23話目:代理人タダノくんの殺意

 【時は少し遡る】

 フリンさんが庇ってくれたおかげで、僕は捕まらずにすんだ。

 教会の通路にいたせいで状況が分からなかった為、他の人にどういう状況だったのか聞いてみた。


 どうやら演奏そのものは無事に終わったのだが、その後に問題が起きたようだ。

 演奏後にエヴァンさんが水城さんとちょっとした話をしていたのだが、その時にこういう問答があったらしい。


「キミ達はオオガネ教に対して何か思うところがあるのではないかな? 直してほしいところとかね」


 そして一言か二言、水城さんが喋るとエヴァンさんが豹変したらしい。

 水城さんからすれば簡単なアンケート感覚か、ちょっとした発言だったのだろう。

 だが宗教家にとってみれば、その忠告は否定と同義であり大きな意味を持つことになる。

 日本で育まれた価値観のせいで、宗教に対してのタブーが緩かったのだ。


 だが、あちらとしても予想していた問答だったのだろう。

 思惑通りにオオガネ教への批判になりそうな言葉をとらえ、そこから天秤へと吊るし上げたのだ。

 いまさら僕がどう動いたところでどうしようもない、水城さんがあちらのテリトリーに足を踏み入れてしまったのだから。



 その場ではどうしようもないため、僕らは家に帰る。


「タダノくん、傷は大丈夫?」

「うん。見た目よりはひどくないよ」


 地面に思いっきり組み伏せられ、アゴを地面に叩きつけたせいか下あごからは血が出ていた。

 うつむきながら血を出してる僕を心配してくれたんだと思うけど、僕は平気であった。

 僕がうつむいていたのは、これからどうするかということを考えていただけだから。


 元の世界では怒りで周りが見えなくなる、何も考えられなくなるというのをニュースやドラマで言っていたことを思い出した。

 だが今の僕は至って冷静であった。

 冷静に、どう殺せばいいのかということだけを考えられていた。


 普通に殺すだけではダメだ。

 僕が犯人であることがバレてしまえば、皆にも迷惑をかけることになる。

 そしてそれだけでは水城さんは解放されないだろう。

 殺すならバレないように、そして劇的なシチュエーションを用意しなければならない。


 頭の中で様々な情報が巡っていく。

 頬に当たる夜風のように、自分の頭の中が冷たくクリアであることが分かる。

 ここまで冷静になっている自分が信じられないほどだ。


 護衛がいるので普通の手段で殺すことは不可能だ。

 ドラマ、映画、小説、歴史、様々な情報から暗殺の方法を模索する。

 一番いいのは事故死だ。

 ならばこの世界で起こりうる事故の死因を考える。

 色々な手段はあれど、どれも確実性に欠ける方法ばかり頭に浮かんでしまう。


 いや、それでいいのかもしれない。

 一度失敗してしまえば終わりとなる方法ではなく、複数の手段を試せばいいのだ。

 例えひとつひとつの確率が低くとも、どれかひとつでも上手くいけば殺せるのだ。

 殺してしまえば、あとはどうとでもなる。


 いや、殺すわけじゃない。

 人が死ぬだけだ。

 運悪く、よくある形で人が死んでしまうだけなのだ。



 家に戻り、早速準備に取り掛かる。

 夜もふけてお腹が鳴く、そこで夕飯を食べていなかったことに気付く。

 そういえば誰も夕飯の時間だと呼びに来なかった。

 あんなことがあった後だ、仕方がないだろう。

 とはいえ、このまま明日の朝まで我慢するのも嫌なので夕飯の準備を進めていると、一人また一人と厨房に人がやってきた。


 料理をしながら、また一つ人が死ぬ方法を思いついた。

 毒殺ではいけない、犯人がいると言っているようなものだ。

 だから事故か原因不明の死が一番いい。

 思わず口の端が上がりかけて、なんとか食いしばる。

 まだだ、笑うにはまだ早い。


 遅くなった夕飯を食べた頃、誰かがどうするべきかと発言した。

 僕は皆におかしなことをしないように、そして真っ当な方法を取るべきだと提案した。

 ここで皆に暴走されては僕の計画が台無しになるのだ。

 皆には出来るだけ何もしないでほしかった。

 暴走させるなら、知らない人にさせるのが一番だ。



 天秤の裁定まで残り二日、僕の準備はほぼ終わっていた。

 計画の前準備を行うために、子供達に会う。


「いいかい、教会の人たちが困るようなことをしちゃダメだよ?…ガラスを割ったりとか、モニュメントに傷をつけるとか。もしそんなことをして水城さんが解放されたとしても、褒められたりしないからね?」


 僕はあくまでやってはいけないということを伝える。

 余計な言葉も含めて。

 色々な子供達に注意して回った。

 少なからず悪い子がいることを、もしくは善意がいきすぎる子がいることを知っていたから。


 大人たちが嘆願にいっている最中は子供達の面倒は誰も見ていなかった。

 今まで通りといえばそうなのだが、いつも遊んだりしていた子供達からすれば鬱憤が溜まっていたことだろう。

 そして僕があんなことを言えば大人たちのマネを…いや、もっと凄いことをしてやろうという気になってしまうものだ。

 自分は凄いのだと、見てくれと主張するのが子供だ。

 案の定、勝手に暴走した子供が教会への破壊活動を行った。


 だが、この子達を厳しく罰するなど今のオオガネ教ではできない。

 水城さんを連れ去ったあの日、無知な子供であれば温情の余地があるのだと自分達が言ったのだ。

 まぁその言葉がなくとも子供達を利用していたかもしれない。

 どうでもいい。


 それを見届けてから、売り込むなら今だと伝えにタイラーさんの所へ向かう。

 実は少し前からタイラーさんとは何度か話をしていた。

 内容は天秤の儀式がどういうものかというものだったのだが、思ったよりも実りのあるものだった。

 そしてあの人にはこう伝えていた。


「恐らく、今回の天秤の儀式は外で行われます」

「ほう…それはまたどうして?」

「ああいうのは権威の箔付けとしても行われるものです。教会内の不穏分子に対して行うなら教会内で行うかもしれませんが、今回のような状況ならば衆目に晒されながら行うのが一番効果的でしょう」


 そしてもう一言付け加える。


「あと、僕の勘です」


 言外に詳しい内容を知っているが、それは伝えられないと言う。

 タイラーさんであれば勝手に深読みして納得してくれることだろう。

 ついでに必要なもののいくつかを都合してもらう。


「用意するのは構わないが、何に使うのかな?」


 あまりにもおかしな、そして統一されていないものを要求したせいかタイラーさんは疑問に思っているようだった。


「ちょっと、神様への奉納をしようかと」


 僕は口の端が吊り上るのを止められず、笑いながらそう答えた。



 子供達がステンドガラスを割ったのを確認してから、すぐにタイラーさんに連絡をする。

 そして僕は教会の倉庫の近くで隠れながら待つ。

 ステンドグラスはどうしようもないだろうけど、教会の鐘の上に掲げられているモニュメントの修復なら教会の人たちでも可能なはずだ。


 それにしても、まさかパチンコがこの世界でもあるとは思わなかった。

 せいぜい石を投げてガラスを割るだけだと思っていたのだが、あんな上にあるものまで狙えるとは思わなかった。


 教会に住み込みで働いている人が倉庫から出て教会に入っていくのを見てから、僕は走ってその人にぶつかる。

 そのせいで塗料が地面にぶちまけられたのだが、それでよかった。

 僕は何度も平謝りし、お詫びとして手伝わせてほしいとその人に迫った。

 あまりの僕の熱意に押されてしまったのか、最終的には許可してもらった。


 僕は塗料を運び、その人がモニュメントの塗装を行う。

 ただし、塗料を運んでいる時にちょっとした細工をしておいた。

 中に火種石を細かく砕いたものを入れておいたのだ。


 砂のように小さい火種石は、互いに接触してもそこまで熱をもたないことは分かっていた。

 だがその特性までが失われたわけではないのだ。

 充分にモニュメントの塗装が行われ、元通りになったように見える。

 僕は最後にもう一度その人に謝り、教会から走り去った。

 思いっきりぶつかってしまったことを、そして人が死ぬ要因を関わらせてしまったことを。

 けれど、僕の中に後ろめたさは一欠片もなかった。



 そして儀式の日、クラスメイトの皆は味方となる人達と一緒に居た。

 だけど僕は見物にきた人達の中に紛れていた。

 水城さんの顔は皆で情報を広めていたので周知されているだろうけど、それ以外である僕らの顔までは知られていないのでシレっと人混みの中に混じることができる。


 儀式の進行中は色々な人が声をあげていた。

 水城さんを助けてほしいと願う人、そしてそれとは関係なく野次を飛ばしている人。

 僕らにとっては死活問題なのだが、そうではない人にとってはイベントの一つでしかない。


 少しくらいは腹が立つかもと思ったのだが、あまりそういう気持ちは沸きあがらなかった。

 ただ冷静に、殺すことだけを考えられていた。


 儀式は進み、儀式の会場のテンションは最高潮まで盛り上がっていた。

 エヴァンさんが慣例を打ち破り、水城さんを助けようとしている。

 よくよく考えれば分かることだ。

 水城さんを処刑したところであちらにメリットがないのだ。

 だからこの天秤の儀式も、僕らへの駆け引きの一つだったのだろう。

 つまり、最初からあの人は殺すつもりはなかったのだ。


 知ったことではない。

 例え駆け引きであろうとも、殺そうとしたのならこちらも相応の対応をする。

 そもそも今回が大丈夫であろうとも、次もそうであるとは限らないのだ。

 僕はあの人のような賢しい大人じゃない、未熟な子供なのだ。


 エヴァンさんが護衛の人の腰に差している棒を引き抜く。

 全員が壇上の二人に注目していた。

 終幕となるこの時を待っていた。


 子供達から借りたパチンコを構え、教会の上のモニュメントを狙った。

 飛ばす物は、細かく砕いた冷氷石と塗料を混ぜた小さなボトル。

 ぶつかれば簡単に割れるような代物だ。


 何度も何度も練習した。

 練習した通りに、モニュメントに当てる。


 ボトルが割れた音は誰にも聞こえない。

 周りの喧騒がそれを打ち消している。


 そして火種石の欠片と冷氷石の欠片が交わり、大きな爆音がする。

 モニュメントを吹き飛ばすほどの威力はないが、その台座を崩すには充分な威力であることを確信した。

 タイラーさんの設営について口を出したおかげで、モニュメントの落ちる位置は分かっていた。


 自らの権威をそれほどまでに主張したかったのか、モニュメントはかなりの大きさである。


 皆が轟音の鳴った空を見上げ、そして息をのんだ。

 誰もが動けないままその象徴に目を奪われ、一人の命も奪われた。


 自らの象徴するものに押し潰され、赤い染みが地面に広がっている。


 その場はオオガネ教ではなく、静寂に支配された。

 誰もが信じられないものを見た。

 まるで、神の意思によってその命が摘まれたような状況を。


 それは、オオガネ教という赤子の頃から絶対的に君臨していたものが揺らいだ瞬間である。


「天罰だ…」


 その言葉を口火に動揺が広がる。

 波紋を広げる石を投げ込んだのは僕だ。

 その波紋は波及して大きな波を作り出す。


 会場には叫ぶような声や悲鳴で埋め尽くされた。


「生きているのか!? 確認しろ!!」


 そしてまた水面に石を投げる。

 そう、遠目に潰されたようには見えるがまだ死んだとは限らなかった。

 一目でも見ようとする人達が殺到する。


 神殿騎士の人達にとっては突如暴徒が襲ってきたように見えたことだろう。

 それぞれが己の役目に忠実になり、その人達を武器で打ち据えていく。

 人々を守るはずの宗教が、人々に牙を剥いた瞬間である。

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