11話:荒野征く、もう一人の女神

―――――




「ヒャァ~~ハハ! 待てぇ~い! アマ~~~!!」

「これ程の上玉じょうだまなら御方おかたも喜んでくれるゼッ! ハハハーーッ!!」


 荒野――魔王にくみする悪虐あくぎゃくが女を追う。

 ヒャハーーッ!!

 鉄棘てっきょくの取り付けられた薄汚うすよごれた槌鉾メイス無造作むぞうさるい、逃げまど外套ローブまとった女性をおそう。

 その凶器きょうき頭巾フードかすめるとわずかにやぶれ、はらりと目許めもとのぞく。

 き通るような水晶の瞳。すずしげでいて、どこか凜々りりしい。


 悪漢あっかんたちは鼻息あらく、

「おおっ! こいつはスゲェ美人じゃねえか!?」

「ゾクゾクするぜぇ~~~~!!」


 女は唐突とうとつに、

其方等そなたら、食料は持っているのかえ?」

「おお! いいコにしてたら、たんまりやるぜぇ~!!」


 にわか外套がいとうを脱ぎてると、神々こうごうしい霊気オーラあたりを包む。

「そうかい! では、いただくとするかえ!!」

「ゲェッ! 外なる女神ストレンジャー!!」


 女は素手の儘ステゴロはすかまえる。

 悪漢達は周りをキョロキョロとうかがい、安堵あんどしたかのようにき捨てる。


「なんだぁ~? 勇者、いねーじゃねえか!」

「なら、外来女神コイツ一人かよ! チッ、驚かせやがって!」

「やっちまえ!」


 棍棒を唐竹からたけに振るう。

 そのさまを見て、女は右腕を左側面そくめん外側そとがわに寝かせ、その内から左手をクロスさせる。頭上から襲う棍棒を右腕でさばいてなし、左手で前腕ぜんわんつかみ、右こうを返してえるように相手の腕を下げ、右下にえがきつつ右足をみ出し、相手の左足にける。流れるような動きを維持しつつ、その勢いのまま右掌底しょうていを鎖骨の間、天突てんとつ喉仏のどぼとけ強打きょうだ。悪漢は血を吐き、翻筋斗打もんどりうって倒れる。

 仲間が倒された姿に激高げきこうしたもう一人がおのを振おうとおどり掛かる。

 だが、振り下ろす瞬間、斧のを握る拳に左ひじたて方向に打ち制止せいし右掌みぎてで左肩を突き、45度回転させ体を開かせ、右腕を鈎状かぎじょうに首にからませ、背後に回って左腕を同じように鈎状にして首元にすべり込ませ、時計回りに回転して相手を地にたたき付ける。

 あっというに二人の悪漢が地面に転がされる。

 矢鱈やたらとコンパクトで素早い動きに、悪漢どもは何が起こったのか着いて行けず、その純粋じゅんすい体術たいじゅつ体捌たいさばきに目を丸くする。


「ほ~う、じょうちゃん、やるねぇ~? それが女神近MGM接格闘CQCってヤツかい? だが、そんな護身術ごしんじゅつじゃあ、俺は倒せねえ!」


 鉄棘てっきょく付きの槌鉾メイスを勢いよく上下に振ると三分割され、鎖でつながれた連接棍れんせつこんに姿を変える。

三節星球乳切木トライセルフレイル! どうだ、ビビッたか!」

「なぜ、そんなモノでビビると思ったんだ、其方そなたは? 戦斗力せんとうりょくはなにも変わっておらんぞえ」

「……へっ、なら、見せてやるっ! 俺の害王流がいおうりゅう契木術ちぎりぎじゅつでくたばりやがれっ!おらぁぁぁーーっ」


 ――ゆるり。

 悪漢の槌鉾つちほこおそい掛かる刹那せつな両掌りょうて交差こうささせ腕を伸ばし、前のめり。女神の動作は速くも遅くもなく、自然。

 たがいのたい交錯こうさくしたかと思うと、陽炎かげろうともなける。

 みょう感触かんしょく――恐らく、悪漢はそう思ったであろう。

 それもそのはず。交錯の瞬間しゅんかん蜃気楼しんきろうでも打ちえたかのように悪漢の得物えものには何の衝撃しょうげきも残らず、手応てごた皆無かいむ

 ただ、なんのあつも感じずままたいは入れわり、背後の女神の存在を感じる。

 そして、間もなく、

 ――ぞくり。

 悪寒おかんが走る。


 悪漢は振り返りざま、がなる。

「よくかわしたな、嬢ちゃん! だが、次はねぇ~!」

「――わすれものぞえ」


 正対せいたいした女神の手許てもとから、ぞろりと落ちるかげ

 その正体しょうたいは四本の骨、前腕骨ぜんわんこつ橈骨とうこつ尺骨しゃっこつ各々おのおの二本ずつ。

 ギャーッ!

 悪漢がさけぶ。

 前腕の皮膚が皺々しわしわよじれ、護謨ゴムのようにぐにゃりと曲がり、ぼとりと力なく槌鉾を地に落とす。

 遅れてやってくる激痛にさいなまれ、かたより先を上げられない。勿論、指先を動かす事など、できやしない。


「なっ、なにしやがったーッ!!?」

防御ガードが、ガードが甘いぞえ」


 ゆらりと近付く女神。

 おもむろに無数の貫手ぬきてを繰り出す。

 等速度とうそくどを維持する女神の動きは、俊敏しゅんびんさとはけ離れた緩慢かんまんさま。のろのろとした攻撃に欠伸あくびが出そう。

 しかし、さけけられない、かわせない。

 どういうわけか彼女の貫手は全てヒットし、体をつらぬく――いや、貫いてはいない。

 全ては亡霊ゴーストの接触を思わすかのごとけ、触れているはずだというのに感触はなく、幻覚でも見ているかのよう

 だが、間もなく知る。

 痛覚つうかくだけが体の奥底おくそこから湧き上がってくる事を。


 どちゃり――どちゃっ、どっ、どちゃちゃっ!

 女神の手許から骨片こっぺん肉塊にくかいがぞろぞろりと落ち、血がしたたる。

 それがどこの骨なのか、どこの肉なのか、いや、何の内腑ないふなのか、最早もはや、分からない。

 唯一ただひとつ、判然はっきりしている事がある。その骨片と肉塊、ついでに鮮血の全ては、槌鉾を持っていた悪漢のものだという事実。

 ――カッ、カハッ!

 おびただしい吐血とけつを伴い、槌鉾の悪漢は絶命ぜつめい

 体中が萎縮いしゅくしている。無慙むざん。薄汚れた空っぽの革袋かわぶくろのようにくしゃくしゃになり、鮮血の中、転がる。

 それもそのはず。体内にあって生命維持に必要不可欠な骨と内臓の多くを抜き取られている。生きびられる筈もない。

 何が起こったのか、およそ、その時、それを知る者は彼女当人以外いない。


 次々と悪漢達のむなしい悲鳴がこだまし、やが静寂せいじゃくに包まれる。

 全身かえり血に染まった彼女はむくろ達をえとした水晶の瞳で見下みおろし、荒野にたたずむ。

 その表情は冷たい。はんして、瞳の中には異質いしつ高揚感こうようかんを見てとれる。


 悪漢どもの食料は、背嚢バックパックの中にあった。

 もと所有者しょゆうしゃが流した血の池にひたったそれを鷲摑わしづかみ、汚れた中身を取り出す。

 べっとりとへばり付いた血液を拭う事さえせず、そのまま口に運びむさぼう。嬉々ききとして。

 ほどなく、大きめなひとごとつむぐ。


 右に首を向け、

「ヤリ過ぎだろ」

 左を向き、

「なにがかえ?」

 再び右を向き、

「目をつけられるぞ」

 再度、左を向き、

「それが目的ぞえ。より――」

 またも右を向き、

「どうした?」

 ちらりと左に流し目を送り、

「――美味うまい! 久々ひさびさの食事は美味い!」

 右に流し目を送り、

「違うだろ。美味いのは……」


「血、だ!」


 その女、――凶暴きょうぼうにつき。

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