第8話 一人でできるもん!

宿の外へと放り出され、閉じられた扉を叩きながら抗議の言葉、後半は単なるオーナーの外見等に関する悪口を喚き散らしていると、わずかに扉が開き酒場のマスターが隙間から恐る恐るキャミルを覗き見た。


「何よ!?

あんたも私を笑いに来たってわけ!?

ふん!!笑うがいいわ!!

どうせあたしは飲んだくれで男に騙されて一文無しのクズ勇者よ!!

やってらんないわ!!

恥さらしもいいとこよね!!

そうよ!!

どうせ私なんて……!!」


しばらくヒステリックな自虐の言葉が続いたが、その間にキャミルが扉から少し離れたのでマスターは外へ出てくると、


「…………これ」


大きな白い布包みをキャミルの前に置いた。


「え、あ、え?あ、あれ?何よ、これ」


「心中は察するが……気を落とさずまたやり直せばいい。

これまでお前が上げてきた数々の功績に偽りは無いのだろう?」


それだけ言うとマスターは宿の中へと消えていった。


「ちょ……っと……」


そのまましばし混乱し呆然と立ちすくんでいたが、やがて我に返りマスターが置いていった包みを見ると、それは部屋に残された荷物を詰め込まれ、丸めて縛られたシーツであった。


慌てて結び目をほどき中身を確認する。


ほとんど盗まれたとは言え、今後の道中に必須の物もいくつかは残されていたはずだ。


夕刻で人通りも多い路上にも関わらずシーツを広げその上に荷物を一通り並べると、特別な魔法で防御力は保ちながらも小型軽量化していた防具類は無くなっていたが、使い古して刃こぼれも目立つ愛用の剣だけは、価値が無いと見なされたのか残されていた。


「ま、確かにこの状態じゃ、ね」


ほっとしながら首のネックレスからトップの赤い宝石をはずし、抜いた剣の柄に空いたくぼみにはめ込むと、剣は赤銀の力強い光を放って見る間に再生し、よし、と頷いてキャミルは剣を鞘に滑り込ませた。


「酔い潰れて爆睡しててもこれを奪われてないなんて、偉いぞ、あたし」


その他、衣類や大して金銭的価値は無いが役には立つ何種類かのアイテムと、白黒合わせて全部で三十六冊あるノートもすべて揃っている。


「これだけあれば……まぁ……とりあえずは行けるか……」


剣を腰のベルトに装備して、長い黒髪をお気に入りの赤い革紐で一つにまとめて縛ると、再び道具をシーツにくるんで背負った。


被害者というよりも今まさに仕事を終えてきた泥棒に見えなくも無い格好となったが、そんなことに構っている場合では無い。


まずはギルドへ趣き、とにかく一時しのぎになる程度の金だけでも得るために、何か簡単なミッションをこなす必要がある。


事情を話せばギルドから金を借りることもできるが、借金だけはしちゃ駄目だ、という両親からの教えが強く、その選択肢は無かった。


「ふん、一人でだって大丈夫なんだから!

これでも勇者歴十年……の……ベテラン……なんだから……!」


いっそこれを機にもう勇者引退、とも一瞬頭をよぎったが、それはさすがにその後にどこで何をするにも体裁がつかないというか、プライド的にも許し難かった。


だいたいこんな話、サッちゃんなんかに知られたらもう一生笑いものだわ。

それこそ完全に嫁の貰い手も無くなるわよ……。

知り合いに見付かる前にさっさと行かないと……。


なるべく人通りの少ない裏道を通ってギルドに辿り着きミッション掲示板を確認するが、今日に限って大物ばかりだったり、簡単そうなものは報酬がレアアイテムなどの現物支給だったりと、ちょうどいい条件のものが見付からない。


「どうしよう……さすがに一人で大型モンスターの退治とかダンジョンで探しものとかはきついし……。

うーん、でも背に腹は代えられない……か……。

これにしよ」


掲示板から紙を一枚破り懐に入れた。


「魔法アイテム生産用の材料集めならバトルも少ないし……、ケライトの森なら近いしザコばっかだし、一日二日野宿しながら集めまくれば、まぁまぁの資金にはなるもんね。

駆け出しの頃よくやったなぁ、だいたいみんな最初に通る道よね……って、そう言えばサッちゃんはやってなかったなぁ……。

今にして思えば要するに実家が金持ちだったからなのよね、最初からなかなかの装備揃えてたし。

ていうか金持ちんとこの娘が勇者なんかやりに来てんじゃないわよって話だけど……、そうか……だから、やっぱり婚活で来てただけか……」


不遇な状況にあるとどうしても過去のことや、いい思いをしている他人のことばかりが頭に浮かぶ。


違う違う、そんなんじゃ駄目だ。


「人生は浮き沈み、波がある、だから落ち切ったここからは上がるだけ。

だって私は陽星月占術でも『遅咲きの大輪』だったもん。

『毎日ちゃんとこつこつ積み上げていくタイプ』だもん。

『人には常に恵まれる』っていっつも言われてたもん。

だから絶対、大丈夫、大丈夫」


ぶつぶつとつぶやきながら無理矢理に一人で薄笑い、背には大きな白い布包みをかつぎ、これから夜も更けていくという時間に軽装備で街を出て森の方角へと向かっていく二十代後半の女は、通りすがる往来の人々の目には果たして大丈夫に見えていただろうか。


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