大晦日 また会う日まで さよならだ

フカミリン

また会う日まで、さよならだ

 大晦日。

 今日は《君》がここにいられる最後の日だ。



「今年一年、短い時間だったけれど、ありがとね」

「うん。私からも、ありがとう」



 今みたいに、僕の部屋で《君》の声が聞けるのも、今日が最後だ。

 そう思うと、胸が苦しくなる。



「今年一年、色々なことがあったね」

「そうだね」



 それでも《君》は、いつものように僕に話しかけてくれる。



「平成が終わって、玲和が始まったり、ガ◯ダムの主題歌を歌っている人が家の前のショッピングモールに来たり…………好きな小説の第三部が始まってたり…………本当に色々あったね」

「うん」

「今年一年、乗り越えられたのも、私のおかげだね」

「それ、自分で言う?」

「確かに変だね」



 と、僕に微笑みかける《君》。

 そんな《君》に、僕も笑顔を見せる。



「今年一年間、君と過ごせてよかっよ。君は?」

「もちろん幸せだったよ。うんん、君が私を幸せにしてくれた」

「ちょっと、照れくさいな。でも、そう言ってもらえて、ほっとしたよ」



 どうして君は、あと少しで、この幸せな時間が終わると分かっているのに、そんなに、笑顔でいられるの?

 僕には、分からない。

 分からないよ。

 でもね、僕の所為で君を――もうすぐここから去らなくてはならない君を、心配させたくはないんだ。

 だから、最後の最後まで、僕は笑顔でいるよ。



「私がこの世に――――また君と会えるその日まで、絶対に、死なないで、私を待っててね」

「うん。約束する」

「本当に死なない?」

「死なない」

「本当の本当?」



 不意に《君》の笑顔が崩れて、涙があふれ出てきた。

 それは決壊したダムの様で、胸が痛んだ。



「ちょっと! 僕はまだ十代だよ。老人でも病人でもないから、十年くらい、生きてゆけるよ」

「…………分かった。12年後、君に会いに来た時に、君が死んでいたら、ぶん殴るよ?」

「それでもいいよ」

「分かった。絶対に死なないでね。《私達》と違って、君達人間はか弱いから」

「気を付ける」



 気が付くと、いつの間にか時刻は二十三時四十五分。

 僕たちが一緒に過ごせる時間は残りわずかだ。



「残り十五分、何する?」

「…………………抱いて」

「え!?」



 僕の顔が、一瞬で紅に染まる。



「あ、その、性的な意味じゃないから! ただ、スキンシップがしたいってだけだから!」

「あ、うん……………………いいよ」

「ありがとね」



 僕の胸に《君》がしがみつく。そんな《君》を、全身で抱きしめる。

 服が涙にぬれる。


 気温が低くて寒い。

 だがそれ以上に、熱い。


 泣いて、真っ赤になった《君》が、

 そんな《君》に何もしてあげられない自分が、



 ――――――辛い



 それでも、時間は残酷なもので、どれだけ止まって欲しいと願っても、止まる事は無い。

 むしろ、加速する。



 二十三時四十九分


 二十三時五十分


 二十三時五十二分



「こんな事だったら、あの日、他の皆を倒しておけばよかったな。

 そうすれば、十二じゃなくて私だけになっていたのにな。

 ずっと、君の側に入れるのにな」


「うん」


「ずっと、君の側にいたいよ」



 僕の――君の――お互いを抱きしめる手に、力がらが入る。

 苦しい。

 身体的にではなく、心が苦しい。

 見えない何かに胸を切り開かれて、心臓を強く握られている様な、苦しみが僕たちを襲う。



 二十三時五十五分


 二十三時五十九分



 最後が近い。


 何か最後に、すべき事は?

 思いつかない。


 こんな時に限って、頭が働かない。


 僕に出来る事はただ、《君》を全力で抱きしめる事だけだ。



 二十三時五十九分四十九秒

 もう、お別れだ。



 二十三時五十九分五十一秒

 お別れ? そんなの嫌だ!



 二十三時五十九分五十二秒

 不意に、《君》が口を開いた。


「あの…………私!」



 二十三時五十九分五十五秒


「君の事が…………」



 二十三時五十九分五十八秒


「だいす――――」



 0時0分0秒

 年が明けた。



 僕の腕の中にはもう、《君》の姿は無い。


 今まで《君》を抱いていたことが嘘のようだ。


 ついさっきまで《君》がここに居た痕跡は、僕の服に染み込んだ涙の痕だけだ。



 君はもういない。



 胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感――――そんなの生温いなまぬるい


 胸を抉り取られたような?


 いや、胸を胴体ごと抉り取られたような、喪失感、孤独感、寂寥感、虚無…………どの言葉が正しいのかは分からないが、ただひたすらに、辛い。



 君は……もう………………



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 僕は狂ったように叫び続ける。


 実際に狂っていた。


 喉が潰れても泣き叫び続けた。


 限界を超え、肺までも潰して、血を吐いても、泣き続けた。


 涙を出すための器官が壊れたように、涙があふれ出てくる。




 外が明るくなり始めたころ、僕の意識は無限に広がる闇の中へ沈んでいった。


























 月日は流れ、二千三十一年一月一日。


「また、会えたね」


 僕は、目の前に現れた君を、力の限り抱きしめた。

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