ミニマムおじさんの家

冬野こたつ

ミニマムおじさんの家

 三寒四温とはよく言ったもので、暖かかった昨日に比べ、また肌寒い今日は薪ストーブをつけていた。山小屋というわけではなく、片田舎の一軒家だが、母さんの昔からの夢である薪ストーブが我が、家のリビングの中央を陣取っている。その火の揺らめきを見ながら僕は8年前のことをぼんやりと思い出していた。


 僕が小二だったころ、確か12月に入ってまもなくだったか、3歳上の姉と薪ストーブの前でゴロゴロしながら、サンタさんには何頼もうかなんてことを話していた。今思うと姉ちゃんはサンタクロースの存在を信じていなかったのに、プレゼントをもらうためにいることにしていたのではないだろうか?

何というか、とても現実的な人なのだ。現に今も友達から聞いた箱根の温泉で、大学生になる前の春休み中に10万稼ぐと息巻いて、寮に住み込んでバイトをしているらしい。

 と物思いにふけっていたら、玄関のドアがガチャリと開いた。

「ただいまー」

タイミングがいいな。そういえば今日帰ってくる日だった。

 と、リビングに入ってきた姉を見てビックリした。

「誰?」

髪の色は青みかかったシルバーで、大きなピアスが揺れている。

「玲子?!」

台所から出てきた母も絶句している。

ちょうどトイレから出てきた父は姉ちゃんの後ろ姿に戸惑っていた。

みんなの反応をよそに

「はい。お土産、頼まれてた温泉まんじゅう」

「あっありがとう。ところでその頭は・・・」

「お母さん聞いて聞いて。箱根のバイト、バイト代が現金で手渡されて、10万円なんて一度に現金で持ったことなかったら嬉しくなって、帰りがけに美容院に寄ったのよ。それでこんな感じ。しかも寮のお風呂は温泉だしもう最高」

とあっけらかんと言って自分の部屋に入って行った。


その後ろ姿を見ながら両親は頭を振り振り、今どきなのかしらねーお父さんなどと呟いていた。


 そんな現代代表みたいな姉ちゃんと違って、僕は自分で言うのも変だけど、純粋な子どもだったなと思い返す。小二の冬、薪ストーブの前でダラダラしていた時、母さんが大きな荷物を持って帰って来た。

「今日はすごくいい日だったのよ。見てこれ」

と大きな風呂敷から出て来たのはドールハウスだ。

「これお母さんが作ってたドールハウスでしょ?」

「そうよ。玲子、今日ドールハウスショーの最終日で、私の作品が金賞になったの」

「へーすごいじゃん。よかったね」

と姉ちゃんと僕が言うと

「ありがとう。それはもちろん嬉しいんだけど、銀賞を取った和室のドールハウスの人と話していて面白いことを聞いたのよ」

「なに?」

「その人の家には3つ和室のドールハウスを並べて飾ってあるらしいんだけど、たまにホコリを取るために掃除して中を覗き込むと、すこーし中の様子が変わってるんですって」

「へー」と言いながら姉ちゃんは興味を失ったらしく、

「トイレ」

と居なくなってしまった。いつものことなので母さんは気にする様子もなく続けた。


「それでね。建人、その人佐藤さんって言うんだけど、佐藤さんが試しに米粒をドールハウスの台所に置いたら、減っていくんだって。もしかして小人が住んでくれているのかもって想像したら楽しくて・・・って言うのよ」

「小人が?」

その話を聞いた当時の僕は、ものすごくワクワクしたのを覚えている。

「じゃあさ、じゃあさー、うちでも置いてみる?お母さん?」

「そうしましょう」

と言うと、母さんはドールハウス用の小さいお鍋に、お米をひとつまみ入れて台所に置いた。

「楽しみね」

「うん」

母さんのドールハウスは、イギリス風の一軒家で一階にリビングとダイニング、リビングの上は吹き抜けで、ダイニングの上はロフトになっている。リビングにはピアノ、本棚、暖炉があり、ローテーブルとソファーもある。ダイニングにはアフタヌーンティーセットがある。もちろん粘土で作ってあるから食べられないが、器は使えるし、お米があったらなんとか食べられるのではないか?僕は小学校から帰ると薪ストーブの右脇の出窓に置いてある、ドールハウスを覗くのが日課になった。ドールハウスのそばには、毎年記念日に両親が飲んでいるお気に入りのワインのコルクが並んでいる。


 でも、クリスマスが過ぎても、お正月が過ぎてもドールハウスに変化はなく、やっぱりいるわけないよなと思い始めた。でも生の米だから食べられないのかもしてないなと考えた僕は、おやつのクッキーのかけらをドールハウスの横に置いて小人が来ないか待っているうちに、薪ストーブの暖かさで眠くなってきたので、眼鏡をドールハウスの脇に置いて、薪ストーブの前で丸くなった。

「健人、ご飯よー」

「んー」

眠い目を擦りながら僕は眼鏡を取ろうとした。眼鏡の鼻の部分にコルクが置いてある。並べてあるコルクがズレたのか?ぼくは眼鏡に近付いて行った。

「!!」

コルクの影に何かがいる。そっと近付いてみる。赤い帽子をかぶったサンタ?クリスマスの時の飾りが落ちているのかな?でも眼鏡を置いた時は無かったのに。


「動いてる」


サンタの格好をした何かがしゃがんで、僕の置いたクッキーを少しずつ白い袋に詰めているんだ!

僕は見間違いかと目をこすったが、やはり動いている。


「こんにちは」

囁くように話しかけてみた。


ビクッとした小さなサンタさんが恐る恐るこっちを見上げた。人形のフリをするか迷っているのか中腰の不自然な格好から動かない。


「クッキー好きですか?」

もう一度話しかけてみた。


するとサンタさんは意を決したようにこちらに向いて立ち上がった。立ち上がると10cmぐらいになったサンタさんの顔には白い髭はないが、コバルトブルーの優しい目をしたおじさんだった。

「クッキーありがとう」

と言ったその声は思いのほか低い、いい声だ。


「あの・・・」

僕は聞きたいことが山ほどあったがうまく言葉が出てこない。その時また台所から母さんの呼ぶ声がした。

「今行く」

と答えて振り返ってみると小人のおじさんはもういなかった。僕は興奮して今見たことを話そうとしたが、姉ちゃんに嘘だと言われる気がしてしばらく黙っていることにした。


 夕飯を食べ終わった後、僕はドールハウスの前に座ってしばらく待ってみた。本を読みながらチラッとクッキーの置いてある場所を確認していたが、袋に詰め終わっていたからもう来ないのかもしれない。僕は諦めて自分の部屋に戻った。


 小さなおじさんを見て忘れていたけど、明日から3年生。仲のいい友だちと一緒になれればいいなと考えながらいつの間にか寝てしまった。


 頬が痒い。冬なのに蚊がいるの?頬をポリポリ掻きながらうっすらと目を開けた。まだ暗いし何時だろうと枕元の時計をみると3時だった。ん?枕元で茶色いものが動いてる。茶色い帽子、緑色のシャツ茶色いズボンにブーツを履いた、さっきのおじさんだった。

「あーっ」

僕は嬉しくなってベッドの上に飛び起きた。そのはずみでおじさんがベッドから転げ落ちそうになったので、慌てて両手ですくいあげた。


そして、ちょうど僕の目線の高さの棚におじさんに座ってもらった。


おじさんの名前はダニー。イギリスのドールハウスの店で家族で住んでいたが、新しい世界が見たくて、1年前イギリスのドールハウスの店が日本に出展する荷物に紛れて、日本に来て日本の店にしばらくいたらしい。今回のドールハウスショーで母のドールハウスが気に入って、その中に紛れてうちに来たとのことだった。


「家族と離れて寂しくないの?」

「うーん。実はもうイギリスに帰ろうかとも思っていたが、ドールハウスの店はそれほどイギリスも日本も変わりなく、冒険とは言えないなと思ってね。家族に話せるような武勇伝が欲しくてな」

「ふーん」

当時小二だった僕はダニーさんの気持ちはよくわからなかったが、頷いた。

「ところで君はいくつなの?」

「僕は8歳、小田桐健人です」

「よろしくね。私を捕まえたりしない子だとわかって安心したよ。ちなみに僕は人間でいうと30歳くらいかな」

これが僕とダニさんとの出会いだった。


 ダニーさんはとても器用な人で、ナイフや針などの道具は全て手作りで、工夫していろいろなものを作っていった。材料は母さんが買い物でいないときなど、ダニーさんと一緒に、母さんの部屋の端材や端切れの中から使えそうなものをもらって来た。そういうこともあり、何度か母さんにはダニーさんのことを話してしまおうかと思ったが、言いそびれたまま、工作に使うからといって誤魔化している。


 中でも小6の時にダニーさんと協力して作ったお風呂は最高傑作だったと思う。檜の端材を組み合わせて湯船にし、底に穴を開けて。ダニーさんがコルクの一部を削りお風呂の栓にした。僕が自宅のお風呂に入る時に小さい檜のお風呂を一緒に持っていき、そこにお湯をくんで入るのだ。今まで布で体を拭くだけで済ませていたダニーさんは檜の香りと暖かいお湯をとても喜んでいた。


 また、学校にもよく一緒に行った。胸のポケットに小さな穴を開けて、ダニーさんはポケットに入ったまま外の様子が見えるように工夫した。流石に体育の時間は危険なので、教室の隅に隠れていたりしたが、学校に来ると日本のことがよりわかると満足そうだった。


 僕も学校で嫌なことがあったり、試練が訪れた時にダニーさんに聞いてもらって、何度も助けてもらった。あれは僕が5年生だった時、6年生を送る会の劇で、何の因果かくじ引きで主役をやることになってしまった。それまでの僕は人前で話すことは愚か、舞台に立つことすらできないような大人しい子どもだった。主役に決まった日、どうしたらいいか分からず部屋で膝を抱えて座っていると、ダニーさんが風呂に入ろうと誘ってきた。そんな気分ではなかったが、ダニーさんがお風呂に入りたいのだろうと思い、ミニ風呂を持ってお風呂へ向かった。

「健人くん、学校で何かあったのか?」

やはりダニーさんは気付いていたのだ。

「うん。僕、くじ引きで劇の主役になっちゃって・・・」

「そうか。健人くんは嫌なのか?」

「僕は、目立ちたくないんだ」


「そうか。健人くんはこんな話を知っているかい? 昔、ミルクツボの上でカエルが二匹遊んでだんだって」

「カエル?」

「遊んでいるうちに2匹ともツボに落ちてしまった」

「カエルだから泳げるんじゃない?」

「まぁね。でも1匹はツボから出られなくて諦めて死んでしまった。こっちのカエルは悲観的なカエルだったんだ。もう1匹は楽観的なカエルだよ。どうなったと思う?」

「えー?ミルクを飲んで大きくなってツボから出た?」

「それは面白い答えだね。それもあたりだと思うけど、正解はなんとかしようと頑張って、ミルクの中でもがいていたら、ミルクが攪拌かくはんされてバターになったから、ジャンプして出られたんだってさ」

「なるほどねー面白いね」

「だろう?だから健人くんも最初から嫌だという気持ちじゃなくて、できることは何でもやってみたらどうかな?」

「そうだね。セリフはちゃんと覚えてみるよ」

「そうだよ。役になりきれば恥ずかしくないさ。恥ずかしいと思ってると、見てる人も恥ずかしいものなんだよ」

「わかった」


 その話を聞いた後、結局僕はその役のセリフを完璧に言うことに一生懸命だったので、恥ずかしがる暇もなく無事にその舞台を終えた。

 その後も何か困ったことがあるとお風呂でダニーさんに相談した。すると不思議と気持ちが軽くなってなんとなく解決してしまうのだった。


 僕はダニーさんのおかげで、楽しい学校生活を送り、中学生になった。僕は中学生になると部活で忙しくなり、ダニーさんとお風呂に入ることも少なくなってしまった。ダニーさんは大人だからもちろん自分でいろいろ工夫して生きていて、気づくとダニーさん仕様のものが僕の部屋には増えていた」


 受験生の時はピリピリしていてダニーさんのことを気にかける余裕もなかったが、やっと高校が決まって、久しぶりにダニーさんをお風呂に誘った。

 檜のお風呂に入りながらダニーさんは

「やっぱりお風呂はいいなー」

と呟きながらお風呂のお湯で何度も顔をぬぐった。

 その夜枕元にダニーさんがやってきた。

「健人くん」

いつになく真剣な表情のダニーさんだった。僕は嫌な予感がした。どこかに行ってしまうのだろうか?

「どうしたのダニーさん」

「もうすぐドールハウスショーだろう?私は毎年健人くんのお母さんの荷物に紛れてドールハウスショーに行ってはそこに来る仲間たちと情報交換してるんだが」

「うん。もしかして・・・」

「もしかして?」

「イギリスに帰るの?」

「いやいや、そういうことじゃなくて、健人くんの家にお邪魔している身で言いにくいんだが・・・」

「何?ダニーさん、遠慮しないで言ってよ」

「実は仲間とはだいたい今住んでいる家の情報を交換するんだが、基本的に人間に内緒で住んでいるから、私が檜のお風呂の話をしたら、みんなが羨ましがってな。毎年ここに来てみたいという仲間が増えて、今年、出来たら願いを叶えてやりたいなと思ってるんだ」

「なんだそういうことか。もちろんいいよ」

僕はみんなが来るなら大きなお風呂を作った方がいいんじゃないかと考え始めた。でもまてよ。そうなると材料をもらう言い訳が必要だよな。


「ダニーさん、この際、母さんに挨拶してみない?」

「お母さんに?」

「うちの母さん、どこか浮世離れしているし、前から誰かドールハウスに住んでくれないかなって言ってたし」

「そうか」

ダニーさんはしばらく考えていたが、意を決したようにうなづいた。

「よし、挨拶させてもらおう」

「わかった、ちょうど姉ちゃんも父さんもまだ帰ってきてないから、お風呂から出たら行ってみよう」

 お風呂から出たダニーさんはどの格好で挨拶に行くか迷っていたから

「ちなみに母さんの好きな色はオレンジだよ」

と言ったらオレンジのシャツに紺のズボン、そしてブーツを履いた。


トントン

「母さん」

「はーい。健人?どうしたの?お腹空いた?」

「いや、ちょっと。相談したいことがあって」

「何?」

「えーっとビックリしないでもらいたいんだけど、実は母さんに紹介したい人がいるんだ」

「へー。健人、彼女ができたの?」

「そうじゃなくて・・・」

僕は説明に困り、

「ダニーさんだよ。ここにいる」

と胸のポケットからダニーさんを母さんの作業机の上に置いた。

「まあ」

母さんは目を見開いてダニーさんを見つめた。

「初めまして、健人くんのお母さん」

「まあ」

と母さんは2度目のまあを言って満面の笑みを浮かべた。


「やっとお目にかかれて嬉しいです。ダニーさん」

「えっ?知ってたの?」

「そりゃ、健人の部屋に小さいものが増えて、それが精巧にできているものばかりだから、もしかして小人さんが来てくれているのかなと、来てくれていたらいいなとずっと思っていたのよ。本当に嬉しいわ」

「ありがとうございます。健人くんのお母さん」

お互い挨拶が終わったところで、僕はホッとして、今まであったことや、檜のお風呂を作ったこと、ダニーさんが仲間にお風呂を経験させてあげたいことを説明した。


 母さんは楽しそうに、うなづいて聞いていたが、聞き終わった途端、手を叩いて立ち上がった。

「そういうことなら、と嬉々として使えそうな材料を集め出した。この箱にいろいろと置いておくから使っていいわよ。私も手伝いたいけど、残念自分の作品が間に合わなくて」

「わかった。ありがとう。じゃあダニーさん。さっそくお風呂の設計図をかこうよ」

「ところで、ダニーさん、何人ぐらい来そうなの?」

「10人くらいかな」

「10人もいるの?」

「ダメか?」

「いや、ダメじゃないけど、結構大きめのお風呂がいいね。女の人もいるの?」

「うん。何人かいるな」

「だったらお風呂屋さん仕様がいいんじゃない?」

僕たちはネットで銭湯の画像を見て、あーでもないこーでもないと話しあった結果、


 壁画に定番の富士山のかわりに世界遺産のカレンダーを貼り、男湯と女湯を分けて、湯船は檜で、洗い場はタイルを敷き着替えるところも作った。

脱衣籠やのれん、桶はダニーさんが作り、僕は外壁や屋根を担当した。

 1週間後やっと完成した。明日はドールハウスショーだ。間に合ってよかった。


 次の日、僕は初めて母さんと一緒にドールハウスに行った。ダニーさんの仲間が快適に移動できるように空箱にスポンジを入れ、あまり揺れないようにキャスターの底にもバスタオルを引いた。

「よし、準備万端だ」


ダニーさんは僕の胸のポケットにいる。

ドールハウス会場では、お客さんがごった返していた。特に初日は毎年お目当の作家さんのところに我先に並ぶらしい。

 僕は人混みをぬって、奥は奥へと進んで行った。展示場の奥に、ドールハウスや作品を入れてきたダンボールなどが置いてあるところがあり、そこに集まっているらしい。

「ここなの?」

「そうだ」

部外者の僕が入ることはできないので、持ってきたキャリーカートを荷物置き場にサッと置いて、ダニーさんをその脇に降ろした。

「1時間後に」

とダニーさんに囁いて、僕は母さんを手伝うためにブースへ向かった。


 母さんのブースも賑わっていて、3cm×1cmぐらいの大きさの、粘土で作った寄植の多肉植物が人気のようだ。お会計したり、新しい商品を並べているうちにあっという間に1時間が過ぎた。

「母さん、悪いけど、そろそろ帰るよ」

「わかった。ダニーさんや皆さんによろしくね」

と母さんはいたずらっぽく笑った。


 荷物置き場に戻ると、キャリーカートに変化はないようだった。ダニーさん、まさか会えなかったのかな?僕はカートをそっと引いた。

「いた!!」

赤、紫、茶色・・・色とりどりの帽子がひしめきあっている。30人くらいいるんじゃないか?

ダニーさんが上を向いて両手で輪っかを作っている。

OKの合図だ。

 僕は出来るだけ揺らさないようにキャリーカートを引き、帰ることにした。家までは約1時間。


 キャリーカートの中では、楽しみだなという声と本当に人間の家に行って大丈夫なのか?という声が入り混じっていた。

「ダニー、本当に大丈夫なんだろうな?」

「お前、今さら何言ってんだよ。ダニーが毎年元気な姿で現れているのが、何よりの証拠だろう?」

「あー。でも俺人間に酷い目にあったことがあったから」

「あれは災難だったよな。でも俺たちもそれぞれ違うように、人間もいろいろだよ」


家に着いた。

父さんは出張中だし、姉ちゃんもコンビニでのバイトのはずだ。ミニお風呂をお風呂場に持って行くのが1番手っ取り早いよなと僕は考えながら玄関の鍵を開けた。

ガチャ

「おかえりー」

「えっ?姉ちゃんなんでいるの?」

「バイト明日と代わってって、友美が」

「そ そうなんだ」

「何?居たらまずいことでもあんの」

と、女子特有の勘で切り込んできた。

「まさか。疲れたから寝るわ」

「ところでそれ何が入ってるの?」

「か 母さんの道具。持って帰ってくれって」

「あっそう」

と言って姉ちゃんは自分の部屋に入った。


 僕はキャリーカートごと急いで自分の部屋に入った。胸がドキドキしている。

「ダニーさんやばい。風呂場は使えないや」

僕が急に開けて覗き込んで話したものだから、みんな怖そうにこちらを見上げている。

「あっすみません。驚かせて、初めまして小田桐 健人です」

「お邪魔します」

と、ひときわ元気な声が聞こえた。色とりどりの布でできたワンピースを着た女の人だ。

その声でみんな落ち着いたのか、次々に挨拶を返してくれた。

 僕はダニーさんと相談して、僕の部屋にお湯を持ってくることにした。お風呂から持ってくるには怪しすぎるので、電気ポットを持ってきてそのお湯を冷ますことにした。部屋の中央にビニールシートを敷き、その上に2人で作ったお風呂を設置。その様子をみんな興味津々で見ている。

 屋根を一回外して檜の男湯を持ち上げてお湯を入れまた戻した。女湯にもお湯を入れ、ペットボトルの水を足して湯加減を調節した。屋根を戻し出来上がりだ。

「さあどうぞ」

みんな次々と男湯、女湯と書かれたのれんをくぐって入って行く。お風呂なので、その様子を覗くわけにもいかず、僕は耳を近づけて中の様子を聞こうとした。

ダニーさんが道々お風呂への入り方を伝授したらしく、混乱はしていないようだ。

「わぁ、この籠に入れるのね」

「石鹸がいい匂い」

「檜の匂いかな?いい香りだ」

「気持ちいい〜」

などと声が聞こえる。

僕は心底嬉しくなった。


 しばらくするとお風呂からみんな出てきた。みんな笑っている。僕は母さんにもらったミニチュアのコップにスポイトで牛乳を注ぎ風呂上がりの牛乳を味わってもらった。

 今日は泊まってもらって、明日またドールハウスショー会場に連れて行く手筈だ。

 夜はみんなの暮らしぶりを聞いて、感心したり、驚いたり、とても楽しい時間を過ごした。


 あっという間に朝になり、僕の部屋に母さんが迎えに来た。

「ありがとうございました」

みんな口々にお礼を言うと手作りの鞄、靴、洋服、ランプなどお土産を母に渡していく。

 ドールハウス作家の母さんは本物のミニチュアをもらって本当に嬉しそうだ。

「皆さんまた遊びに来てくださいね」


名残惜しかったが、ドールハウスショーが始まってしまう。僕たちは急いで会場に向かった。キャリーカートを荷物置き場に置き、僕は店の手伝いに行った。今日は夕方までダニーさんは仲間と過ごす。


 夕方荷物置き場に行き、売れ残った商品をしまっていると、いつの間にか胸ポケットにダニーさんが戻ってきた。

「サンだけ連れて帰りたいんだが」

とダニーさんは顔を赤らめて囁いた。

「サンさん?」

「私と一緒に暮らしたいって」

「えー?そうなの?良かったねー。で、サンさんは今どこにいるの?」

「カートの中に」

「2人なら入るからポケットにおいでよ」


 サンさんは昨日元気よく「お邪魔します」と言ってくれた人だった。2人をポケットに入れ、僕まで幸せな気持ちになった。


 家に帰って母さんにもダニーさんが報告すると母さんの作家の血が騒ぎ始めた。

「2人の家がいるわね。洋風?和風?どんな家がいいかしら?健人必要なものがあったら言ってね」

「えっ?僕が?」

僕の部屋はますます賑やかになりそうだ。










 








 


 








 


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