第2話 光のない天使

僕は多分、昔、失明したことがあると思う。僕が再び視力を取り戻したのがいつなのかはわからない。でも、今はきちんと見える。

だから、絶対そうだったのかと言われると自信がない。小さい頃の記憶なんてあんまり当てにはならないと思うから。

ただ、そのことに関して、不思議な体験をしたような、そんなぼやっとした記憶はある。でも、なにせ昔のこと。もしかしたら夢だったのかもしれない。

でも、もしそうでないのなら。そうだったら、僕はある人を探さなくちゃならない。どうしても。


        *


失明してしまった理由は、多分、何日も続いた高熱のせいだったような気がする。意識が遠くなりそうなほどの高熱の中で視界は朦朧とし始めて、熱が下がったときにはすでに暗闇だった。

母が泣いていたような気がする。

僕はその泣き声を聞いて、急に見えないことが不安になって。そうして、僕も泣いた。何も見えない、怖い怖いと泣いたような気がする。

母はそのうち疲れてしまって、そんな母を父がどこかへ連れて行ってしまった。多分、母を休ませようとしていたのだろう。僕の側についていると言い張る母を、父は強引に引っ張って行った。

僕は一人になり、怖くて泣いて。その時、彼女(もしくは彼?)がやってきたのだ。どうしたの? と女とも男とも言えない不思議な声で僕に囁いてくれた。

なにも見えないと泣いて訴える僕を、彼女は優しく抱きしめてくれた。温かくて、優しい腕だった。

そして、言ったのだ。大丈夫、わたしの目をあげるから、と。

僕は安心して、その腕の中で眠ってしまったような気がする。

気がつくともう朝で。僕は目を覚まして普通に光を感じて、なんの疑問もなく母を呼び、ベッドから身を起こした。自分で着替え、やってきた母へおはようのキスをして。

母は、僕の目が見えるということに酷く驚いて、そして喜んだ。きっと見えなかったのは一時的なものだったのだろうと父は言った。僕は夢のような記憶を頼りに、僕に目をあげると言ってくれた人の話をしたけれど、父は信じなかった。

ただ、母だけは。彼女だけはその話を信じた。あぁ、きっと神か天使か、でなければ妖精がお前を救ってくれたのだと泣いた。

なぜならば、僕の両眼の色が変わっていたからだ。もともとは茶色だったのが、グリーンがかった金色に。

僕は、瞳をもらったのだ。金色の、美しい瞳を。いろんなものが良く見える、軌跡の瞳を。


         *


これが、大体の僕の記憶だ。なにぶん夢のような体験だったから、細部は違うかもしれない。もしくは、本当に全くの夢だったのか。

しかし、今でも僕の瞳の色が金なのは曲げようもない真実なのだ。

この瞳は、本当にいろんなものが良く見える。普通の人には見えないものまで。

だから、この瞳でならば、僕に自分の瞳をくれたあの人を見つけられるのじゃないかと思うのだ。きっと。

僕は、この瞳に導かれるままに旅に出ようと思う。

夢かもしれない人を探すのなんて馬鹿げているし、もし本当であったとしても、探してそれでどうするのかなんて考えたこともない。

それでも、行こうと思う。

遠くで歌が聞こえるから。優しくて、世界を包み込むような歌声が。

遠くに見えるから。光を失った天使の姿が。


だから、僕は行こうと思う。

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