第7話 やられた。

それからどれほどの時間が経ち、どれほどのグラスを空けたか定かではない。


「痛っ!」


キャミルはベッドから落ちた衝撃で目を覚ました。


「うぅーん……何なのよ、もう……。

あぁ頭痛い……また飲み過ぎちゃった……今何時……?」


閉め切られたカーテンの隙間から溢れ込む陽光から察すると、既に昼下がりに差し掛かっているようだった。


「っていうか……あれ……?

裸……?

裸で寝たんだっけ……?

ていうかお風呂入ったっけ……?

あぁ……いや……メイク落としてないから……。

うぅーん、いや……そもそもどうやって部屋まで戻って……。

昨日は確かなんか色々あったけど、最終的にはすごくいい感じで……。

あぁ、そうそう……急に現れたイケメンと飲んでて……それで……」


ひどい二日酔いで朦朧とする頭の中で、少しずつ断片的にだが、昨夜の記憶が蘇り始める。


「で……なんかもう酒場で立てなくなっちゃって……、……で…………あ……!」


ふらふらで歩けなくなって肩借りて、部屋で飲み直す?とかガラにも無く誘っちゃったりして、一緒に部屋まで来ちゃったんだっけ……。

ということはこれはやっぱり……。

でも彼はどこへ?


裸体にシーツを巻き付けながら半身を起こし部屋をゆっくりと見回すが、どこにも男の姿も衣服も荷物も見当たらない。


「帰っちゃったのかな……せっかくいい感じだったのに……な……。

新しいパーティーに誘ってもいいかなって思ったのに……」


男の温度や痕跡が残っていないかとベッドに触れるが、ベッドは冷たくその手を跳ね返した。


ふっと息をついて立ち上がりシーツを脱ぎ捨てると、キャミルは浴室へと消えて行った。


シャワーを終え濡れた髪を拭きながら、そういえば昨日の支払いってどうしたんだっけな、まさか自分から誘っておいておごらせちゃったのかな、と思い当たり、急ぎ着替えを済ませると部屋を出た。


酒場は昼の間カフェになっているが、すでに夕刻も近付き昼夜の入れ替わりの時間で、ちょうど酒場の方のマスターである大柄な髭の男があくび混じりに出勤してきたのを発見し尋ねると、


「あぁ……昨日の酒代ならちゃんともらってる。

最初は一緒にいた男が払おうとしてたが、あんたが『おごる』と言って騒ぎ出したんで、あんたの支払いになったよ」


ぼそぼそと答えたマスターは従業員室へ入って行った。


「そうなの……。

まぁ……あたしが払ってたんなら、とりあえずいいか……」


頭をかきながら部屋に戻り、とりあえず食事をとって新しい仲間を探すために出かける準備を始めるが、


「あれ……財布が……無い……?

っていうか……なんかやけに部屋が片付いてるっていうか……。

あれ……?あれ……?

装備品も……奥にしまっておいた貯金も……あれ……なんで……なんで……」


一気に二日酔いも醒めたキャミルは必死に部屋中を引っ掻き回すが、探しものは一向に見付からなかった。


と、そこへ扉を叩く音がして、過剰に驚きながらも駆け寄り開いた扉の向こうには、怪訝な顔のマスターが立っており、キャミルに一枚の紙を差し出した。


「な、何よ」


さらにまた少し驚きながらもキャミルが受け取った紙には、人相書きと、その人物の説明と、下方に大きく賞金額が記されていた。


「ちょ……これって……」


「さっきギルドの公安員が置いて行った。

まさかとは思うが、こいつは昨日の男じゃないか?」


血の気が引いていくのが自分でもはっきりとわかった。


色狐ヘロン、罪状はスリ・コソドロ・身分詐称・投資詐欺・結婚詐欺・等々。


「う……そ……」


時間が止まり暗闇に放り込まれたような感覚に襲われた。


「え……?

でもそんな……あたしに限ってそんな……だってそんな……あの方はそんな……」


描かれた似顔絵と昨日の男のうろ覚えの顔を頭の中で何度も比べ、違うはず、いや似てる、でも違うはず、違う違う、私がそんな間抜けなこと、と必死に首を振りながらも、キャミルは床にへたり込んでしまった。


そんなキャミルをマスターが神妙な面持ちで見詰めていると、靴音を響かせながら近付いてきた一人の男がその隣に立ち、


「どうやら色狐とやらは本物だったようですね……。

由緒ある私の宿屋で迷惑な話です、これでは築き上げてきた伝統も評判も台無し……。

まったく、歴戦の勇者も結局は一人の女だった、というわけですかねぇ。

下衆な女ったらしの詐欺師ごときに丸め込まれて身ぐるみ剥がされてその打ちひしがれよう……、みっともない」


と蔑んだ目でキャミルを見下ろした。


さすがにそこまで言っては可哀相だ、という顔でマスターが男を


「オーナー……」


とつぶやき振り返るが、


「何を……!!

何もそんな言い方しなくてもいいじゃない!!

こっちはパーティーも解散したばっかりで、愛用の装備品も貴重なアイテムも有り金も全部持ってかれて、人生最大に落ち込んでんのよ!?

自分とこの客にそんな言い方ってひど過ぎじゃない!?

少しぐらいなんか優しい言葉の一つでもかけたら……」


反射的に瞬時に立ち上がったキャミルが、オーナーという小柄な男のスーツのネクタイを掴み力任せに引っ張りながらまくしたてたが、オーナーの背後に控えていた二人の黒服が風のように間に割り込みキャミルの手を、そっと、しかし力強く、ネクタイから引き剥がした。


「私の所のお客様……ですか……。

しかしお客様とは、お金を支払い、その対価として宿泊施設からのサービスを受けるというギブ・アンド・テイクの関係にあって初めて自分はお客様だと言えるものではありませんかね?

あなた今、有り金も全部持って行かれたと仰いましたよねぇ。

しかもお金に替えられそうな貴重品も全部、と。

となると……とうの昔にチェックアウトの時間は過ぎておりますが、その分はこのような状況ですし、最大限の温情にてこちらのサービスということにして差し上げますが……」


「な……何よ……まさかあんた……」


オーナーが言わんとしていることを察し後ずさろうとするキャミルの両側から、黒服二人がしっかりとその腕を掴んだ。


「ちょ……離して……離してよ、ねぇ!?

本気!?

仲間も失って一文無しになったかわいそうな女の子を放り出すって言うの!?

嘘でしょ!?」


腕を振りほどこうともがきながらオーナーに抗議を浴びせるが、仮にも勇者であるというのにいくら暴れても黒服二人はびくともせず、キャミルを引きずって階段の方へと歩き始めた。


「ふざけないでよ!!

こんな横暴許されると思ってるの!?

この守銭奴!!人でなし!!

魔族の血でも入ってんじゃないの!?

……と、部屋の荷物は!?

まだ荷物残ってるじゃない!!

返してよ!!泥棒!!

絶対許さないんだからね!!

信じらんない!!

頭おかしいんじゃないの!?

あぁ、あとあれよ!!

さっきの女を見下した感じの態度も絶対忘れないからね!!

つぶれろこんな宿!!

畜生!!

離せ!!離してよ!!」


「長きに渡るご愛用、誠にありがとうございました。またのご利用を従業員一同、心よりお待ち申し上げてございます」


罵声を浴びせながら階下へと引きずられていくキャミルを、オーナーが深く頭を下げて見送った。


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