第34話 「漲る決意」
デラノヴァが体内より吐き出した黒蠅を飲み込んだ、二百人を超える「百式党」員たち。
停まっている馬車から無言のまま降り始めた。
周囲の岩陰から、いくつもの光る眼がその様子を見ている。
蝙蝠の羽を持つ、猫の魔物たちだ。
何気なく前方に目をやり、そこに蠅の化け物がいることに気づいた。
「ええっと、戦隊ものシリーズの悪い敵さんの、ひとなのかな。
でもあれは作り物だって知ってるんだから。
はっ!
じゃあ、ここはもしかしてテレビの撮影現場なのか!」
頓殿はようやく腑に落ちた。
周りにいる大勢のひとたちがうめき声をあげ、ローブをかなぐり捨てて胸をかきむしる姿を観察する。
「ははあっ、これは確かに、迫真のエリンギ?
それはきのこか。
演技、そう、演技だ」
同じように着ていたローブを脱ぎ、隣に立つ骸野のローブも脱がせてあげる。
下には「百式党」のTシャツ姿だ。
「ここはおんなしように合わせないとな。
そうかあ、テレビに出るんだ」
細い目を三日月にして、なんだか偉くなったような気がした。
~~♡♡~~
二台のバイクと中古のビートルは連なり、洞窟の壁にエンジン音をぶつけるように先を急ぐ。
目出し帽を脱いだ
まだ身体が微妙に震えていた。
怒らせたら怖いのは、きりではなく、らんのほうである。
キレると口調が、きりの下品さを通り越し、極道顔負けの完璧な関西弁で
きりが抑えなければ、半殺しの目に合うのは明白だ。
「助かりました、社長」
「うん。
わが妹ながら、豹変したらんちゃんは心底恐ろしいからねえ」
源之進はヘッドレスト越しに後方を振り返った。
ふうっとため息を吐く。
高見沢は前に顔を向けたまま、ちらっとバックミラーを確認した。
「社長」
「うーん、どうしたものかな。
まさか枝分かれが、五つに増えているなんて」
先ほどは三つであった。
それがいつの間にか入口へ続くはずの洞窟が、ふたつ増えていたのだ。
仮にどの穴を選んでもここから永久に出られないのではないか、と源之進の吐き出したため息が物語っている。
「お伝えしなくて、よかったのでしょうか」
高見沢は、「そないな大事なこと、なぜ話さなかったんじゃ、ワレッ!」と、後から、らんにこっぴどく詰められはしないかと心配になる。
「いまあの子たちは前しか見てないしさ。
まあ、なんとかなるだろう」
源之進は肚を括ったようにつぶやく。
まさに前門の虎、後門の狼状態であった。
~~♡♡~~
「先生、お出迎えはこれで終わりでしょうか」
フィリップは、きりの後ろで揺られながらインカムを通して尋ねた。
宙を飛ぶ蛇の大群、ケルベロスにキメイラ。
いくら武具を持ったエクソシストとはいえ、らんときりが手伝ってくれなければどうなっていたかわらない。
「わしは若かりしころ、二度ほど『ヘルマウス』へ入ったことがある。
じゃがの、そこから先へは進んだことがないのじゃな、これが」
「でもさ、さっきからイヤな視線をたくさん感じてるんだけどなあ」
「あらっ、わたくしもですのよ」
らんときりは、ゴーグル越しに左右の土壁や岩陰に視線を投げる。
「うむ。
あやつらは襲ってはこないじゃろう。
ただの臆病な下級魔どもよ」
「ところでね、きり」
らんは、たびたびベルトのボックスを触りながら続けた。
「わたくしたちの無線はこうして繋がってはおりますけど、本部を呼び出してもウンともスンともお返事がないの」
「それは外部と電波が遮断されてしまっている、ということなんでしょうか」
フィリップは片手でタンデム・グリップをしっかり握りながら、もう片方の指で顎をさする。
「まさか
まっ、すべて解決したら、ゆっくり副長にご説明申し上げようぜ、らん」
「そうですわね。とにかく早く追いつきませんと」
らんはアクセルを吹かす。
~~♡♡~~
うめき声を上げる党員たちを視界に入れながら、
ローブを脱ぎ捨て、「百式党」のTシャツ姿になっているが、男も女も立ったまま顔をのけぞらせ、声にならぬ声を喉から振り絞っている。
しかも顔や露出している腕に、蔦が這うように青い血管が走りだした。
仲間であったことや腹心の部下であったことなど、とうに猾辺の心から消えていた。
いまは単なるスケープゴートとしか見えていないのだ。
横に立つ蠅の魔物と化したデラノヴァ、いや、これこそが本来に姿であろうが、剛毛に覆われた両腕を組み、背中の羽をビリビリと動かしている。
「こやつらになんとしてでも、エクソシストの進入を阻止させるわ。
やつらは悪魔には容赦ないけど、ご覧のとおり見かけは同じ人間。
まさか二百人以上の同類を抹殺するなんてことはできやしないさ、うふふ」
デラノヴァは長い不気味な口吻をガチガチさせ、蠢く集団に向かって鼓膜を破るような甲高い口笛を吹いた。
ビクンッ!
全員の身体が反応し、ゆっくりと列を作り、洞窟の幅いっぱいに広がりながら足を引きずるように洞窟の入り口へ歩き始めた。
頓殿は動かない骸野を抱えるようにして後をついていく。
「これだけ大掛かりなら、も、もしかするとテレビではなくて映画かもしれない。
カメラはどこかわからないところから撮影しているんだな、きっと」
きょろきょろと坊主頭を動かす。
デラノヴァに操られた集団は、来た道を人間バリケードとしてもどっていった。
~~♡♡~~
先頭を走るきりは、油断のない視線で前方を見ていたが、はるか先に動く影をまたもや発見した。
「らんっ、ストップ!」
トレイサーは急減速し、続くトライク、ビートルもあわててブレーキ音をきしませる。
きりはゴーグルを望遠鏡に切り替えた。
まだ遠くて正体はわからない。
ただ確実に動いている。
「今度はいったいどんな魔物のでしょう」
フィリップも目を凝らした。
「遠くてちょっとわからないけど、少なくともあたしたちの味方じゃないってことはわかるぜ」
「ええ、わかります。
地獄のほうから、こちらに向かってきておりますから」
フィリップの言葉に、きりは振り返り笑みを浮かべた。
「きり、進みましょうか」
「そうじゃな。
ここで待っておるよりも先にまいろうではないか、嬢ちゃんたち」
「おーい」
助手席の窓から身を乗り出し、かなり遠慮がちに源之進は妹たちに声をかける。
「どうかしたのかい」
らんが後方に顔を曲げる。
「どうやら、また魔物らしい影が現れたようでございますわ、お兄さま」
「ぼくらも、なにかお役に立てないかな」
言いながら、窓からクロスボウを差し出す。
「お気持ちだけ、頂戴いたしたく思います」
高見沢が運転席から源之進の革ジャケットを引っ張った。
「社長、らんさんがお怒りモードになる前に、わたしたちはただ黙って後方で待機しておりますほうが、お互いのためかと」
もっともな言い分に、源之進はらんに笑顔を向け、素早く身体を車内へ引っ込めた。
トレイサーとトライクが再び重たいエンジン音を上げ、動き出した。
高見沢もビートルのアクセルを踏んだ。
きりはトレイサーのライトをハイビームに切り替え、一キロほど先の奥を照らし続ける。
両側の岩壁や頭上から、妖しげな小さな影がギャアギャアとわめきながら飛び交う数も増えてきた。
「きりさん」
タンデムシートのフィリップがハンドルを握るきりの肩に、遠慮気味に片手をそえる。
「うん?」
「ぼくはエクソシストとして、いや、ひとりの男としてお約束します。
らんさんは無論のこと、きりさんもこの身を挺してお守りすることを」
きりはドキッとして一瞬振り返る。
フィリップの涼しげな目元に固い決意がみなぎっていることがわかる。
きりは味わったことのない揺れる心に躊躇した。
その動揺はけっして嫌なものではなかった。
つづく
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