第4話 噂に違わぬ麗しの歌姫

 ウェアシス城が見えてくる。

 パーティーは宮殿の東側に建てられた離宮で行われるらしい。

 馬車から降りたレイヴィンは離宮の前でパーティーに参加するための検問を受け、会場の中へと通された。


『うわぁ~、豪華絢爛』

 離宮に入り赤絨毯の敷かれた大きな階段を上った先にある両開きの扉が開くと、そこに広がるパーティー会場にアンジュは感嘆の声を上げる。

 床も支柱も美しく磨き上げられた白大理石。見上げると高い円蓋の天井には、この国のシンボルとも言える水の精霊をモチーフにした彫刻。


 宴を楽しむ人々は、自らを最大限に輝かせようと華やかな衣装と装飾品で着飾っていた。

 酒を飲んだわけでもないのに、アンジュはすっかり雰囲気に酔ってしまい、軽い眩暈を感じる。


『こんなのでいちいち驚くな』

『だって、華やかですごいです。いったい誰の誕生パーティーですか?』

『アーロン王子のフィアンセの――』

 レイヴィンが名前を言おうと口を開きかけた時だった。


「本日は、セラフィーナを祝いによく集まってくれた」

 会場に響き渡った良く通る少し低めの声音に、レイヴィンとアンジュは視線を向ける。

 白銀の髭を生やし目付きの鋭い、厳格な雰囲気を持つ国王が開会の挨拶を始めた。


 集まった人々への感謝と、豊漁祭のこと、それから王太子であるアーロン王子が本日不在であることを告げ挨拶を恙無く終えると、メイドや執事たちが忙しなく動く中、会場は賑わいを増してゆく。


『王子のフィアンセさんのお誕生日だったのですね』

 それは豪華になるはずだとアンジュは納得したが、レイヴィンは黙ったままなにかを思案しているようだった。

 彼の身体に憑依しているとはいえ、彼の心の中までは覗き込めないので、アンジュにはレイヴィンが今なにを考えているのかは分からない。


『けれど、婚約者のお誕生会だというのに、アーロン王子が欠席なんて、残念ですね。なにかあったのでしょうか……レイヴィン様?』

 やはり呼びかけてもレイヴィンは、アンジュの問いかけには答えてくれなかった。

 黙ったまま会場を見渡し、誰かの姿を探している。


 その時、主役の登場だという声と共に、わっと会場が盛り上がりレイヴィンも声のした方へ振り返る。

 自然とレイヴィンの中にいるアンジュの視線も、彼と同じ一人の女性へと向けられた。


 華やかな人々の中でも際立って輝いて見える女性が、視線の先に立っていた。

 美しい亜麻色の髪に真珠をあしらった小さなティアラを乗せ、パニエで膨らませたドレスはティアラと同じく真珠を散りばめた淡い暖色系。


 奇抜でも派手でもないが、清楚で上品な出で立ちと誰もが息を呑む美貌から、会場にいるどの貴婦人よりも存在感を放っている。

 その女性は国王陛下と少しの会話を交わした後、ドレスを摘み一礼してみせた。

 仕草の一つ一つまでが愛らしい。


「セラフィーナ嬢、やはり噂に違わぬ美しさだな」

 若い貴族の青年たちのヒソヒソ話がアンジュの耳にも入ってくる。

「あれが噂の戦場の歌姫か。アーロン殿下が羨ましい」

「彼女が歌えば戦場での我が国の勝率は100%と言われる歌い手だったしな」

「しかし、歌姫は確か今……声を失っているのでは?」


 声を失った歌姫。今は静養中のため、今回のパーティーも外交的なものにはせず、身内に近い人間だけを集めたのだと言う。

 だが――


「皆様、本日は私のためにお集まりいただき、ありがとうございます」

 愛らしい声が会場に広がる。

「…………」

 その時、レイヴィンが僅かに息を呑んだのがアンジュにも伝わってきた。


『レイヴィン様?』

 名前を呼んでもアンジュの声には応えてくれないまま、レイヴィンは微笑みながら挨拶を続けるセラフィーナを見つめ続ける。

 まるでアンジュなんか眼中にないというように。

 

(なんでそんなに熱の籠った眼差しを彼女に向けているの?)


 セラフィーナは静養により声を取り戻したことを報告し、三日後にある豊漁祭の舞台にて歌姫としても復活すると宣言し会場を沸かせ挨拶を終えた。

「歌姫として復活、ね……へー」

 呟いたレイヴィンはずっとセラフィーナから目を離さない。


『……キレイな方ですね』

「…………」

 レイヴィンは黙ったままだ。


 どうしてそんなにあの少女を見つめているのか……アンジュは寂しい気持ちになったけれど、その答えはなんとなく知りたくなかった。

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