【未完結】英国紳士、転生する。

ファンタスティック小説家

第1話 英国紳士、転生する

  

 The good beginning makes good ending.


 私が大切にしてきた言葉のひとつ。良い結果は、良い始まりが呼びこむという意味のことわざだ。


 飛び立つまで、残りわずかとなった小型飛行機。


 窓の外で見送ってくるのは茶色、紺色、お洒落なスーツに身をつつんだ熟達の紳士らーー英国秘密結社のエージェント同僚たちだ。


 偉大なる祖国、イングランド、しばしの別れだ。


 国を滅亡させるか、存続させるかの分岐点がいまなのだ。


「いい始まりが、いい結果を呼びこむ」


 私はかならずやり遂げてみせる。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 着陸間近となった。機長という名の相棒の声が目的地、外の気候、温度もろもろの情報を伝えてくる。


 ブランデーグラス置かれる机の上、特殊加工の施されたジュラルミンケースを開く。


 指紋認証と5分ごとに変化する32桁の厳重なロックを解除、中におさめられている物は2つある。


 ひとつ目は、丈夫な特殊グローブ。指に密着してよく馴染む使い慣れた品。


 ふたつ目は、視認不可能なほど極細に加工されたカーボンナノチューブ製の最新の剛線ごうせん、通称の「神の糸ドームズ・スレッド」。


 この糸の生成にどれだけの金がかかったは語るまでもない。まさに現人類の持つ科学力の結晶だ。

 そんな究極の糸が収められた4つのカートリッジのうち、2つ取り出し、1つを左手のグローブへ、1つを右手のグローブへ装填する。


 残りのカートリッジはケースに残したまま、席を立ち、姿見を見る。


 パーフェクトだ、ジェームズ、今日も君は紳士ジェントルマンだ。


 自慢の短く刈り込まれた金髪を撫でつけ、スーツとネクタイを整える……さぁ、準備は完了だ。


 私の力と、この糸があればを殺せる。


 英国に光を。

 そして世界をもう一度、ひとつにしよう。


「それでは行こうか……ん?」


 特殊装備の、仕込みステッキを手にとり、水を一杯あおろうと、机のグラスに手を伸ばしたとき……、

 私はグラスの中の水面がやけに揺れていることが気になった。


 ーービィーッ、ビィーッ


 突如として鳴りだす警報。


 機体がガタガタと揺れはじめ、壁に手をつかなくては立っていることすらままならなくなる。


 やがて、相棒がコックピットから慌てて飛び出してきた。


「ジェームズッ! はやく俺のバリアのなかへ!」


 超エネルギーバリアの特殊能力をもつ相棒が、手を広げて近づいてくる。


 それと同時、私は開かれた扉のむこう、コックピットの正面窓に凶悪な顔をして両手をひろげる黒い影がいることに気がついた。


 致命的な誤算である。


 さきに奴らに見つかってしまった。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 水の歌声をききながらそっと目をあける。


「……?」


 顔を焼く熱線、一瞬で蒸発した相棒の顔。

 容赦のない殺意ーーいや、殺意すら込められなかった、彼らにとって児戯にも等しい感情を向けられて、私の身体は、命は死になぶられたはず……。


 だというのになんだ、この視界に移るみどりは。


 顔をかたむければ、すぐそこには小川が流れていることも確認できる。


 とても明るい。


 夜だったのに。


 もしや森に落ちて奇跡的に助かったのか……? 


 それで、朝まで寝ていた……なるほど、そういうことか。


 私は思考の整理をつけ、鈍重な体を動かし……ふと、自分が何か抱きしめるように抱えていることに気づく。


 視線を落とせば、そこにはジュラルミンケース。


 よかった、このケースが無事ならばまだまだ作戦は遂行可能だ。

 それより、奴らの追手が墜落地点にくるかもしれない。相棒の姿と、近くに堕ちたはずのジェット機は見当たらないが……まぁいいだろう。


 ジュラルミンケースのなかには無線機も入っていたはずだからな、それで連絡を取ればいい。


 私はあたりを警戒しながら、ジュラルミンケースのロックを解錠するため、持ち手の指紋認証部位に親指をあてた。


 ーーブゥブゥゥ


「……? どうして開かない?」


 ーーブゥブゥゥ


 ーーブゥブゥゥ


 ーーブゥブゥゥ


 ダメだ、何度試しても開く気配がない。


 いったい何が……待て、なんだこの小さな手は。


 私は指紋認証を何度も試みていた自身の手を見て、我が目を疑った。


 すぐに小川へ駆け寄り、水辺をのぞき込む。


「ッ! ……い、いったい何が、起こっている……!?」


 水辺たうつる金髪の……へ喋りかける。


 ふにふにの頬、小さな手足、可愛いらしい困惑顔。


 私はようやく理解した。


 あ、私は、実は幼女レディだったんだって。


「これが、私、なのか……?」


 どうやら私は、私が思っている以上に愛嬌のある姿をしていたらしいーーとは、ならない。


 顔をふり、もう一度水面をよく見た。


 やはり、少女だ、間違いない。


 ともすれば、これは、まさか……話には聞いたことがある、私たち人類は何かの拍子に突如として別の世界に魂を飛ばされてしまうことがあると。


「信じられない……まさか、この私が伝え聞く神の遊び……異世界転生に巻き込まれてしまうなんて……ん、ともすれば、まさかーー」


 自分が見にまとうボロ切れのような布、その薄い布のうえから胸元に手を添えてみる。


「あぁ、神よ……なんてつつましい……」


 上品すぎる胸元から、そっと手をはなす。


 違うだろう、ジェームズ。

 こんなことをしている場合ではないはずだ。


 とにかく冷静になり、現状を確認しよう。


 おそらくは飛行機での事故の際、私だけがこちらの世界に飛ばされてしまった。


 だから、墜落したジェット機はないし、相棒もたぶん異世界こちらにはいない。


 いや、私自身もこちらには来れていない。魂だけ……いや、あと、この特製ジュラルミンケースだけがこちらへとやってきた。


 どうすればいい、どうすればいいんだ。


 いいや、それも、違う。

 やることは決まっている、いまは一刻もはやく、任務に戻るんだ。


 そのためには、元の世界に戻る必要がある。


「なんだこの衣服は……えらくみすぼらしい、文明レベルは高くないのかもしれない。ともすれば、川の近辺には人が住んでいるかのうせいがあるか……」


 人に会える期待値の高さを計算、ジュラルミンケースを小脇に抱え、川に沿って歩きだす。


 水面が教えてくれた感じ、私はどうやら15歳ほどの、若いレディに転生してしまったらしい。


 そのせいで醜い情欲にやや駆られたが、紳士としてそんなものに屈するはずはなく……ゆえに、そっと胸元を撫でるだけにしておいた。


 しばらく歩くと、自分の頭のなかから不思議な記憶がスッと蘇ってくる感覚をえた。

 この少女の断片的な人生や、言葉の喋り方などが自分のものとなっていくのがわかった。


 私が私自身についての理解を深めていると、川のほとりでキャンプしているらしき一団を発見した。


「そこの方々、すこしいいでしょうか」


 自分の声の可愛らしさに困惑しながら、にこやかに笑顔をつくり、男たちに話しかける。


「んぁ? なんだ、てめぇ……って、おいおい、ずいぶんと可愛い顔してんじゃねぇか」


「お嬢ちゃん、いい子だねぇ、自分から体を差しだしにくるなんてぇ」


「みすぼらしい格好だ。あの壁を越えてスラム街から出てきたのか。おい、さっさと縛っちまえ、あの街の連中ならどうやろうと足はつかない」


 待て、待て、完全に話しかける相手を間違えたてしまった!


「ッ、や、やめ、やめろ、よせ! そのケースに触るんじゃない!」


 自分よりずっと背の高く、屈強な男たちに取り押さえられ、ケースも奪われた。


 私が覚えていたのはそこまでだ。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



「へへ、お嬢ちゃん、ちょっと待ってな、すぐにからよ」


 そう言って、品性下劣な笑みを浮かべて、男たちはさっていく。


 目が覚めたとき、私はすでに小汚い納屋のような場所に閉じ込められていた。


 まるで、祖国に帰ってきた気分だ。

 私も小さいころは、こんな納屋のある田舎に住んでいんだった。


 身寄りのない私を育ててくれた、優しき祖父と祖母は元気にしているだろうか……。


 いや、今は故郷を思っている場合じゃない。


「そこの人、私はこれからどうなるんですか」


 干し草に寝かされながら、ちかくでチキンの骨をしゃぶっている男に話しかけた。


「んなもん、分かってんだろ」


 察しろということか。


 なるほど、ともすれば、やはりここで寝ている訳にはいかない。


「私は、なにかの間違いでこの世界に来てしまったんだ。お願いだから、

 この縄をほどいて解放してはくれないだろうか? 私は元の世界に帰らないといけないんだ、今すぐにでも」


「訳のわかないことを……あぁ、そうだ、お嬢ちゃん、もしその元の世界、とかいうやつに、帰りたかったら魔術師にでもお願いするんだな。俺たちを楽しませてくれたら、もしかしたら魔術師に会えるかも知れない、約束はできないがな!」


 なに、魔術師がいるのか、この世界には。


 私も小さい頃は、祖国の偉大なる古典文学「ハリー・ポ◯ター」の世界に憧れたものだ。


 ぜひとも、会ってみたい、いや、会わなくてはいけまい。

 それが帰還への手掛かりならば、なおさらだ。


 しかし、困った、このままでは私は紳士にして、あわれな少女のように、この者たち犯されてしまう。


 何か手はないものか。


 私は、周囲を見渡し、自分の体を見下ろした。


 縮れてほつれる、自分の衣服からはみだす繊維。


「これは……」


 その繊維に、不思議と注意力を惹かれていると、繊維は意思を持ったように、うねり、くねり、衣服の束縛から抜けでるように動きはじめた。


 そうかっ、異世界でもは健在だ!


 私は喜びに目を見開き、やや不自由ながらも慣れた感覚にしたがって服の繊維、そして手足を縛る縄たちを『いと』として認識する。


 私はレベル3の超能力者サイキック、能力は「糸操作コントロール」。

 糸として認識できれば、その事象じしょうを生き物のように操ることができる。


「くっ、あとすこし……っ」


 よし、うまくいった。


 縄とボロ切れ同然の服を、細かな繊維としてバラして、数十メートルの細糸をいくつか作り出した。


 それらを指に絡ませて立ちあがる。


 超能力のレベル3とは決して高い等級ではない。


 むしろ、上位の怪物のような超能力者たちに比べたら、ナチュラルな人間とほとんど変わらないだろう。


 だが、私はそんな超能力者と戦ってこれまで生き延びてきた。


「っ、てめぇ! どうやって縄をほどいたんだ!?」

「ふっふふ、縄で縛ったのは失敗でしたね。金属の拘束具を用意するべきでしたよ」


 ようやく私の接近に気がついた男。


 捕まえようと手を広げて突っ込んでくる。


 あまりにも遅い、超人たちとの戦いに慣れた目は、私に彼を縛りあげるだけの時間を容易に確保してくれた。


 作り出した粗い糸たちを、高度な指の操作と、能力の併用で自在にコントロールし、男の体を、首からした、膝までグルグル巻きにする。


「ぐぶへぇ!」


 納屋の天井に、糸の腹を引っ掛け、複数の糸で吊し上げれば、ミノムシも化した少女暴行未遂犯を鑑賞することができる。


 It's a peice of cake.

 

 まったくもって、楽勝だったな。


 これは私が訓練で身につけた技術「剛線術ごうせんじゅつ」だ。


 幼いレディの心を傷つけようとした手前、野蛮な彼はしたかったが、あいにく糸が太すぎて、弱すぎで、粗すぎる。


 とてもじゃないが、スッパリ綺麗にいくとは思えなかったので、やめておいた。


「んだこれ、全然開かねぇじゃねぇか!」


「見たこともねぇ金属の箱だ。きっと、お宝が入ってるに違いないんだがな……」


「あのガキなら開け方知ってるはずだ。楽しみながら、聞きだすといこうじゃねぇか!」


 下郎の声が聴こえてくるとともに、納屋へとさきほどの男たちが帰ってきた。


 ひとりは手にはしっかりと、ジュラルミンケースを握っている。


「な、てめぇ、どうやって縄をほどきやがった!」


「ブリッツ! 大丈夫か! 今、おろしてやるぞ!」


 こちらの姿を見て、慌てふためく男たち。


 手を合わせ、そのあいだにピンと粗糸を張る。

 ブリッツの服から追加生成したものだ。


「さぁ、私の荷物を返してもらおうか!」



 ⌛︎⌛︎⌛︎



「くしゅんっ!」


「つ、強すぎる……!」


「まさか、ま、魔術師だった、とは!」


「頼む、服だけは、勘弁して……へくしゅっ!」


「うーむ、かなり大きいなぁ」


 男たちぶかぶかの服を奪い、身にまとい、全身に彼らの服をバラして生成した糸を仕込んでおく。


 やれやれ、異世界とは物騒な場所だ。


 備えなくては、私のようなエージェントといえど……いや、少女ではおちおち外も出歩けない。


 ジュラルミンケースを片手に、男たちより奪ったジャリジャリ音のする革袋を懐にしまい、納屋をでる。


 男たちから話を聞いたところ、私が転生してしまったのは、ドリムナメア大聖人国、と呼ばれる国、そのドリームランドという、かなり大きな首都らしい。

 もっと言えば、ドリームランドの西側に広がる広大なスラム街が、私の現在地だ。


 顔をあげて、煌びやかな白い巨城を見あげる。


 おおきな壁を隔てた向こう側にみえる、あの城の方向がドリームランドの中央区ーースラム街ではない繁栄の表側だ。


 私は元の世界に帰らなければいけない。


 そのためには、さっき男の口走った、魔術師とやらに会わなければいけない。


 ちなみに彼らの話によると、教養のある魔術師などはスラム街にいる訳がないとのこと。


「よし、まずはスラム街ここをでよう。そうして、魔術師に会おう。大丈夫だ、ジェームズ、私なら上手くやれる」


 目的は決まった。

 あとは行動すればいい。


 Make haste slowly.


 焦らずに行けばいいのさ、必ず結果はついてくる。



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 The good beginning makes good ending.

 はじまりが肝心 


 It's a peice of cake

 朝飯前だ


 Make haste slowly.

 急がば回れ



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