第42話 ズレが生じた2つの世界

 俺たちが眠りこけているこの時間。

 すなわち、2019年12月2日の月曜日の午前8時過ぎ。

 現在、俺たちがいるこの世界の六本木ヒルズの最上階。リンゴ ジャパンの支社長室で、ジョージ・アキレスは昨晩から一睡もせずに過ごしていた。


(ヒダリン…… どうしたというのだ。オレがあのプロフェッサー・タチバナの動向を監視しろと命じたことが、よほど気に食わなかったのだろうか? )


(オレは、お前を実の娘も同然に思っているのだぞ。

 なぜだ? なぜ、帰って来ないのだ? 

 こんなことは、初めてだ! )


 彼は昨晩から続けさまに飲んでいたブランデーの空き瓶を床に放り投げた。

 彼の目の回りには酒のせいか、それとも悲しみのせいか、赤暗く、くまができていた。



 そこへ、ノックの音がした。

「入れ!」

「はっ! 失礼します! 」


 入って来たのは、保安室長のシュレッダーだった。

 シュレッダーは入るなり、自分のボスの様子に異変があることに気がつき、声をかけた。


「アキレス様、一体どうしたというのです? 」


 アキレスは威厳を整えてから言った。

「いや。昨晩からヒダリンが、オレの命で出て行ってから帰ってないのだ」


「ああ、そうですか。

 ですが、ヒダリン殿は、わがリンゴ ジャパンきってのファイターです。たまには、息抜きをしたいだけなのでは、ないですか?

 ご心配には及びませんよ」

 とシュレッダーは、アキレスの前では、ヒダリンを呼び捨てにすることもなく内心では、大袈裟な、と思いつつ言った。


「オレもそう思うのだが、何しろこういうことは初めてのことだからな。

 まあ、それもそうだな。もう小娘ではないのだからな」


 あの支社長のアキレスもヒダリンに関しては、ごく一般の娘の父のようであった。




 一方、俺たちが消えてしまった世界での同日、同時間である月曜の朝8時過ぎに場面は移る。


 この世界でのジョージ・アキレスは、

 昨晩、保安室長からヒダリンが、プロフェッサー・タチバナとこの俺、吉本 茂蔵と共に老朽船・真田丸が突如、爆発大炎上したことで行方不明になったと報告を受けていた。


「なぜだ! お前たちが逃げることができて、あのヒダリンが逃げられなかったと言うのか! 」


 アキレスは信じられなかった。


 しかし、このことは、テレビでも大きく報道されていた。

 警察の発表では、老朽した船内の配線が漏電していた箇所から発火したことで、送油が完了したガソリン貯蔵タンクの底に残っていたガソリンの引火性の蒸気に引火、爆発を引き起こした。その後、数分で船全体が火に包まれた。目撃者の証言では、上甲板には3名ほど、人がいたが逃げ遅れたのではないかと言っている。今朝になって鎮火した真田丸を捜索しているが、今現在、何も発見できずにいるということだ。


 不運としか言いようがなかった。

 シュレッダーは神妙な顔で、そう締めくくって退室した。

 それが、昨夜10時ごろの話だった。


 アキレスは一晩中、支社長室にこもり、悲嘆にくれた。

 ブランデーをあおっても悲しみは消えなかった。




 そして俺たちが消えた世界での皆狂みなくる博士たちには、真田丸の事故が俺たちに関わっているとは、まだ知るよしもなかったのだ。


「博士、茂蔵さんに何かあったのでは、ないでしょうか? いくらなんでも、とっくに戻ってるはずなんですが…… 」


「そうじゃな、ワシも迂闊うかつじゃった。

 こんなことなら、せめて携帯番号だけでも聞いとけば良かったのう」


 博士たちの顔には、次第に不安の色が現れていた。


 第42話 終わり











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