第6話彼女の努力

「いいかしら君たち。皆力のある者は怖いのよ。だから頑張って無害だと胸を張る努力をしないといけないのよ」



 彼女は双子をまっすぐに見つめてそう答えたのだった。


 ◇◇◇


「二人共、今日は勉強は休みよ」



 朝食をとっていた双子に、メイドで後見人の美少女『闇示ゆめやみじ・ゆめ』が告げた。



『お休み?』



 パンを頬張る双子の手がぴたりと止まる。一人は両目を閉ざした目の見えない少年でもう一人はぶかぶかの袍服ほうふく姿の少年だ。


 双子の名前は目の見えない方が『ヤライ・トエルノ』でぶかぶかの服を着た方が『リーラン・トエルノ』。彼女に養われているかつては魔王の後継者であった。



「えぇそうよ」



 そんな双子に人差し指を立てながら。長い白金髪プラチナ・ブロンドに真紅の眼差しというアルビノの容姿をした美貌のメイド、百三十七億飛んで十五歳の魔法少女。闇示ゆめが答える。



「ちょっと今日はお姉さんやる事があるのよ。だから少しだけお時間貰うわ。晩御飯までには一段落つけるからごめんなさいね」



 申し訳なさそうに告げる闇示ゆめ。



「ねぇねぇヤミねーちゃん! それ僕らも着いていっていいかな!」



 そんな彼女にリーランがワクワクと目を輝かせながら尋ねた。彼は八歳で好奇心いっぱいだからか何にでも興味を持つ傾向があった。



「あ、僕も良いかなゆめお姉さん?」



 対するヤライも興味津々みたいだ。いつもは控えめな態度なのにそわそわしているし。



「あら良いわよ。退屈かも知れないけれど。じゃ、食べ終わったら私の書斎に行くわよ」



 ぱちりと笑顔でウインクする闇示ゆめ。



『はーい♪』



 そんな彼女に。双子も気持ちいい声で答えたのだった。


 ◇◇◇


「それで? ヤミねーちゃんのやる事ってなあに?」



 リーランはゆめの書斎を隅から隅へと眺めながら尋ねた。そこはこじんまりとした一室で手に取れる範囲に色んな本や積み重なった紙の束、壁に留められた良く判らない内容の紙等がある。そして乱雑な様だが手入れが行き届いているのは、埃が立たないところが証明していた。



「ちょっと論文を書くのよ。学術都市『アルスタリア』に提出する魔法論文を、ね」



 うず高く積まれた資料の谷間にある紙、そこでインクを付けたペンを手に取ると。紙に理論をまとめ始めた。


 しばしカリカリとペンが紙の上を歩む音以外は沈黙が流れ、



「ね? 退屈かもって言った通りでしょ?」



 それを破るように、闇示ゆめが頬杖をついて苦笑して謝ってきた。



「汚したり散らかしたりしないなら、書斎の本でも読んでなさいな。難しいから退屈かも知れないけどね」



 ちょんと人差し指で本棚を指差す闇示ゆめ。一冊手に取ったリーランが捲ってみると、難しいと言っていた通りちんぷんかんぷんだった。


「ねぇゆめお姉ちゃん。何書いてるの?」



 本を棚に戻しながら尋ねるリーランに



「んー、今のは重力魔法に関する論文ね」



 闇示ゆめは手を休めずに答えた。



『重力魔法?』



 初めて聞く魔法の名前に、双子は興味津々みたいだ。リーランはいつも綺麗を輝かせ、ヤライも負けず劣らず雰囲気が明るくなる。



「重力魔法は文字通り重力を操る魔法よ。重力を操れば色んな事が出来るわ」


『へー! 面白そう!!』



 面白そうな知識に触れ、双子はさらに声が生き生きとし始めた。



「ねぇねぇ! どんな事が出来るの?!」


「具体的には物を浮かせられたり自分が浮かんだり出来るわ。そして色んな物や空間を圧縮さしたり出来るわ。それから――」



 彼女は人差し指を口に当てくすりと笑うと、



「こんな物も、創れます♪」



 魔力を集束させて、輝きの中に透明な結晶を創り出す。濡れた水晶のような滑らかな美しさに覆われたそれは。闇示ゆめの手のひらの上でふわふわ浮かぶ。



『なにこれ?』



 不思議そうに眺める双子に、



「特殊な氷よ。ちょっと触ってみて♪」



 ゆめは甘く笑って誘う。


 恐る恐る人差し指を伸ばす双子。やがてその指先がちょん、と氷に触れた時。



「熱っ?! この氷熱いっっ?!」



 リーランが指先を慌てて引っ込めた。



「え? 熱いの?!」


「うん! この氷熱いんだよヤライ兄さん!!」


「どれどれ……? あ、本当に熱い!?」


「うふふ、これは重力で氷が蒸発する温度を変えているのよ」



 びっくりする双子に闇示ゆめは優しく説明し始める。



「普通の氷だと今の気温で溶けるのだけどね、重力で押し固めた状態だと溶けるのに時間がかかるのよ。今この氷の温度は君たちの体温と同じぐらい、だから熱く感じたのよ」



 ゆめは一息にそこまで喋り、



「こんな事も出来るの。この魔法はね♪」



 甘く優しく、微笑んだ。



「これ、何の役に立つの?」



 ヤライの問いかけに、



「星を創る時には役に立つわ。星の中心には押し固められたこんな氷や岩石があるからね」



 ゆめは笑顔で答えてくれた……が、そんな話を聞きながらも双子は特殊な氷に夢中な様子だ。指先でつついたり撫でたりしながら感動していた。


 しょうがない子ども達ねとゆめは苦笑しながらも興味を示した事に喜びつつ、また執筆に取りかかる。



「そう言えば何でそんな論文? って奴をえぇっと何とか都市だっけ……?」


「学術都市『アルスタリア』、よ」



 都市名に詰まったリーランに優しく繋げてあげる闇示ゆめ。



「そうそうその街! 何でその街に提出するの?」



 リーランの疑問はごもっともだろう。わざわざその都市の学生でも教師でもない彼女がそんな事する必要は無いのだから。



「これはねぇ。研究成果を提出して私達が皆を幸せにする色んな事が出来るんだ、って証明する為にやるのよ。……ま、ついでに研究費も出して貰ってお小遣いにもなるわ♪」


「ゆめお姉さん。お金が大事なのは判るけど……どうしてそんな事を証明するの?」



 次はヤライが質問。彼の質問ももっともなものだ。研究成果を提出してお金が稼げるのは理解出来るが証明する意味は判らないのだろう。



「ヤライ、リーラン。君たちの血筋は憶えていますか?」



 闇示ゆめはペンを置いて。双子にまっすぐ向き直る。


 その眼差しは真剣そのもので、



『う、うん……魔王の元後継者……デス』



 気圧されつつ。双子は答えたのだ。



「そうよ。あなた達は『元』後継者よ。『元』、ね」



 彼女はやたらと『元』を強調して告げる。まさにそこに、言いたい一言があるように。



「あなた達はもう絶縁しているつもりでも。世界はそうは思っていないわ。現に幾つかの国はあなた達の存在に気づいて何百もの刺客を放ってきていますからね」


『え……? じ、じゃあどうするの?!』



 彼女が教えた真実に。思わず狼狽える双子。



「まぁまぁ落ち着いて。解決法は幾らかあるから……」



 彼女は狼狽える双子を宥めると、



「まずは私達のやるべき事は皆の人を助けたり人を幸せにする物を作ったりして役に立つ事よ」



 人差し指を立てて。闇示ゆめお姉さんは語り始めた。



「あなた達は高い魔力を持った子ども達で、おまけに元魔王の後継者。一般人や諸外国にとってはいつ爆発するか判らない爆弾みたいなものよ。皆から言わせたら夜も眠れない、って訳ね」



 ゆめは一旦そこで区切り。


  

「だからこそ。こうした世の為人の為に役立つ研究を発表したり役立つ行動をしたりして。ちょっとずつアピールする必要があるのよ。『私達は安全です。仲間です』ってね」



 双子をそれぞれゆっくり見つめながら答えた。



「その為に今の私達が出来るのは。こうした役立ちそうな研究成果を見せて交渉する。これが必要な一手よ。皆に私達が安全で役に立つ存在だとアピールするのよ。そうすればこの世界を助けつつ、皆も幸せに出来るわ♪」



 闇示ゆめは愛嬌たっぷりに片目を閉じると立ち上がり。



「いいかしら君たち。皆力のある者は怖いのよ。だから頑張って無害だと胸を張る努力をしないといけないのよ」



 彼女は双子をまっすぐに見つめてそう答えたのだった。



「……うん。判ったよゆめお姉ちゃん!」


「頑張るよヤミねーちゃん!!」



 ヤライとリーラン、双子は力強く答えてくれた。



「うむ! 判ればよろしい! それで私はちょっと休憩したいわ。リーラン、判りやすく本を読んであげるからそこの本棚から一冊本をお願い」



 闇示ゆめはその様子に満足気に頷いて。リーランに頼み事をした。



「判ったよ! ……で、どの本?」


「直感で好きなのを選びなさい」



 闇示ゆめからそう返されたリーランが手にしたのはちょっと古びた書籍だった。



「ヤミねーちゃん。これがいいな!」



 好奇心いっぱいの眼差しで差し出したそれは。『アブサラストの平原』と書かれた書籍だった。



「これは全ての魔法使いが覚えないといけない神話のストーリーね。どれどれ……」



 休憩時間の間。闇示ゆめは双子に神話を読み聞かせ続けていたのだった。

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悠久の魔法少女さま ~~ババアって言うな!私はまだ百三十七億飛んで十五歳なんだからっっ!!~~ なつき @225993

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