私は鈴村恵美すずむらえみ。部では会計補助を担当しているの」

「あ、そうなんですね。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。まぁ、部室前で立ち話もアレだし、中に入りましょ」

「そうですね」

 正次は恵美と一緒に部室の中へと入った。



 部室はそれほど広くはなかったが、もう少し狭い部室を想像していた正次からしたらそれなりの広さがあり、4~5人がゆったり座れるくらいの余裕はあった。

 恵美によると今日は新入生の部活動解禁の日ではあるものの、アウトドアスポーツ部の本来の活動日ではないため、新人担当の部員以外来る人は居ないかも知れない、ということだった。

「部員って何人くらいいるんですか?」

「総数で言えば20人はいるけれど、他の部と兼部している人が大半で、うちの部活専任で活動している人は私を入れて5~6人くらいかな。私の代だけならたった2人になっちゃうけどね」

 正次の問いに恵美は少し苦笑いを浮かべながら答えた。

「そうなんですね、こう……奈良橋先輩からもお話は聞いてましたけど」

「あら、白板くんは奈良橋くんと知り合いなの?」

「はい。小学校、中学校とひとつ上の先輩でした」

「そうなの……あ、奈良橋くんが先週くらいに言ってた『期待の新人』っていうのは白板くんのことだったのかも」

 正次の言葉に、恵美は納得したというようにうなずいた。

「奈良橋先輩はそんな風に言ってたんですか?」

「うん、その時は『まだうちの部活に入るかどうかはわからないけど』って話ではあったけどね。でも、奈良橋くんがそこまで言うならいい子なんだろうな、とは思ってたわ」

「随分奈良橋先輩のことを信頼されているんですね」

「そりゃまぁ、あなたも知ってるでしょうけど、奈良橋くんが人を騙そうとする姿なんてそうそう考えられないしね。あんなに素直で真面目な人間、中々いないんじゃないかしら?」

「それはそうですね」

 恵美は浩太についてそうきっぱりと言い切り、正次も否定しなかった。確かに、浩太が人を騙そうとする姿は想像がつかない。

「それにね、ここだけの話だけど、奈良橋くんは別な高校に彼女がいるのよ」

「……そうなんですか?」

 ズバッと思い切り良く切り込んてきた恵美に対して、まさかその彼女が自分の姉だとは言い出しにくい正次は、とりあえず知らないフリをした。

「そうなのよ。しかも、すっごく一途に彼女さんのことを思っているっぽいの」

「奈良橋先輩がですか?」

「うん……でも、彼女さんは幸せものよね。だって、あの奈良橋くんに想ってもらっているんだもの。おかげで、私なんて入学当初から奈良橋くんを狙っていたのに、全然振り向いてもらえなかったわ」

「えっ!? 鈴村先輩がですか?」

「だって、奈良橋くんは実質何でもそつなくこなせるし、優しくて誠実で、誰とでも仲が良いでしょ? あんないいひと、世の女子が放っておくわけ無いじゃない」

「確かに、それは言えますね」

 正次はうなずいた。確かにあれ程の人間を女子が放っておくはずもない、と正次も思ってはいたのだが……。

「私なんて、部活まで追いかけて来たんだけどね……でも、これは私の推測に過ぎないけど、多分奈良橋くんの頭の中には最初からその子しか居なかったんじゃないか、って思うの」

「ずっと、その人のことしか想っていなかった、ということでしょうか?」

「簡単にいえばそういうことね。私はたまたまその子と奈良橋くんを同時に見る機会があったけど、奈良橋くんの態度ってのがあからさま過ぎて、もう笑っちゃうくらいでね。こりゃとてもじゃないけど二人の仲に割って入るのは無理かな、って直感しちゃったわ。だからそれ以後は距離を取ってそっと見守る程度にしているの」

「そうだったんですね……」

 正次は難しい顔で考え込んでしまう。浩太と姉の関係については、どちらかと言えば姉の気持ちが先行しているのかと考えていたが、実際は浩太の方も姉に負けず劣らずの強い気持ちで想っていたのだ。恵美ほどの美人に対しても無関心を貫けるほどに……。

 考え込み始めてしまった正次を見て、恵美は若干困ったような表情になってしまう。

「あ~、大丈夫白板くん? 何か変なこと想像したりしてない?」

 その恵美の言葉にハッとした正次は慌てて手を振って大丈夫だとジェスチャーした。

「あああ、す、すいません。深いなぁ、ってちょっと思っちゃって」

「そう? まぁ、私も偉そうなこと言えるほど恋愛を経験はしてないけどね」

「えぇ? 鈴村先輩、こんなに美人なのに……」

「あら、白板くん。結構口が上手ね」

「いやですよ、先輩。僕はそんなつもりじゃ………」

「分かってるわよ。まだ本気にはしてないから大丈夫」

「『まだ』って、まるで僕が先輩をいずれ口説き落とすような感じじゃないですか?!」

「あら、違うの? ならちょっと残念。白板くん、私の好みなのにな……」

「……本気にしますよ、鈴村先輩?」

「本気で別に構わないわよ、私はね」

 恵美の冗談とも本気ともつかない台詞に、正次はすっかり弱り果ててしまった。



 と、そこで部室のドアがノックされて、開くと同時に浩太が部室に入ってきた。

「うぃ〜っす! ………おっ、正次、来てたのか」

「あ、こ……奈良橋先輩!」

「私も居るわよ、奈良橋くん」

「鈴村さん、悪いね。先に来てもらっちゃって」

「いいのよ。お陰で色々後輩くんとお話もできたしね」

 にこにこ笑いながら恵美が話すのを、浩太は訝しげな表情で見つめた。

「鈴村さん、まさかとは思うけど、正次に余計な事を言って……」

「大丈夫大丈夫。別に奈良橋くんが彼女と付き合ってまだ半年で、キスもろくに出来てないなんて話は全然してないから」

「今してるじゃねーか! あと、何でそんなに俺と京子のことに詳しいんだよ?!」

「あら、彼女とキスもしてないって認めるのかしら? 奈良橋くん、相変わらず初心なんだから」

「そうじゃないだろ! ……って、カマをかけられたのか俺!?」

「気付かれちゃったか〜……奈良橋くんも結構学習してるのね」

「誰のせいだよ、誰の!?」

「あ、あの、先輩たち……?」

 漫才のようなやり取りを繰り広げる浩太と恵美に、完全に放置された状態の正次がおずおずと声をかけた。

「……ん、ああ、正次か。悪い悪い。ちょっと情けないところを見せちゃったな」

「いくら知ってる後輩くんの前だからって、あんまり取り乱しちゃダメよ、奈良橋くん?」

「鈴村さんだけには言われたかないな、それ……まあ、ともあれ、改めて入部を歓迎するよ、正次」

「私からも入部おめでとうって言わせて、白板くん。改めてこれからよろしくね」

「あ、はい、よろしくお願いします、先輩」

 正次は座っていた席を立って、改めて二人に一礼した。


 幼い頃からの憧れの先輩と小悪魔的な魅力を持った美人先輩の二人に囲まれて、正次の高校生活は幕を開けたのだった。


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