第31話 歌姫の秘密①

「さあ、誓ってください。素直に言う事を聞いてわたくしと共に生きると」

 ここで誓えばレイヴィンを助けてもらえるのだろうか。そう思い受け入れたくなった気持ちをぐっと堪え、アンジュはアレッシュの目を真っ直ぐに見て答えた。


「……貴方の言いなりにはなりません」

「なぜっ」

 拒絶されるとは思っていなかったのか、アレッシュの目が見開かれる。

「貴方たちのことを、信用できないから」

「あら、彼が捕まったのは本当よ。彼を助けたくなの? 所詮、その程度の関係だったのね」

 セラフィーナが意地悪な笑みを浮かべてきたが、アンジュはそんな挑発にものることはなかった。


「レイヴィン様は、簡単にやられたりしない。私が信じるのはレイヴィン様の言葉だけです」

「レイヴィン、レイヴィンと耳障りなっ。なぜだ!! なぜ、わたくしの言う事をきかない。あんな男より、わたくしたちのほうがずっとあなたと共に長い月日を、深い関係を、過ごし築いてきたじゃないか!!」

 取り乱し震えるアレッシュの肩にセラフィーナがそっと手を添え囁く。


「大丈夫よ、アレッシュ。逆らうなら、また記憶を消してしまえばいいじゃない」

「……ああ、そうですねぇ。二度も記憶を消してしまうのは、負担になるからとできれば避けたかったのですが、致し方ありません。これも全部、全部、彼女の幸せのためですからね」

 ククッと不気味に笑うアレッシュの姿に危機感を覚える。

 どうにか、このロープさえ外れてくれればともがくが上手くいかない。

(どうしよう、このままじゃ)

 口でだけ反抗してもダメだ。結局彼らの思うままになってしまう。


「さあ、始めましょう。儀式の時間です」

「ええ」

 アレッシュに言われ、セラフィーナが魔法陣の中心に立つ。しかし、その時だった。


「そこまでだ」

「っ!」

 入口から聞こえた声に視線を向けると、そこにはいつの間にかレイヴィンが立っていた。

(レイヴィン様!)

 無傷で現れた彼の姿を見て、アンジュは少しだけほっと表情を和らげる。

「いつからそこに」

「初めの方から」

「なっ、どういうことだ。牢に入れられたはずでは」

 アレッシュは人差し指でメガネを持ち上げながら渋い顔をした。

 レイヴィンはそんな彼には見向きもせず女神像に縛られたアンジュをみつめる。


「俺はずっと勘違いをしていたんだな」

「え?」

 なんのことを言っているのかアンジュには分からない。

「お前をこの国に繋ぎ止めているのは、アーロン殿下の存在なのかと思ってた。でも……そうじゃなかった」

 レイヴィンはアンジュに向けていた視線をセラフィーナへと移す。

「ようやくわかったよ。お前の本当の名が」


 レイヴィンが一歩踏み出した瞬間。

「動くな」

 低い声が部屋に響き、レイヴィンはもちろんセラフィーナも動きを止めた。

 アレッシュがセラフィーナを後ろから抱きすくめ、彼女の白い首筋に光るナイフを当てていたから。

「余計な邪魔は許しませんよ。彼女の身体に傷が付くところなんて、あなたなら見たくありませんよねぇ」

 ぐっとレイヴィンが下唇を噛み締め、忌々しそうにアレッシュを睨み付けた。


「やめて、アレッシュ。どうしてそんなことを!」

 アンジュは思わず声を上げていた。セラフィーナはアレッシュにとって大切な同士のような存在ではなかったのかと戸惑いながら。

「どうしてって。そんなの彼がわたくしの邪魔をするからに決まっているじゃないですか」

 悪びれもしないアレッシュに恐怖を感じる。


「それで俺を威しているつもりか」

「ええ、そうですよ」

「だが、お前だってセラフィーナを傷つけることはできないはずだ」

 レイヴィンの言葉を嘲笑い、アレッシュはセラフィーナの首筋に刃先を強く押し付ける。


「いいえ、わたくしは器になど興味がありませんので」

「っ――やめろ」

 隙を見て動こうとしていたレイヴィンは踏み出しかけた足を止めた。

 アレッシュの言葉が威しではなく本気だと悟ったのだろう。


「わたくしの望みはただ一つ。愛する彼女をこの忌々しい国から解放し、幸せにすること」

 アレッシュの視線は真っ直ぐにアンジュの方を向いていた。

「残念だったな。あいつが助けを求めたのはお前じゃなく、俺だ」

 レイヴィンの挑発の言葉にアレッシュが気色ばむ。

「あなたになにが出来るというんだ! たかが薬師の分際で、どうせ声が出なくて心が弱っていたセラフィーナにつけ込んで誑かしたのでしょう!」


「バカだな。あいつは声を失ってなどいなかった、最初から」

 驚きからか目を見開いたままアレッシュが黙る。

 驚いたのはアンジュだって同じだ。


(セラフィーナ様は声を出せないふりをしていたの?)


「そんな嘘をついて、なんの意味があるっていうの」

 しかし、おかしなことに戸惑った声を上げていたのはセラフィーナ本人だった。

 なぜかアンジュの方を見ながら。


「声が出ないフリをすれば戦場で歌わされなくて済むだろ。狂気の歌をな」


 ズキンッ――


 肉体がない状態なのに、アンジュは頭にひどい痛みを感じた。

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