第6話:交渉人タダノくんの押し売り

 客室に通された僕と水城さんはまじましと周囲を見回していた。

 絵、彫像、宝石などの調度品を見るかぎり、それなりに文化的であることが見て取れる。

 だが一番驚いたのはゲームで見るようなモンスターの剥製があったことだ。


 イノシシのような見た目なのだが、立派な角や牙があるだけではなく目が4つあるという今までで一番異世界らしいものを感じ取れるものであった。


「ねぇねぇ、タダノくん。そういえばこういう時の礼儀作法って知ってる?」

「そういえば全然知らないね…そもそも、ここって異世界だから元の世界の作法が正しいとも限らないよ」

「ど、どうしよう!失礼なことしちゃったら悪いよね?」

「う~ん…あっちの人もそこまでは期待してないと思うけど、なんとか形だけでも真似してみよう!ほら、テレビとかドラマのマネをすれば大丈夫だって」


 僕と水城さんで正しい社会マナー講座について話をしていると扉を叩く音が聞こえた。


「ど、どうしようタダノくん!敬礼とかしたほうがいいのかな!?」

「それは軍隊だよ!なんか、こう…両手を前に交差させる受付の人みたいな感じがいいと思うよ!」

「う、うん!OLの人みたいな感じだね?…よし、どうぞ!」


 水城さんの声に応じて、扉が開かれる。

 そして恰幅と威厳のある男の人と、付き人だと思われる体の大きな男の人が入ってきた。


「初めまして、お二人とも。わたくしがビジット商家の当主、タイラー・ビジットです。このような場所までご足労をおかけさせてしまい、申し訳ありません」

「いえ!こちらこそ急な訪問で驚かせてしまったみたいで…あ、私は水城 茜です!」


 相手がフルネームで名乗ったせいか、水城さんもフルネームで返してしまった。

 姓と名前を聞いたタイラーさんが少し怪訝な顔をする。

 やっぱりこの世界じゃ姓を持つ人は一定の地位や権力がある人のものらしい。


「どうも、タダノです。彼女はミズキアカネと呼ぶと長いので、みんなミズキと呼んでます。よろしければ、タイラーさんもそう呼んでいただければ」

「おぉ、そうでしたか。なかなか珍しい名前でしたので少し驚いてしまいました」

「ビジット家に雇われております護衛のフリンです。タダノ様、そちらの物をお預かりさせていただきます」


 そう言ってフリンさんは僕の持っている木の棒の杖を指差した。

 まぁこんな木の棒でも凶器になるかもしれないし、何かを仕込んでいる可能性もあるのだから取り上げたいと思うのが護衛としての本音だろう。

 ただ、今の状況でそれはまずかった。


「おいおい、フリン。お前は怪我人から杖を取り上げようというのか?」

「ハッ…しかし、もしものことを考えられますと…」


 杖を持ち込ませたくなかったのなら、門前で預かるべきでしたね。

 といっても、予想外の来訪者なのだから不手際が出るのは仕方のないこと。

 ましてや頭を怪我した若者だ、杖を持っていることなど予想できるはずもない。


 まぁ、もしも門前で杖を預かられた場合は足がもつれたフリをして盛大に転んで、服や顔に土や擦り傷をつけるつもりだったので、そういう意味では僕もタイラーさんも助かったといえる。

 本当にその作戦をするとなると、僕はまた少し痛い思いをするし、タイラーさんは怪我人から杖を取って転ばせてしまったという謗りを受けるところだったのだから。


「かまいませんよ、タイラー様。フリンさんの言うことも尤もです。僕達が変なことを考えていないか、もしもの場合に備えるのもフリン様のお仕事なのでしょう?」

「いや、しかしですな…」

「僕なら大丈夫です。ずっと立っているならまだしも、椅子に座っているのなら辛くはないですから」


 そう言って会話を打ち切りフリンさんに杖を渡す。

 ありがとう、フリンさん。

 あなたのおかげでタイラーさんが気まずそうな顔をしてくれています、あるいは失敗してしまったという顔でしょうか。

 あなたの行いそのものは何も間違っていません、護衛ならタイラーさんを守ることが第一ですから。

 だけど、このあとの会話などを考えるとそこは間違えたほうがよかったです。

 そのせいでタイラーさんはこちらに配慮をしなければならなくなったのですから。


 子供を守ってくれ、そのせいで怪我をし、さらに家まで訪ねさせてしまい、トドメにフラつく身体なのに杖まで預けさせてしまった。

 タイラーさんが何があっても動じない厚顔であろうとも、流石にこれだけの事があれば動揺するなというほうが無理だ。

 まぁ動揺しなければその点をネチネチと言動に含めて言うつもりだったんだけど、あまり気持ちのいいことでもないので今の状況がベストであった。


「まぁまぁ、取り合えずお座りください。いま暖かいお茶や菓子などを用意いたしますので」

「はい、それではお言葉に甘えさせていただきます」


 水城さんが僕の手をとって座るのを手伝ってくれる。

 それを見たフリンさんがばつの悪そうな顔をしている、恐らく僕の怪我が結構ひどいものだと勘違いしてるのかもしれない。

 水城さんは優しいし、僕が筋肉痛でヒィヒィ言っていたから手を貸してくれているだけだろう。

 実際は別に座るのも歩くのも大丈夫なので、ここの居る人達みんなが勝手に勘違いしているだけである。

 モラルがあるって素晴らしいことである、それをこの世界にきてからよく実感している。

 無いなら無いで違う手をとっていたのだが、穏便に事を進めるならこれが一番だ。


「先ずはお二人に感謝を。ウチの可愛い一人息子を助けていただいて、本当になんとお礼を申せばいいのやら」

「気にしないでください、タイラー様。僕達は当たり前のことをしただけです。ね、水城さん?」

「はい!息子さんのジルくんに怪我がなくて本当によかったです」

「いえいえ、我が身を省みずに助けるほどの献身をされたのです。もっと誇られてもいいでしょうに…お二人は実に謙虚でありますな」


 なるほど、自分達が悪いという印象ではなく僕らが凄いということにしたいらしい。

 つまりあくまで僕らが特別であり普通ではない、と。

 こちらが色々と要望をしたりする立場を狙うならばそれでもいいのかもしれないが、僕らはあくまで施される立場でいたいのだ。

 何故なら、こちらが要求を出す立場になれば責任が生じてしまう。

 だが僕らが何かを差し出される、あるいは頼まれる立場であればその責任はそれを言った側になすりつけられるからだ。


「不幸があれば悲しむ、怪我を見れば痛みを覚える、子供が泣けば心がしめつけられる…普通の感性です。タイラーさんもそうでしょう?」

「えぇ、それはもちろんですよ!」

「ジルくんは確かに危ない場所で遊んでしまいましたが、僕だって似たようなことをした覚えがあります。だけど大人が叱ってくれたり、庇ったりしてくれたから今の僕がいるんです。子供はそうやって成長していくんです、そんな子供を僕らみたいな人達で守ってあげる…当たり前のことですよ」


 というわけで、自分達の行ったことは特別なことではなく、当たり前のことであることを主張する。

 タイラーさんにも共感できるようなことを先に話して同意させておくことで、後から話す内容を否定しにくくさせる。

 その目論見通りに、タイラーさんは苦笑いをしながら頭を掻いている。


「そういえば、ジルくんは大丈夫ですか?どこか怪我をされたりは?」

「はい、お二人のおかげで大した怪我もありませんでしたよ」

「そうですか。それならジルくんと会うことはできますか?」

「えぇ、それはもちろん…。その…謝罪ならば私が…」

「いえいえ!そういうつもりはありませんよ。ただ、優しい子ですからきっと気に病んで落ち込んでいるでしょう?僕達の無事な姿を見れば、きっと元気を出してくれるんじゃないかと思いまして」

「そういうことでしたら…分かりました、呼んできましょう」


 そう言ってタイラーさんがフリンさんに目配せをする。

 部屋の外にフリンさんが出て行ったことから、呼びに言ったのだろう。


「ところで、タダノくん。怪我がひどいように見えるが、診療所に戻ったほうがいいのでは?」

「それもそうなのですが、人様のお金で診療所で休むのが凄く悪い気がしてしまいまして…毎日の暮らしが大変なので、お金の大切さはよく知っています」


 相手からすれば知ったこっちゃないだろうが、こちらとしてもそんなこと知ったこっちゃない。

 せっかくの大きな相手とのコネなんだから、罪悪感やら過失やらを背負うだけ背負ってもらいたいのだ。


「ご心配をお掛けして本当に心苦しいのですが、歩いたりする分には問題ありませんのでお気になさらないでください」


 笑顔でそう告げる。

 嘘だ、もっともっと気にしてもらいたいから診療所から抜け出してきたのだ。

 それに『歩いたりする分には問題ない』と言ったが、別に走ったりするのも平気だったりする。

 なので相手側が『やはりまだ怪我の影響が…』と思ったとしても、それは向こうの勘違いなのでこちらは悪くない。

 良心に紙やすりをかけられたような錯覚を覚えたが、ハートにメッキをかけていたのでそれほどダメージはなかった。


 しばらく待っていると控えめなノックと共に、ジルくんがやってきた。


「二人とも、本当にごめんなさい!」


 入ってきたジルくんは早々に頭を深く下げて謝った。


「いいんだよ、ジルくん。あなたが無事で本当に良かった。ね?タダノくん」

「うん、見ての通りこうやってここまで歩いて来れるくらいには元気だからね。もう気にしなくて大丈夫だよ」

「ほ、本当に?タダノおにいちゃん、怒ってない?」

「もちろんだよ。ジルは色々な人に怒られたかもしれないけど、それは言いつけを守らなかったからじゃなくて、キミが危ないことをしたからなんだ」

「だから私もタダノくんも怒ってないの。心配していただけなんだよ?」

「ご…ごべんなざい…タダノおにいちゃん、ミズキおねえちゃん…!」


 今までずっと溜まっていた不安が一気に解消したせいか、ジルが泣き出してしまった。

 そんなジルをあやすように水城さんが頭を撫でてあやしている。


「ジル様、そろそろ…」

「しょうがないなぁ…水城さん、ジルが泣き止むまで膝の上に乗せてもらっていいかな?」

「うん、いいよ!ほら、ジルくんおいで」


 あんまり子供を交えて話をしたくないのだろう。

 フリンさんがジルくんを回収しようとしたのだが、わざわざ金網デスマッチに武器を持ってきてくれたのだ。

 それを手放す理由がこちらにはない。

 こっちは権力も財力も何もないんだ、ハンデとして子供という凶器くらいはあってもいいと思う。


 とはいえ、水城さんの膝の上に座れるとかジルが羨ましい…。

 ちょっと大人気ないかもしれないが、次にツイスターゲームをする時はキミのズボンだけじゃなくパンツも下ろしてやるから覚悟しておいてくれ。


 さて、子供の前ということでさらに気まずい空気を感じ取ったタイラーさんはどうしたものかと思っていることだろう。

 その証拠に先ほどからお腹は減っていないか、お茶はどうだという当たり障りのない話しかしてこない。


 このままダラダラと話していてもお互いにとっていい結果にはならない。

 なので、僕のほうから突っ込んだ話をすることにした。


「それにしても、やはり大人の目がないと危ないですね。今回はたまたまなんとかなりましたが、下手をしていたら誰か死んでいたかもしれません」

「ご…ごめん…なさい……」

「いやいや、ジルを責めてるわけじゃないよ。子供を守るのが大人の役目なんだからね、放ったらかしにしてしまった僕らも悪いんだよ」


 ごめんね、ジル。

 僕らも悪いとかいいながら、キミのお父さんを含めた大人全員を悪者という論法を使ってしまって。

 しかも僕らが助けたのだから、こちらだけ免罪符がある状態だ。


「やはり、今後もこういうことが起こる可能性がありますから何か対策を考えたほうがいいかもしれないですね」

「うぅむ、仰るとおりですな。しかし子供を家に閉じ込めるわけにもいきませんし、どうやって防げばいいのやら…」

「確かに…僕も誰か信頼できる人に任せるくらいしか思いつきませんね。もちろん、僕と水城さんも出来るだけ見ていてあげたいのは山々なんですが、日々の生活も苦しい状況のせいでどうしても見られない日が…」


 ここで言外に日々の生活を保障してくれれば僕らが見守るということを暗示してみる。

 加えて、信頼という単語を使うことでここまで頑張った僕らは信ずるに足りないのか?ということも含めてみる。


「なぁ、ジル。キミの知ってる人で誰かいい人っていないかな?もちろん、キミが信じることができる大人の人で」

「…お父さんとお母さん」


 なかなかいい教育をされているようで。

 自分の両親を一番にあげるとは、よほど大事に育てられたらしい。


「そうだね、キミのお父さんとお母さんはきっと良い人だ。だけど、お仕事があるせいでずっと子供達を見ていることはできないんだ。他に誰か居ないかな?」

「…ミズキおねえちゃん、とタダノおにいちゃん」


 まぁこの状況なら僕らの名前しか出せないだろう。

 というより、仕事などで忙しくない人がいれば、最初からその人が子供の面倒を見ているはずだ。


「ありがとう、ジル。だけど、僕や水城さんもお金やご飯がないと生きていけないんだ」


 そこでジルがお父さんであるタイラーさんの方を見る。

 そうだよね、キミのお父さんはご飯もお金もある人だもんね。

 その調子で熱視線を飛ばし続けてほしい。


「そういうことなら、私が援助するという手もありますが…」


 それに根負けしたのか、タイラーさんから提案がきた。

 ここまで来るとあと一歩だ。

 だが、まだ食いつくわけにはいかない。

 これでは僕らの命綱をタイラーさんが握ってしまうことになるのだから。


「いえ、タイラー様だけに負担させるだなんてそんな…そうだ!」


 少々演技くさいかもしれないが、あたかもいいアイディアを思いついたかのように話す。


「子供を一人見るのも、二人や三人見るのも手間は同じです。それなら他の親御さんたちにも話をしてみましょうか。他の親御さん達からも何かをいただけるのであれば、その分タイラー様の負担も減りますから」


 言外に、断れば他の大人たちのところにこれまでのことを話すということを告げる。

 子供を守った僕らを、あまつさえ怪我をおしてまで来た僕らを信用せずに金も出さないという悪評を広められるのと同じようなものだ。


「別にそんなに多くのものが必要になるわけではありません。僕ら皆がそれなりに暮らしていければそれで充分なんです」


 ここでこっそり『僕ら皆』という単語を使い、僕と水城さんだけではなく他のクラスメイト達も条件に含めてみる。

 詐欺みたいな言い方だが、そういうのを取り締まる法はないだろうし、あったとしても恩人に向かってそれを適用させるようなことをすれば、信用を一気に失うことになる。


 ごめんなさいね、タイラーさん。

 あなたが裕福だから頼りっぱなしになると思います。

 だけど、お金は物は無い所よりもある場所から持ってきた方が効率的ですからね、仕方ないですよね。



 それから数時間後、すっかり夕食までご馳走になって貸家に戻った僕と水城さんで皆に報告した。


「皆、定職が見つかったよ!」

「「「どういうことだ!?」」」


 クラスメイト皆の心と声が一斉にハモった瞬間であった。

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