第10話:社畜売りタダノくんの商談

 ハナミズキ教が出来て早数日、特に大きな問題もなく日々は過ぎていった。

 ちなみにこの国ではオオガネ教というものが一番布教されているらしい。

 正確にはこれ以外の宗教が存在していないため、他に宗教あるということ考えたことも無かったようだ。


 ちなみに実際に教会にいってオオガネ教について勉強してみたのだが、異教徒は殺せという教義などはなかったので安心してハナミズキ教を布教できる。

 もちろん、あまりにやりすぎてしまえば目を付けられるので影ながらこっそりという形でだ。


 オオガネ教については金銭に関する用語が多くあった。

 例えば葬儀の代金の半分は死者に払われるものであるため、死んだ人のことを考えるのであれば多いほうがいいというものだ。


 教会ではなく、あくまで死んだ者への手向けとしてお金を出すように言っているところは僕も良いと思った。

 だが、払えば払うだけ死者が報われるという話をする牧師には気持ち悪さを感じた。


 僕のやっていることを正確に分析する人がいれば何を言っているんだと思われることだろう。

 僕のやっていることはハイエナか寄生虫のようなものだ。

 人々のささやかな良心をついばみ、生きながらえようとしている生き方だ。


 しかし、そんな僕でも相手を選ぶ。

 少なくとも、金のために誰彼構わずに取り込もうとはしない。

 あくまでも生存方法としてこの手段をとっているにすぎないのだから。


 まぁ、だからといってこのオオガネ教についてどうこうするつもりはない。

 オオガネ教が好きじゃないからといって喧嘩を売る理由はないし、その必要もないのだから。

 それにこれだけ普及している宗教を滅ぼすとなると、間違いなく大陸全土に戦火を撒き散らすことになる。

 それは僕も、そして水城さんやクラスメイトの皆も望んでいないはずだ。


 そもそも僕にはそれだけの力はないし、オオガネ教は悪の総本山というわけでもない。

 色々なことにお金がからむのは普通のことで、この宗教はその特色が少し強いというだけだ。

 ならば、何もしないのが一番だろう。



 僕は神父さんに色々と話を聞き、そのお礼としてお金を支払った。

 少なくともハナミズキ教がこの街で広まる程度であれば、敵対することがないと分かったことは大きかった。

 そのまま街の様子を見るために散歩をしていると、見知らぬ人から声をかけられた。


「失礼、タダノ様でよろしいですか?」

「はい。僕に何かご用でしょうか?」


 丁寧な口調で話しかけていることから、少なくともこちらのことを快く思っていない人ではなさそうだ。


「私、ビジット商会の者です。タイラー様よりタダノ様にご相談したいことがあるとの言伝を頼まれました」

「タイラー様が、わざわざ僕を…?」

「左様でございます。もしよろしければ、ご都合のよい日と時間を教えていただければと」


 わざわざ商家のタイラーさんが根無し草の僕に相談したいことがあるから招くというのはかなり異常な事態だ。

 しかも、上の立場であるタイラーさんが日付の指定をせずにこちらに委ねるというのは更に疑惑を加速させる。

 だからといって断るという選択肢はない。

 お金などを出してもらっている以上、この話は受けることが前提である。


「本当に相談だけなのでしょうか?何かの契約などのお話であれば、僕一人の問題ではないので皆を連れて行かねばなりません」


 僕がそう言うと、その人はくつくつと笑った。


「失礼。お話の通り、とても慎重な御方でしたのでつい。ご安心を、相談の内容は申し上げられませんが、不安でしたら何名様でもお越しになられて構わないとのことです」


 交渉をするならば相手よりも多くの人数を揃えるべきなのだが、流石に相談事と言われている場所にクラスメイト全員で乗り込むわけにはいかない。


「分かりました。今日の夜に三名ほどで向かわせてもらいますが、よろしいでしょうか?」

「そこまでお急ぎになられるとは…急かさせてしまったようで申し訳ありません。そちらの日時で問題ございません、門衛には話を通しておきますので」


 そう言ってビジット商家からの人と別れた。

 このあとの展開は大きく分けて3つほどある。


 先ずは襲撃展開だ。

 道中に正体不明の刺客か何かを用意しておいて目上のタンコブとなるであろう僕を始末することだ。

 一番可能性は低いが、一番マズイ展開になってしまう。


 次に考えられるのはこちらを傘下に収める提案だろうか。

 皆に知られている僕らの人柄というものを、商売に利用できると考えているのかもしれない。

 だが、そのためだけに何処から来たかも分からない僕らを取り入れるだろうか?

 いくら僕らの評判が良いといっても、売り上げなどを懐に入れないという保証はどこにもないのだ。


 そうなると、やはり本当に相談事があるということだろうか。

 だが商家の人の相談事と言われても全くピンとこない。

 物流がどうとか売れ行き商品がどうとか言われても、その日暮らしの僕らにはサッパリだ。


 つまり何をどう考えても現状は何も分からないため、いち早くその目的を探るためにもスグに会う必要があるということだ。

 取り合えずは強気なB子さんと、陽気な乙男くんを連れて行くとしよう。

 ただし、貸家から向かうとなると道中が怖いので先にビジット商家の屋敷に向かっておき、日が暮れたらあたかも今来たかのように訪ねるとしよう。



 宵の口となり、屋敷に向かって門衛の人に招待されたことを伝えるとすぐに通してもらえた。

 前と同じ部屋に案内され、B子さんと乙男くんが周囲の調度品をまじまじと見ている。


「おい、タダノ。このモンスター倒せば俺達も強くなれるんじゃないか?」

「そういうシステムはこの世界になさそうだから止めといたほうがいいよ」


 案の定、乙男くんはモンスターの剥製に夢中である。


「ねぇ、タダノ。もしかしてピカソの絵を描いたら一攫千金を狙えるんじゃない?」

「向こうで評価された抽象画がこっちの世界でも評価されるとは限らないよ」


 音楽であればワンチャンあったかもしれないが、楽器がないんじゃどうしようもない。

 いや、ピアノやパイプオルガンなら教会にもあったので本当にワンチャンあるかもしれない。

 ちょっと帰ったら誰かピアノが弾けないか聞いてみるとしよう。


「お待たせいたしました、突然の招待で不安でしたが…こんなに早く来ていただけて本当に驚きました」

「いつもお世話になっております、タイラー様。日々の援助を考えれば相談事の一つや二つ、いくらでもお時間をお作りいたしますよ」


 相手側が驚きましたと言っていることから、本当にビックリしていることだろう。

 『本当に良かった』という単語が出てこなかったことを考えると、準備時間が無かったと言いたいのかもしれない。


 その後は同伴した二人の名前を紹介して、相談事を聞くことになった。

 ちなみにB子さんは美緒さん、乙男くんは雅史くんという名前であった。

 いまさら名前を聞くことが出来ない僕にとっては、相手の名前が分かるというだけでこのバンダナの価値はうなぎのぼりであった。


「フリンから聞いた話なのですが、皆さんの授業はとても個性的であるとか」

「あ~、そう思われても仕方がないですよねぇ…」


 学校のようなノルマも課してないし、各々が好きにやってしまうのだ。

 ユニークというよりフリーダムな印象しかないだろう。


「素晴らしいものです。まさかタダノだけではなく、皆がそれぞれの分野について精通されているとは」


 タイラーさんの話を聞いて僕らは顔を合わせて首をかしげる。

 皆が得意な分野の授業をしているから、その分野が得意だと思われているのだろうか。


「あの…好き勝手に授業をしているだけなので、別にその分野の専門家というわけではないのですが…」


 今度はその内容を聞いたタイラーさんが驚いた顔をした。


「つまり、ある程度の差があるにしろ…皆さん同じ程度に各分野について知識があると?」

「いや~流石に裁縫とかは女子に負けますけどね。代わりに体力なら負けないんです!」


 雅史くんがちょっと照れながら発言し、それを見たタイラーさんは何度も頷いていた。


「それでは本題に入りましょう。皆さんは商家で働くにあたり、一番重要なものは何だと思われますか?」

「計算能力ですか?」

「健康と体力?」


 美緒さんと乙男くんが答えるが、タイラーさんは首を横に振る。

 先ほどの内容が違うとなると、他に考えられそうものはほとんどない。


「信用ですか?」

「そう、その通り」


 タイラーさんはパン、と手を叩いて僕の答えに満足したような顔をした。


「信用というものはとても重要です。帳簿の数を誤魔化したり、商品を横流ししたりする人物が入り込んだ場合、その損失は計り知れないものとなります」

「そ…そんなにですか?」

「はい、そんなにです。なにせ信用は目には見えませんし、問題が発覚するのが遅れれば遅れるほど損害は増える一方ですので」


 タイラーさんの言う通り、信用という要素はとても大きいものだ。

 悪人らしい悪人よりも、悪人に見えない悪人のほうがとても多い。

 そして完全な悪人というものはほとんどいない、問題を起こす人のほとんどが魔が指してしまった普通の人だから厄介なのだ。


「つまり…内偵を頼みたいのですか?」

「内偵…?ハハッ、いやいや!そこまで飛躍させなくても結構ですよ、タダノ。もっと気長にお願いしたいことです」


 最初は相談事といっていたのだが、いつの間にやらお願いしたいことへと変わっている。

 これこそが本題なのだろう。

 どんな内容なのか心を決めて聞く事にする。


「そちらで預かられている子が成人された場合、我が商会に斡旋していただけないでしょうか?」


 つまり、職業斡旋ということだろうか?

 タイラーさんの考えている内容の裏側を読もうとするが、そのどれもがリスクとメリットが吊り合っていない。

 ということは、何か違う魂胆があるということだろうか。


「あの、わざわざこちらで受け持っている子を求めている理由が分からないのですが」

「簡単なことですよ。あなた方の教育がそれだけ素晴らしく、信用に足るというものです」


 タイラーさんの説明を聞いてさらに頭が混乱する。

 別に何か特別なことをしているわけでもないのに、どうしてそういう評価が出ているのだろうか。


「皆さんの授業によって、子供達は計算能力だけではなくそれなりの教養も身に付けられています。これは大きな長所です」


 一から教育するとコストがかかる、だからといって下手に学がある人物だと信用に問題がある。

 だから教育を行っている僕らからその人材を引き取りたいという話らしい。


 タイラーさんが本当のことを言っているのか、その人物が問題を起こした際の責任は全てこちらが補填しなければならないのか、頭の中で色々なことが駆け巡っていく。

 どうしたものかと頭を悩ませていたが、雅史くんと美緒さんに聞いてみることにした。

 少なくとも、僕だけて決めていい問題ではないのだから。


「二人共、どう思う?僕としてはリスクもあるから怖いんだけど…」

「でもよ、就職の斡旋をしてくれるって良い事じゃないのか?」

「うんうん。別に無理やり働かせるってわけでもないんでしょ?」


 僕の中には色々な不安要素もあるのだが、ここでぶちまけてはタイラーさんの顔に泥を塗ってしまう可能性がある。

 なので、この時点では有り寄りの保留という方向に持っていくことにした。


「分かりました、タイラー様。その内容については前向きに検討したいと思います。一応は他の人も賛成すると思いますが、それでも相談をさせていただく時間をいただけると助かります」

「ああ、構わないよ。そもそも今日明日からという話でもないんだ、ゆっくりと相談するといい」


 よくある契約を迫る方法では期限などを一方的に決めておいて、相手を急かして判断力を奪うというものがあるが、タイラーさんはそういう手段を取らないらしい。

 つまり、先ほどの内容にこちらを騙す意図が無いか、それとも僕ら程度ならどうとでもなると思っているかだ。


「そうだ!一つ図々しいお願いをしたいのですがよろしいでしょうか?」

「息子のジルを助けてくれたのだ、一つと言わず何度でもお願いしてくれていいよ」

「ありがとうございます。それでは一度、そちらの商会で雅史くんを働かせてもらえないでしょうか?」


 それを聞いた雅史くんと美緒さんは素っ頓狂な声を出してこちらに掴みかかってきた。


「ちょっとちょっと!タダノ、本気なの!? こんな軽そうな男を働かせにいかせるなんて!!」

「それヒドクない!? いやでも何で俺なんだよ! こんな凄そうなところで働けるとは思わないぞ!」


 二人が不安に思うのも仕方がないが、あっちの思惑を探るならその懐にもぐりこむのが一番だ。

 本当なら僕が行けばいいのかもしれないが、今の状態で身動きを制限されるのは避けたい。

 そこでコミュ力が高い乙男くんならぬ、雅史くんが適任なのだ。


「仕事をするのに重要なのがコミュニケーション能力なんだ。仕事の外どころか中にも敵がいる状況が一番まずいからね。だから、男子の中心だった雅史くんに頼みたいんだ」

「だからって、こいつぅ?」

「こいつってなんだよ!」

「まぁまぁ…。とにかく、子供達が大人になって働きにいっても大丈夫かどうかを確かめるためにも誰かが行かなきゃいけないんだ。お願いできないかな?」


 僕の言葉を聞いて最初は渋っていた雅史くんであったが、最後は覚悟を決めたように顔を上げた。


「分かった、やろう! 先ずは俺が職場体験する!」


 僕達のやりとりを見て、タイラーさんは笑顔でこちらに尋ねて来る。


「話は決まったかな?」

「はい、しばらくは雅史くんをお願いします。何か問題が起きましたら、すぐに教えてください」


 一度この話も含めて貸家に持ち帰って決めようかと思ったが、それだとタイラーさんに何か条件を付け加えられる可能性もあったため、この場の勢いで決めてもらう必要があった。


「分かった、歓迎するよマサシ。早速だが明日からこの屋敷で仕事を教えよう」

「オス! よろしくお願いします!」


 タイラーさんは満足したように頷き、僕らと握手した。

 この判断が吉と出るか凶と出るか、それは神ならざる僕には分からないことだった。

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