第7話:教職者タダノくんの制裁
さて、定職は決まったがまだやるべきことは残っている。
タイラーさんとの会談を終えてた翌日、僕と水城さんは子供が居るお宅へと訪問してまわった。
「実は僕らで子供を預かる役をタイラーさんに任せられたんです。よければ、他の皆様もご一緒にどうかと思いまして」
タイラーさんの息子であるジルくんだけをお預かりしてお金を支援してもらうのも有りなのだが、こういうことは沢山の人を巻き込むに限る。
関わる人が多いほど、巻き込む人が増えるほど事態は複雑になっていくものだ。
そして人と人の糸が絡み合えば、その糸は徐々にもっと絡まっていき大きな毛糸玉のようになる。
そう、簡単に僕らという糸を解かれないようにするためにも、とにかく子供とその親御さんたちを巻き込んで複雑怪奇な関係にしていきたいのだ。
「前の事故は本当に危なかったですよね、お子さんを持つ皆様にとっても不安を覚えたはずです。事故にあったのが僕だからよかったものの、ご自分の子供であればもっとヒドイ…下手をすると死んでいた可能性も…」
そして子供を例に出して不安を煽る。
今まで大丈夫だったとしても、これからも大丈夫とは限らないということを意識してもらう。
正直あんなことは滅多に起きるものでもないのだが、もしもという時に備えないと安心できないのはどこの世界でも同じだ。
でなければ、あっちの世界で保険屋なんてものは存在していないのだから。
「なるほど、話は分かった。だけどウチはタイラーさんの所みたいにお金があるわけじゃないから厳しいな」
「ご安心ください別に皆さんにタイラーさんと同じ分のお金を用意してもらう必要はありません。どちらかというと、皆さんで僕らを助けていただきたいのです」
「それはどういうことだ?」
「簡単です。皆さんの必要ない物や食べ物を融通してほしいということです。水城さんと僕らの仲間が生活できるように」
「うぅむ…それはどれくらい必要なんだい?」
「そこもご安心ください。基本的にはタイラーさんがお金を出してくれますが、他の親御さんからの支援があればその分タイラーさんの負担が減るというものです」
タイラーさんは負担が減る、他の親御さんはついでに自分の子供も見てもらえて、間接的にタイラーさんの助けになれるという見得を張れる。
そして僕らはお金や物を色々と譲ってもらえる、一挙両得どころか三得である。
「例えばパン屋のフィーネさん。あそこでは余ったパンなどを譲ってもらうとかですね」
「ほぅ、フィーネさんの所も!」
ちなみにフィーネさんにはまだこの話はしていない。
今のはあくまでフィーネさんの場合は、という例え話でしかない。
だが知っている人も参加していると思うと、子供を預ける心理的なハードルは一気に低くなるだろう。
『あの人がやってるなら、ウチも…』
そう思うのが当たり前だ、人は流される生き物なんだから。
「ただ、ウチは裕福でもないしパンを作ってるわけでもないからなぁ」
「いえいえ!別にお金や食べ物だけではなく、余裕がある時に何か余っているものをいただけるだけで全然かまいません。今の僕らにとっては、どんなものをいただいても嬉しいので!」
言外に、そちらよりもこっちのほうが貧しいぞと釘を刺す。
不安を煽り、知り合いも引き合いに出し、あくまで善意の心づけだけでいいとアピールする。
そしてトドメの一撃を入れる。
「そちらのお子さんも、友達と一緒に遊びたいと思いますよ?」
「ん?遊ぶなら普通に遊べばいいんじゃないのか?」
「例えば僕らが見ている子と一緒にそちらのお子さんが遊んだとすると、僕はその子も見てあげます。だけどそうなると、何も出していない人の子の面倒まで見ているなら、自分達は損をしているじゃないか!…と、思われる人も居るかと」
さてはて、そんな家の子は果たしてこれまで通り接してもらえるのだろうか?
そしてその家の人達もこれまで通りの付き合いをしてもらえるのだろうか?
まぁ表立ってはどうこう言うことはないだろう。
だが、不満としては確実に腹に溜まる。
そしてそれが一定以上になれば、下手をすると排斥にも繋がることだろう。
「どうですか?子供のためにも、一つ考えていただければと思うのですが。なんなら、しばらくお試しで数日間預けられるというのも有りだと思いますよ」
「いいのかい?数日間とはいえ、大変だろう?」
「かまいません。あくまでお試しですし、友達同士が離れ離れになるのは悲しいことですからね」
そう、数日間あれば充分だ。
子供同士の友情を育ませるならその程度でいい。
そして、いざお試し期間が終わってつらい別れを味わわせれば、さぞご両親を説得するために泣いたりすることでしょう。
それとも、他の子が仲良く遊んでいる中、自分の子供が一人ぼっちでいることに耐えられる親御さんなのでしょうか?
そんな感じで、子供のいるお宅をいくつも歩き回ることで一気に二十人くらいの子供を預かることになった。
日が暮れて貸家に戻った後は皆にその話を共有する。
「二十人も一気に面倒を見るのか…」
「だ、大丈夫なの?」
まぁ少し前までまだ学生だったんだから不安になるだろう。
「大丈夫だよ、皆!私とタダノくんみたいに、弟や妹と遊ぶ感じでいいんだから!」
「そうそう。それに、1人で全員を見るんじゃなくて、4人位の人数で面倒を見るから、何かあればフォローし合えばいいよ」
僕と水城さんでフォローを入れるが、それでもまだ皆は納得していないような顔だった。
今までやったことのない仕事を任せられる、しかも親御さんから子供を預かるのだからプレッシャーも大きく圧し掛かっているのだろう。
けれど、僕らにはそのノウハウが既に身に付けられているんだ、そこまで不安になる必要はない。
「あんまり難しく考えなくていいんだよ、青空学校みたいなものだって思えばいいんだから。僕らが小学校、中学校でやっていたことをスケールダウンさせればいいんだ」
「なるほど、そう言われて見れば学校でやってたことをそのまま真似すればいいのか…」
「だけど、私テストとか作ったことないよ?」
「もちろん勉強とかも教えた方がいいと思うけど、あっちの世界みたいな授業のノルマは無いんだからそういうのは必要ないよ」
「タダノくんなんて、数字を数える練習のためにツイスターゲームを一緒にしたもんね」
待ってくれ水城さん、その言い方だとかなり語弊がある。
いや、嘘ではないよ? だけど真実からは程遠いというか、絶対に勘違いするからねその言い方?
今までずっと人に勘違いさせたりした僕には分かるけど―――
ゾワリと、背筋に何かが這いよる気配を感じた。
女子からは文字通り刺すような視線が、男子からは僕の心臓を握りつぶすかのような空気が流れてきた。
「ねぇ、タダノ? 私たちが一生懸命に働いてた時に、あなたは何をしてたの?」
「こ…子供達のお世話をしてました……」
B子さんから針のような鋭い抗議が届いた。
『人に仕事を任せといてよくも遊んでられたなぁ!』
という無言の重圧が僕に圧し掛かってくる。
「なぁ、タダノ? 右と左、どっちからがいい?」
「待って!何の左右を選ばされるの!? っていうか釈明すらできないの僕!?」
「裏切りは、人の犯す罪の中で最も許しがたい行為である。なぁ?」
「しかり。ユダは罰せねばならない」
裏切ってない! 裏切ってないよ僕は!?
そりゃあ、水城さんとずっと一緒に行動してて役得だぜヒャッホーって思う時はあるけど、皆のためにも頑張ったりしたんだよ!?
それに別に皆が水城さんの彼氏ってわけでもないんだし、何か言うのはちょっと違くない!?
『俺の方が先に好きだったのに!』
とかそういう心理!?
告白もしてないのにそういうのってどうかと思う!
せめて告白してからそういうのは…。
いや、ごめん…僕にそれ言う資格は無かったね…僕も同じようなもんだし…。
助けを求めようと周囲を見渡すが、みんな敵意を持った眼差しでこちらを睨んでいる。
頼りになるクラスの天使である水城さんはニコニコとこちらを眺めている。
違うの! 遊んでるわけじゃないの! 本気で私刑にされそうになってるの!!
結局、マッサージと称して筋肉痛でボロボロの僕の体をいじくりまわされてしまい、涙やらヨダレやらを垂らす醜態を晒してしまった。
途中で水城さんが異世界式ツイスターゲームについて説明してくれたおかげで解放されたが、それでも羨ましいことには変わらないそうで、夜寝る時は男子の皆が僕を囲んで寝ることになった。
筋肉と汗と男臭のせいで窒息するかと思った。
翌日の朝、子供達の世話を担当するローテーションを決めた。
男子2人に女子2人で5回のローテーションに分けられたのだが、僕と水城さんは別々になってしまった。
男子達による熱い要望もあるのだが、女子からも変なことをするんじゃないかと疑われたからだ。
止めてくれB子さん! 疑念を膨らませても、あなたの胸が大きくなることはない!
そんなものばかり膨らませるなら、もっと別の場所をバストアップさせたほうが有意義ですよ!
まぁそんなことを言えばユダどころか弟さんを殺したカイン扱いになって追放されてしまう。
せっかく定職を見つけたのにいまさらフリーターになるのはごめんである。
子供達への授業については算数、理科、そして体育という名の遊びや道徳をすることにした。
社会や国語はこの世界じゃ意味がないからだ。
ただし、覆水盆に返らずのような言い回しは面白そうなので教えてみるのもいいかもしれない。
ちなみに僕の担当は道徳だ。
困ったら聖書とかにあった小話でも話せばいいので楽なのだが、イエス様の名前を出してもこの世界の子供達には馴染みがないだろうから、水城さんに置換しておくことにしよう。
これでますまず水城さんが聖人としての道を歩むのかと思うと、感慨深くなる。
それはさておき、これで僕らの生存圏は大きく広がったことになる。
だがまだ足りない、まだ足りないのだ。
もっと人を味方につけないといけない。
僕らもその人達の味方とならなければならない。
そしてこの街そのものを味方につけなければならない。
僕らが生きるために、皆で生きるために。
そのためにも、皆を一つにまとめる必要がある。
絆や、利益や、情を使って。
そして元の世界で最も強力で恐ろしい力、人類が未だその手で持て余している力。
そう、信仰の力だ。
僕はここから、人の心を信仰で染め上げていかねばならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます