第4話 大学受験を諦めた理由

 藍子は、志望大学1校のみしか受験しないと言っていた。藍子の担任は数校受けるべきだと説得したようだが、自分のお金でやりくりをして計算すると、受験料をそこまで捻出できないと判断したらしい。


 大学進学のための奨学金も受験前には申し込みを済ませていた。奨学金の制度なんかも僕は知らなかったから、どんな感じで申し込みをして、承認されて、お金が支給されるのかは知らない。でも受験前に申し込んでも入学時に必要な額は、自分で支払わなくてはいけないらしい。これが入学が決まってから申し込むと、自己負担額はもっと増える。藍子は、そういうこともすべて調べて、ひとりで手続きをしていたのだ。


 受験もあと少しで本番!という時。お母さんが他界してしまった。それは、突然のことだった。受験日の数日前にお見舞いに行った時には、認知症も出ていなくてまともに会話ができたと言っていたのに、藍子がお見舞いから帰宅した時、急変したと連絡が入り、施設にとんぼ返りすることになった。


 この時、僕の父親がちょうど家にいて、事情を話すと、藍子を施設まで送ってくれると言ってくれた。僕も一緒についていった。藍子のお母さんは、その日の夜に亡くなった。お父さんは…間に合わなかった。そのことが悔やんでも悔やみきれなかったお父さんは、葬儀が終わっても仕事に行かなくなってしまった。


 これって、前に二番目の娘が亡くした時のお母さんに似てると僕は思ってしまった。職場近くのアパートは引き払い、自宅に戻ってきたお父さんは、毎日仏壇の前に何時間も座って、食事すらまともに摂らなくなったらしい。


 その世話を淡々とする藍子は、受験出来なかった。ちょうどお母さんの葬儀と重なってしまったからだ。高校に入る前から志望大学を決めていて、それに向けて毎日頑張っていた藍子だったが、大学に入る夢はかなわなかった。


 来年また受験すればいいのでは?と担任には言われたみたいだが、現役で受験出来なかったものを翌年までモチベーションを保ったままでいられる自信がないと、大学を諦める選択をした。


 藍子は、葬儀が終わったあと、まだ残っている求人の中から自宅から通える企業への就活を始めた。担任は、藍子の成績で就職するのはもったいないと何度も藍子を説得したようだったが、藍子は聞く耳を一切持たず、あっさり就活に気持ちを切り替えていた。


 藍子にはそういう頑固なところがある。誰かに迷惑が掛かることや、誰かの手間になるようなことをするのを極力嫌うのだ。翌年の受験を選択したとしたら、今の担任にも迷惑が掛かると判断した藍子は、受験を諦めることにしたのだろう。そして、お父さんの状態を見て、今後の生活は今までどおりにはいかないと判断したのかもしれない。自分が少しでも稼がなければと思ったんだろう。


 藍子は残りの求人票から見つけたある企業への内定をもらい、4月からはその企業で働くことになった。ちなみに僕は、一応大学に進学することになったから初めて、藍子と別々の道を歩むことになる。


 これから、僕と別々の道を歩む藍子に起こる今よりもっとひどい人生のことなんて、この時誰が予想出来ただろうか?おそらく誰にも予想出来なかっただろう。もちろん藍子自身にも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る