その日一発の銃声が産声を上げた

レイノール斉藤

第1話

「こんにちは、初めまして……で良いのかな?」

「……」


 6人も入れば一杯になりそうなバス停に隣接する小屋の中、まず『右の男』が向かい側に座る『左の男』に笑顔で話しかけた。が、『左の男』は『右の男』をチラリと一瞥するだけで、そのまま腕を組み視線を落とした。

 二人とも全く同じ白のスーツとスェードの靴を身に付けている。


「うーん、まあ、短い付き合いだろうけどさ、挨拶は大事かなって。もちろん強制するつもりはないけどね、でも本当に僕にそっくりだ。って双子なんだから当たり前か、はは!」

「……」


 『左の男』の不遜な態度に気を悪くする素振りは見せず、『右の男』は努めて愛想よく話を続ける。


「まあ、こんな狭いバス停だし、雨も降ってきちゃったけどさ、あまり大々的にやってもしょうがないからね」

「……」

「それで、君はここに来るまでどういう人生を歩んできたのかな?」

「……」


 しばらく沈黙があった。そこで初めて『左の男』は顔を上げて口を開いた。


「それを聞いてどうする?」


『左の男』は来た時から不機嫌を全面に押し出していたので、質問の内容がまずかったかどうかは判断のつきかねる反応だった。

 なので、『右の男』はあまり深読みせず、思いついたままの回答を口にした。


「んー、だってほら、単純に知りたいじゃないですか。僕と同じ声で僕と同じ顔の人が、今まで歩んできた人生が僕とどのくらい違うのかなって。深い意味は無いですよ?」

「……最初から勝つ気でいるんだな」


『左の男』が初めて表情を崩す。といってもそれは嘲笑が多分に含まれていたが。

『右の男』はこれ以上の雑談を諦めて、本題に入ることにした。


「では、勝負の内容ですが、やはりここはロシアンルーレットでどうでしょう?」


 言いながら『右の男』は懐からリボルバーを取り出す。提案しつつ、他の選択肢をまるで考えていないように。


「……胡散臭いな」


『左の男』が吐き捨てるように言う。それすらも予想済みと言わんばかりに『右の男』はまくし立てた。


「勝負は絶対公平、確率は五十%。でなければやる意味がありません。そのくらい分かってるでしょう?ならジャンケンでもしますか?」


『左の男』はすかさず首を振って答える。


「ジャンケンこそ不公平極まりない。あんなもの動体視力と心理操作の勝負でしかない」

「んー、じゃあどうしたら良いのかな?」

「勝負自体はロシアンルーレットで良い。だが……」


 言いながら『左の男』は『右の男』からリボルバーを奪った。6連装の弾倉に銃弾が等間隔で3発入ってることをまず確認し、その後も念入りに銃に細工が無いか調べる。そんな『左の男』に『右の男』は笑いながら言う。


「イカサマなんてしてませんよ。用意したのは見届け人のこの人ですし」


『左の男』が右を向くと、バス小屋の入り口でライフル銃を構えて立っている『真ん中の男』は小さく頷く。その容姿は不自然なまでに左右対称だ。


「この世で栄光を掴むために必要なもの、才能、努力、金、そして何よりも……」

「運、運命、天運、命運」


『右の男』が言った台詞を途中で『左の男』が繋ぐ。『右の男』は満足そうに頷き、更に続けた。


「それを持っている方が我が家の全ての財産を引き継ぐ資格あり。僕達の家系はずっとそれをやってきて、だからこそ今の繁栄があるんですよ。ここで小細工をするようなら即失格ですね」


『左の男』は少し考えた後、言った。


「……ならこうしよう。まず二人共目を瞑って俺がシリンダーを回す。その後、俺がお前の眉間に向かって引き金を引く。弾が出れば俺の勝ち、出なければお前の勝ち。その時は俺が自分で自分の眉間を撃つ。どうだ?」

「うーん、悪くはないけど……もしかして貴方、次に弾が出るように調整できたりしませんかね?」

「なら撃つのは一発目か二発目か、そっちが選んで良い。これなら公平だろ?」

「確かに……」

「良し、始めるか」


 そう言って見届け人の『真ん中の男』の前で左右の男達は目を瞑り、『左の男』が【右手】で銃を持ち、【左手】でシリンダーを10秒ほど回して止めた。そこで互いに目を開けた後、『左の男』が銃口を『右の男』の眉間に合わせる。

 そこで『右の男』が言った。


「すいません、ちょっと良いですか?」

「なんだ?ここにきて止めたいなんて言い出すんじゃないだろうな」

「いえいえ、ただ、真ん中の人に1分ほど離れてて欲しいな、と」

「……なぜ?」


『左の男』は訝しげに尋ねる。


「1対1の真剣勝負ですからね。ゲームでもなければショーでもない。ならここからは決着が付くまでは2人の世界じゃないと」

「……」

「あ、もしかして疑ってます?極限まで公平な勝負をしようと話し合って、双方納得しましたよね?」

「……良いだろう。ただし、下手な動きをすれば容赦なく撃つからな」

「ええ、もちろんです、じゃあすいませんが……」


 左右の男達が『真ん中の男』を見ると、『真ん中の男』は頷いて後ろを振り返り、5メートルほど離れた位置まで移動した。

 その直後、一発の銃声がバス停小屋から鳴り響いた。


 『真ん中の男』は思わず振り返り、小屋の入り口を見たが、そこからではどちらの姿も見えない。

 きっちり1分待った後、『真ん中の男』はライフル銃をいつでも撃てるようにしつつ小屋へとゆっくり歩いていく。

 後1メートル辺りまで近づいたところで、1人の男が入り口の右側から顔を出して言った。


「終わったよ。勝ったのは俺だ。そして俺が次期当主だ。文句無いな」


『真ん中の男』は銃を下ろし、全く心のこもってない拍手をした。小屋から出た男はそのまま『真ん中の男』の脇を歩きつつ、


「後片付け頼む」


 そう言って待機していた車へ乗り込み、運転担当の部下と共に屋敷へ帰っていった。


『真ん中の男』はそれを見送り終えてから、バス小屋をぐるっと回って、入り口に立って辺りを見回す。


 そのバス停小屋の正面にはもう一つ全く同じ作りの出入り口があり、『真ん中の男』が今立っている場所から見て左右対称の作りになっていた。そして、『真ん中の男』が今立っているのは奥の入り口で、決闘前に立っていた向かいの位置となる。


 そして『真ん中の男』がから見て左側のベンチに、眉間から血を流して、リボルバーを【左手】に持っている男が倒れていた。


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その日一発の銃声が産声を上げた レイノール斉藤 @raynord_saitou

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