とある少年の日記

○月△日

 ぼくの町には、天神あまがみさまがいる。お母さんは毎日おいのりをするために山の上に行く。なんでも食料が足りなくてきけんだった時に、急にいっぱいの食料が山の上に落とされていたらしい。それから、この町では「天神さま」としておいのりすることがふつうになった、とお母さんが教えてくれた。 

 さらにお母さんは、天神さまは、時に食物を、時には見たことのないきかいをこの地にめぐんでくれる、とてもありがたいお方だ、とも言っていた。

 ぼくはまだ子どもなので山の上には連れていってもらえないけど、いつかそこに行って、天神さまのためにおいのりをしたいなぁ、と思った。


●月◇日

 今日は、天神さまのもとにおいのりにいっていたお母さんがあわてて家に帰ってきた。なんでも、赤ちゃんがいたらしい。町ではこのことでおおさわぎで、天神さまの子どもだ、とみんなが言っている。そうなると、だれが天神さまの子どもをみるのかが気になる。町長がおせわをするかも、とお母さんは言っていたけど、ぼくの家でめんどうをみてみたいなぁ、と思った。そうしたら天神さまが近くに感じられるから。会ってみたいなぁ、赤ちゃん。





















「――以上が、B-647-190の状況です」


 円卓を囲んで行われた会議で、一人の女が報告を終える。


「素晴らしい」


 この会議で最も権限を有する男が、綺麗に整えた顎髭をいじりながら喋る。


「ええ、これなら食品も機械の廃棄処理、果ては急速な人口問題も改善できますね」


 髭の男の横にいる男も賛同する。


「試しにこの地区で実験してみましたが、成果は上々です。規模の拡大も見込まれます」


 報告者の女も満足気な表情を浮かべている。会議内で肯定的な意見が多い中、ひょろながの男は意見を述べる。


「これは、間違っている気が、します」


 男の一言に、周囲の空気は一瞬で冷え込む。


「会議の場であるから、様々な意見が出るのは良いことではあるが、なら我々はこれからどうやって社会問題を解決する? これは富の再分配だよ。の者が、の者に幸福を与えているわけだ。お互いに損はない。素晴らしい案ではないか」


 ここは、上空数千メートルの世界。地上での災害から逃れるために、富のあるもの達だけが生息し、生息し続けている世界。


 こんなの、間違っている――。


 ひょろながの男は、只只、己の無力さを噛み締めながら、「天上天下幸福計画」という奇麗事だらけの案に、賛成のため挙手をした。




“Gott ist tot” ― Nietzsche

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