俺が犯人の事件簿・ファイル2-5

「どうした!」

「いきなり叫びだして!」


 俺の叫びに周囲がザワザワと騒がしい。というか野次馬いい加減帰れ!


「だから俺が犯人なんだって言ってるだろうが!」

「またそれか」


 げんなりした顔でため息を吐く正志と賢治。ため息吐きたいのはこっちだよ。


「今回の俺にはアリバイもない」

「アリバイが無ければ犯人になれると思うな」

「そうだな。それだけなら本来関係のない人間も犯人扱いだ」

「いつも思うが何で俺はお前らにそんなに攻められなきゃいけないんだ」


 人差し指を口元に当てたヤスがう~んとかわいらしく悩ましい声を上げる。


「そうっすね。若頭の生存が最後に確認されたのはあたしがアイスの買出しに行く前っす。アニキが来ることや仕事の通達でその場に五人はいたっす。つまり少なくともそこから火事が起きるまで、もしくはアニキが一階の事務所に火事を知らせるまでが犯行時間になるっす」

「となると。約二時間はあるな」

「それだけの時間があれば誰にでも犯行可能だ」


 俺は額を手で押さえて深く息を吐きながらもう二つの犯行に必要な条件を口にする。


「待て待て。その時間のアリバイがなければ誰でも犯行可能なわけじゃない。忘れているようだが犯行には鍵が二つ必要だ」


 若頭の元まで辿り着くには事務所裏口の鍵と若頭の部屋の鍵が必要になる。


「俺は仕事関係上搬入搬出で裏口の鍵を渡されている。部屋の鍵は若頭とヤスの二人しか持ってない。推理どおりの消耗品の鍵を作るには二人から鍵の型を取らなきゃいけないが、若頭もヤスも常に鍵を持ち歩いている上に警戒心が強い人間だ。他人の手に鍵を握らせることさえさえないはずだ」

「そうっすね」


 ヤスが頷いて肯定してくれる。


「あたしも若頭も扉は自分の手で開け閉めしてたっす。組員の中には鍵の形さえ見たことないのもいるっす。むしろ部外者のアニキのほうが鍵を見た回数が多いっすね」


 仕事の関係もあって二人と一緒に出歩く俺はちょうど部屋の開け閉めのタイミングに出くわすことが多かった。


「と、まあヤスがこういうくらいだ。鍵をよく知るのは二人にかかわりの深い俺だけだ。知っているからこそ、隙を見て型を取ることができる人間でもある」

「そんな。関わりが深いだなんてテレるっす」

「ヤス。頼むから黙ってろ」


 あえて言わないが鍵がなくても若頭本人が扉を開けるという推理もある。ただ警戒心の強い若頭がそう簡単に鍵を開けるはずがないというのが関係者共通の認識ですぐ否定される。

 口元に手を当てて深く考える正志。会話の中に穴がないか探している感じだ。まだ納得がいっていないんだろうな。考えがまとまると口から手を離して面を上げる。


「確かにお前なら二つの鍵をどうにかできそうだ。でもお前はいま部屋の鍵を持ってない。ましてやいま鍵の型を持っているわけでもないんだろ?」

「型は家に帰ればある」

「なら証拠にならないな」

「なんでだ?」

「お前がわざと犯人になろうとしているからだ」

「いや。わざとじゃなくて俺が犯人なんだが」

「お前の場合は別だ。本来犯人は証拠を隠滅するものだ。自分から意図的に証拠を出す犯人がいると思うか?」


 ああ。そういうことか。


「犯人になりたがっているお前が犯人になるために偽の証拠を用意することも考えられる。つまりいま持っていなければ証拠にならない」


 まさかの逆転的発想。本来家に犯行に使った部材の証拠があれば犯人にされる可能性も出てくる。しかし犯人になりたがってるやつが証拠を持っていたら、犯人になるために偽の証拠を用意したと疑われてもしょうがない。ここにきて自白が裏目に出るなんて。

 さすがに刑事の肩書きを持つだけはある。むしろなぜ俺のかかわる事件のときだけ正志はポンコツになるんだ?本来こいつ優秀な刑事なんだよな・・・・・

 だが俺だってこれで終わりじゃない。確かに俺じゃ証拠を持ってたら逆に疑わしいな。でもだからこそだ。ここで俺が最初に言ったことが利いてくる。


「正志が言うことももっともだ」


 そうだろ?と正志の口角が上がるのがいらだたしい。


「でもな。さっき言っただろ?『今回の俺にはアリバイもない』ってな。二つの鍵を揃えられて犯行時間にアリバイがない。二条件だけじゃない。三条件が揃った人間は俺だけなんだ」


 つまりちょうど犯人に当てはまる人間が俺以外にいない。俺はそれを証明する。

 お手上げだとばかりに正志は目を覆って天を仰ぎ見る。対照的に賢治は目を覆って下を見る。


「なんで普段バカなくせにこういうときだけ名探偵なんだ」

「その頭があればもっといい道進めただろうに」


 は~と大きく盛大なため息を吐かれた。すごく落胆の色が濃い。

 神様に問い質したい。こいつらは本当に俺の友でしょうか?


「つまり犯人の有力候補になる人間はお前以外にいないってことか」

「そうだ」

「・・・なるほど」

「これはとてつもない難事件だな」

「胸に刺し傷。殺害は確かなのに犯人への手がかりが一切ないとは」


 ん?話がおかしな方向にむいてきたような。

 いやちょっと待ってくれ。

 まさか・・・


「犯人は一体・・・・」

「人で無しで恨みある人も多かったからな。命狙う人間なら候補が多い」

「は~。また迷宮入りか」

「やっぱり恨んでた人間の犯行なのかな?」

「すべて自白した俺が犯人という線は?」

『それはない!?』

「この場にいる人間全員からの全否定!?」


 暴力団、警察、野次馬に全力否定された。

 なぜなのか俺にはわからない。


「だ~か~ら~」


 俺は無常にもその中で叫ぶのだった。


「俺が犯人だ!って言ってるだろうが!」



 結局俺は再び無罪。というか犯人ではないとされた。

 しかもその後秘密主義の若頭の事業を引き継げるやつが居なくて。なぜだか仕事に絡んでいた俺が適任だと組の会長に頭を下げられた俺は暴力団の若頭—殺した相手の後釜に収まることになった。

 警察官の幼馴染二人からはお前が暴力団幹部なら町の治安が安心できるとむしろ喜ばれ。

 一生付いて行くっすと喜ぶヤスに毒気を抜かれて。

 俺の二度目の殺人事件は幕を閉じたのだった。

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「俺が犯人だ!」から始まる殺人事件簿 漣職槍人 @sazanami_611405

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