第9話:宗教屋タダノくんの始まり

 広場に衛兵が駐在するようになってから数日後、その効果は凄まじかった。

 衛兵が常に居るということから、子供達が安全に過ごせるだけではなく他の人も多く集まってきたのだ。

 それだけこの街の治安を衛兵が守っているということを皆が認識しているということだ。

 安全な場所というものは、それだけで大きな利点の一つである。


 そして人が集まるということは、僕らの活動も多くの人の目に触れるということである。

 子供らしい遊びをしているかと思えば、見たこともない遊びをしたり、皆で一緒に勉強する微笑ましい光景だ。

 他にも僕らの世界にあった話をアレンジして聞かせていると、大人たちも集まってきたりする。


 ちなみに桃太郎を主人公にした話は大人受けがよかった。

 悪さをする鬼をこらしめるために金太郎や浦島などを仲間にし、最後には大軍隊となる。

 だが心優しい桃太郎が鬼が島へ説得という名の降伏勧告を行うことで、一滴の血も流れずに勝利するという内容だ。


 他にも川で溺れて呼吸が止まった人を心臓マッサージで復活させることを奇跡の御業と称して子供に教えたりもした。

 ちなみに主人公は水城さんだ。

 この世界の聖人認定がどういうものかは分からないけど、この世界で呼吸が止まった人が息を吹き返せば奇跡扱いでいいと思う。


 ちなみに実際に川で溺れた人がいて、子供達が見よう見真似でやったところ息を吹き返したという事件を聞いた時は飲んでいた水を乙男くんに向かって噴出してしまった。

 そして大人がどうやったのか聞くと、子供が水城さんと同じことをしたと言ったことで今では広場に多くの大人も集まっている状態だ。



 その日の夜、皆を集めてある会議をすることになった。


「宗教団体を設立したいと思う」

「またタダノがお酒飲んでる…」

「飲んでないよ!僕一度も飲んだことないよ!?」

「まだお酒を飲んでいるってことにしといたほうがよかったんじゃない?」


 まぁ皆の気持ちもよく分かる。

 前提条件も何も話さずにいきなり『宗教団体作ろうぜ!』って言っても、頭が異世界にやられてしまったかと思われても仕方がない。


「いや、本当に必要なことなんだって。例えば僕達ってどういう集まりだと思う?」

「どういうって…クラスメイトだろ?」


 うん、あっちの世界だったらそれでも間違ってない。

 だけどこの世界じゃクラスどころか学年も学校も無いんだ。

 目に見えない、よく分からない集まりになってしまえば繋がりが薄れてしまい、いつしか皆がバラバラになる可能性がある。


「この世界の人達にクラスメイトっていっても通じないから、僕らをまとめる呼称がほしいんだ」

「だからって宗教はちょっと…カルト教団みたいだし…」


 うん、そうだよね。

 日本人だと宗教って聞いちゃうと、どうしてもマイナスイメージが先行しちゃうよね。

 ニュースでも変な事件を起こしたり、犯罪がどうのこうのって話ばっかり出てくるよね。


「犯罪の隠れ蓑に使おうってわけじゃないよ。皆でまとまるためのものなんだから」

「けどなぁ…そういうのって肌に合わないっていうか、息苦しい感じがするぞ」


 そこら辺も予測の範囲内だ。

 神を信じなさいとか、何かを食べてはいけないとか、そういうのは今の僕らにはマイナス要素でしかない。

 なので、プラスの要素だけで構成することにした。


「別に何かを禁止するわけじゃないし、お金を取ったるするものじゃないよ」


 皆の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる。

 あっちの世界の宗教といえば牛は食べてはいけない、必ずお祈りを捧げなければならないなどの戒律があったりするのが当たり前だからだろう。


「この宗教の戒律はたった一つ、余裕があったら人を助けよう。この一つだけ」

「それは…一日一善とかそういう?」

「いや、別に一日に一回善い事をしようってことじゃないよ。誰かが困ってたとき、余裕があったら助けてあげようってだけだよ」


 ここで皆がさらに困惑する。

 今までの宗教という概念からあまりにもかけ離れているものだからだろう。


「えっと…空飛ぶスパゲッティ・モンスター教って知ってる人居る?」

「なにそれ、新手のカルト?」

「あ、俺知ってる! 宇宙を作ったのが空を飛ぶスパゲッティ・モンスターだってやつだよな?」

「ちょっと!カルトどころか邪教じゃないのそれ!!」


 うん、そうだよね。

 僕も最初聞いた時はそう思ったよ。

 だけど、教義については凄く良いこと言ってるんだよこれ。


「詳しい内容は省くけど、その宗教ではお布施を貰ったりはしないんだ。代わりに貧困をなくしたり病気を治すこと、平和に生きて…なんか電話の通話料を下げようとかそんな感じにお金を使いなさいって教えがあるんだ」

「貧困と病気は分かるけど、電話の通話料はどこから出てきたの!?」


 すまない、それは僕も知らないんだ。

 ここにパソコンでもあれば検索して調べるんだけど、異世界だからその謎は永遠に謎のままなんだ。


「まぁつまり、ニュースとかでよくみる宗教団体とは違って凄くゆるい宗教なんだ。そして僕らの作る宗教もそういうのにしようってだけだよ」

「つまり…ファッション宗教?」

「ファッション宗教…」


 確かにお手軽さを求めていたけど、ファッション感覚で宗教というのはいいのだろうか?

 いや…ファッションヴィーガンなんて言葉もあったんだし、別に間違ってはいないのか?

 まぁ宗教家のように熱心に信仰を説いたりしないし、宗教屋というほうが正しいのでそういうことでいいのかもしれない。


 それから皆で色々なことを話し合った。

 例えば教祖は誰にするかという話だ。

 皆で水城さんを推したのだが本人が嫌がったので教祖という役職は没となった。

 代わりに水城さんはマスコット的なキャラクターということに決まった。

 いつか水城さん人形とかを作ったら売れるかもしれない。


 次に宗教名とシンボルだ。

 皆で色々な名前を出し合ったが、あまりこれだというものが思い浮かばなかった。

 ちなみに男子は悪ノリでゲームに出てきた宗教名などをそのまま出したりしていた。

 闇のなんとかは暗殺者集団なのだが、確かアレはアジトを強襲されて焼け落ちたはずだ。

 そういう縁起でもないものを除外していると、B子さんから提案があった。


「ハナミズキっていうのはどう?」

「茜ちゃんの苗字からとってきた感じ?」

「それに、マスコットが茜ちゃんならそれに準じた名前のほうがいいかなって気がして」


 この世界にハナミズキがあるかは分からないけど、覚えやすいシンボルと名前はとても良いものだった。

 皆それに納得し、これでハナミズキ教という宗教がこの瞬間に産まれた。

 そういえば勝手に宗教を設立しても怒られないのだろうか?

 明日にでも大人の人に聞いてみるとしよう。


 その後、要らない布切れを使って人数分のバンダナを作った。

 バンダナにはシンボルとなるハナミズキと、自分達の名前を刺繍として入れることになった。


 花びら四枚のハナミズキと自分の名前を入れるだけなのだが、これが意外と苦戦した。

 普段から刺繍などの授業をしていた女子は慣れた手つきであったが、問題は男子達だ。

 針と糸を使うなんて小学校の家庭科以来なのだから、とにかく手にプスプスと針が刺さる。


 見かねた女子がアドバイスなどをしてくれているが、それでも僕らの手は傷ついていくばかりであった。


「タダノ、そこは一回でやるんじゃなくて一度裏に通してからやったほうがいいよ」

「ありがとう、B子さん」

「別に気にしなくていいって。…ちょっと待って、B子って何?それあだ名のつもり?」

「ハナミズキって本当にピッタリな名前だと思うよ。シンボルも分かりやすいし、凄くいいと思う」

「そう、ありがとう。…それでB子ってどういうこと?どこからBって出てきたの?」


 それを聞いていた男子から野次の声が飛んできた。


「そうだぞ!そいつのバストBどころかAだぞ!」

「あんた、額に肉って文字を縫い付けるわよ!!」


 結局、一部の男子は徹夜してバンダナを作ることになったが、それは僕のせいではないので割愛する。



 翌日から皆でバンダナを手首に巻いて行動することにした。

 僕らがハナミズキ教の人間であることを周知してもらうことだ。


 広場にいくと子供達から色々な質問が飛んできた。


「ねぇねぇ!その布なぁに?」

「いいなっ!いいなぁ!」

「何書いてあるの?それ何て書いてあるの?」


 一つずつ丁寧に説明し、僕らという集団を見分けるためのものだと聞かせてあげる。

 そうするとなんでも欲しがる子供のサガがうずき、ちょうだいの嵐が飛んでくる。


「ダメダメ、皆にあげられるものじゃないよ」

「えー!タダノのケチー!」

「タダノせこーい!」

「結婚できないぞタダノー!」


 余計なお世話だこんちくしょう。

 結婚できないんじゃなくて、しないだけなんだ。

 …まぁ、実際にできるかどうかは神様でも分からないんだろうけど。


「じゃあこうしよう。ハナミズキ教…いや、ハナミズキ団に入るには条件がある。それをこなしたらあげてもいいよ」

「ほんと!?」

「やるやる!なにすればいいの?」

「水城さんに認められるくらい、良い子になること!そしたら用意してあげよう」


 うん、我ながらナイスアイディアである。

 良い事をすればバンダナが貰えるとなれば、皆とっても言うことを聞くことになるだろう。

 別におかしなマネはさせるつもりはない、その必要がないからだ。


 良い事をした子がそのバンダナを巻けば、他の子もそれに負けじと対抗するだろう。

 そうして皆が良い事をするようになれば、いつしかバンダナを巻いた子は良い子であるという認識を持たせられるようになる。

 そうすれば、同じバンダナを巻いてる僕らの評判も勝手に上がるというものだ。


 いずれは親御さんにもこのバンダナを差し上げて、徐々にハナミズキ教を広めていくことにしよう。

 これのえぐいところは、無意識に人に広がっていくところだ。


 問題はこの世界に根付いている宗教がその障害になるかもしれないのだが、その時はハナミズキ教ではなくハナミズキ団でもハナミズキの集いにでも変えればいい。

 別にハナミズキ教には信仰心なんてものはこれっぽっちも必要ないのだ。


 人に良いことをする、それだけがこの宗教の教義なのだから。


 どんどん広めよう、人の輪を。

 どんどん助けよう、困っている人を。

 それだけで、僕らのハナミズキが世界に広がっていくのだから。

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