第3話 レディとの邂逅


 舗装という概念を知らない泥んこの地面。


 スラム街とは聞いていたし、覚悟もしていたさ。


 足裏に固まった泥を落としながら、私は異世界の理解を深めていく。確定した事実として、やはりこの世界の文明レベルはさほど高くはない。


 また人攫いにつかまっては厄介なので、人気のすくない通りをフードを深くかぶって行くことにする。

 幸い、この少女は髪が短いので、すっぽり顔も金色の髪もうまく隠れてくれた。


 これならば少女だとはバレまい。


 しばらく歩いて、スラム街を通りぬけると、なにやら物騒な男たちが通りを塞いでいるのが見えた。


 彼らの奥には、当然のように道が続いているのに、男たちは木箱やら、灯篭やらおいて、まるで検問所でも設置しているかのような振る舞いを見せている。


 このまま行くのは、先の人攫いの二の前だろう。


「そこのご老人、すこしよろしいですかな?」


 道の脇、何使うのかわからない道具を粗布のうえに並べる露天商に話しかける。


 陰湿な空気をまとう老人は、億劫そうに首をもたげるが言葉ひとつはっせず、かわりに自身のまえにおかれた木箱を指さした。


 なるほど、それがこの街の基本なのか。


 革袋を取りだし、のぞく。


 あるのはひどく傷んだ銅貨と、銀貨のみ。


 貨幣価値はわからないが、とりあえず銅貨では安そうなので、銀貨あたりをひとつ、木箱へ投げ入れてみる。


 すると、陰湿な老人は目を見開き、顔をグイッとあげてきた。


 話を聞いてくれるらしい。


「こほん。あの男たちは、一体なにをしているのですか?」


「妙なことを聞くのぉ……奴らはゴミ捨て場と、人の街をわけるカラスじゃ。

 誰も奴らがあそこで関所をしていることをとがめん……いいや、とがめられん、スラム街の人間にはな。

 王政府もなにも言わない。掃き溜めたちを、ここから出さず、相応の場所にとどまらせることに、あのカラスたちは、おおいに貢献しているからの」


「なるほど、それは酷い」


「あーぼうず……いや、お嬢さんかな? どちらわからんが、まだ物を知らぬようだから忠告しておこう。もしドリームランドの中央街に行きたいのなら、あの関所を通る選択肢は外すことじゃ」


「ふむ、確かに。無用な争いな避けるべきですね。では、どうしたら中央街にいけますか?」


「噂には下水道のいくつかが、中央街と繋がっておると聞く。詳しいことはわからん。十中八九、スラムの地下など危険に決まっておるが、目に見える危うさに飛び込むよりは、いくばくかマシじゃろう」


「そうですか。ご忠告ありがとうございます」


 関所を遠目にながめて肩をすくめる。


 やや面倒だが、法制度があるかわからない世界で、兵力もわからない組織に挑むのは賢明ではない。


 それに、この世界におなじような骨格で、言語を話し、文化を持つ「人間のような生物」がいるからと言って、それらが別世界の生物と同じであると仮定するのは常識的に考えてあまりにも危険すぎる。


 固定観念に囚われるな、この異世の人間らしき生物たちは、簡単にこちらを殺してくる存在かもしれない。


 それに、私は鍛えられた超能力者だが、魔法などというファンタジーな術が存在する世界で、どれほどこの力が通用するかなんてまったくわからない。


「Make haste slowly……か。それでは、ご機嫌ようご老人」


「待つんじゃ、若いの」


 呼び止められ、振りかえる。


「それは、布に包んでおいたほうが賢明じゃ。気づいておらんのか。視線を集めすぎておるわ」


 老人はそう言って、黒い枝木のような指で、私が片手に持ったケースを指さした。


 あたりを見渡すと、すぐさま視線を逃すように外す、陰湿な影たちがチラホラ見受けられた。


「これを使うといい」


 老人は背後の木箱から厚手の布を取りだすと、それを渡してくれた。

 ジュラルミンケースを包みこみ、持ち手だけ布から出しておく。


 不思議な柄のはいった布は、不思議と温かいような気がした。


「親切にどうも。なんだか変わった布ですね」


「ワシが持っていても仕方がないからの。譲ってやるわい。魔術師がこしらえた『魔道具まどうぐ』っちゅう不思議な代物じゃ」


 おお、これが魔道具か

 ほんのり温かいのは魔法の力、というわけだな。


 実に興味深い品だ。


 ますます、魔術師なる存在に会いたくなってきた。


 私は親切な老人とわかれ、関所へ向かって歩いてきた道を引きかえすことにした。


 なんとかしてスラム街を抜け、そして中央街へ向かう方法を探さないと。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 先を急いではみたものの、いまいちどこが下水道の入り口なのかは判然としない。


 街中を歩き回り、もう数時間が経とうとしていたころ。


 私はようやく、路地裏を抜けた先に、水路をみつけた。


 よしよし、これを辿っていけば、きっと下水道につけるはず。そうすれば、必然的に地下世界へと行けるわけだ。


「ん、声……?」


 耳を澄ますと、人の言い争う声が聞こえて来た。


 興味をひかれて、地下の闇へ繋がっている水路へよれば、野蛮な光景がそこには広がっていた。


 涙をうるませるひとりの少女を、複数の男が取り囲んでいるのだ。


 艶やかな銀髪と、黄金の瞳をしたその少女は怯えきり、なにかを必死に訴えかけているが、

 相手方の男たちは、そんな彼女を馬鹿にするように笑うだけ。


 やがて、銀金のレディが腰からなにか枝のようなものを抜くと、それすらも背後の男が奪ってしまう。


 紳士として、これ以上のレディへの荒行を見逃せない。


「誰か助けてー!」


 救いを求める少女の声。


「お呼びでしょうか、レディ」


 今にも泣き出しそうなレディへ、手を振りあげる男、その太い腕へと糸を絡ませる。


「うげ!? なんだこれ!」


 5メートルさきの男の腕に巻いた糸を、思い切り引っ張り、手前の男たちも巻き込ませ、どみどおドミノ倒しに、足元に事故をおこさせる。


「ぅ、思ったより、指が……」


 糸を操作する指が痛む、このままでは、ちぎれてしまそうだ。


 気をつけないと。


 この体は鍛え上げられた工作員ジェームズ・クラフトではなく、

 15歳の少女相応のなのだから、適切な体の使い方をしなければ、剛線術ごうせんじゅつは簡単にわが身を滅ぼしてしまうだろう。


 身体中に仕込んだ粗糸を展開し、能力で糸の先端を地下水路の壁に打ち込んでいく。

 そうして、圧力を分散させながら、糸を固定して指のケアをすることで、指の破壊を回避、迅速に3人組の男たちを無力化することに成功した。


 ミノムシ状にされ、壁に固定された男へ近寄る。


「て、てめぇ! まさか仲間の魔術師……っ!」


 そういえば、納屋のやつも魔法と勘違いしてたな。

 この世界には糸を戦闘にもちいるアイディアは、まど存在していないと見える。


 私の顔にかつもくする、若き青年の顔を殴打して意識を刈りとる。


「あ、ぁ、えっと……」


「レディ、もう大丈夫ですよ、私は助けに来たのです」


 黄金の瞳をうるませる、仔犬のように怯えた少女へ優しく語りかけ、手をとって立ちあがらせる。


 ミノムシになった男たちをぽけっと見つめていた少女は、ハッと我にかえると、涙をぬぐい、キリッと目つきを鋭く整えてきた。


「ぉ、お礼は言っておくわ、あ、ありがとう……だけど、勘違いしないで。別にあなたが来なくたってわたしひとりで、

 なんとか出来たんだからね。そこのところ、あまり恩着せがましくするんじゃないわよ!」


 怯えていた仔犬が、子猫になってしまった。


「えぇと、その涙は……触れないほうがいいですかね」


「ぅ、うるさいわね! これは奴らを油断させるためのわたしのテクニックなんだから! ……ほら、あんたの方も、何者なのか、はやく教えなさいよ。その糸とか、魔法なの? 杖は使ってないみたいだけど」


「私はジェームズ・クラフト、魔術師とやらではないです、この糸は、練習で身につけた私のテクニックです。あなたは何というのですか?」


 まだ若いレディは「ジェームズ、クラフト……」と口の中で名前を反復すると、私のまわりをぐるり回り、頭の先からつま先まで注意深く観察しはじめた。


 一周まわり、納得いったらしく目の前に戻ってくる。


「……ふん、まぁいいわ。わたしはライナ、ただのライナよ。これでも魔術師なんだからね。よろしく、ジェームズ」


「っ、魔術師……はは、それは素晴らしいです。よろしくお願いします、ミス・ライナ」


 いまだ目元を赤らめる少女の、快活に差し出された手をとって握手をする。


 One good turn deserves another


 機会が向こうからやってきた。


 なるほど、確かに情けは人のためにあるのではないのかも知れない。


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 One good turn deserves another

 情けは人のためにならず

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