君の怖いもの

 葵と愛莉は生徒会室でひとしきり抱き締めあった後、ふと我に返り家に帰る準備を始める。


 パソコンと、家でもできそうな書類を見繕ってはカバンに入れていく。

 愛莉はもともと家でも作業する気だったらしく、葵と一緒に頑張ると言ってくれた。

 パソコンと書類でカバンがパンパンになる前に、ふたりは生徒会室を後にする。やはり、生徒はほとんど帰っており、明かりがついているのが職員室くらいだった。


 夜遅い時間とまではいかないものの、外はすでに真っ暗闇に染まっており、暗闇に支配された学園を歩くというのはなかなかに不気味なものがある。


 葵は一人暮らしということも影響しているのかわからないが、こういう暗闇を特別怖いと思うことはなかった。夜の学園ということで確かに多少不気味に感じるところはあるが、不気味さで言えば深夜にコンビニに一人で行くときのほうが怖いものを感じる。


 以前愛莉と遊園地に行った際、愛莉がお化け屋敷で悲鳴を上げていたのを思い出した葵は、少し興味がわき、愛莉のほうを盗み見る。

 夜の学園の不気味さで震えているかと思ったのだが、そんなことはなかった。なんてことなさそうに葵の横を歩いていた。


 よく考えれば、愛莉は最近夜遅くまで生徒会室で仕事をこなしていたらしいので、一人で夜の学園を歩くことに慣れているのかもしれない。


 「じゃあ愛莉は先に帰ってて。俺は生徒会室の鍵を職員室に返し次第走って追いかけるから」


 葵はそう言うと、ひとり職員室に向かおうとする。

 生徒会室には当然ながら鍵がかけられている。色々な重要書類なども保管されているので当然の対処だろう。

 その鍵は普段は職員室にあり、生徒会室を利用する場合に職員室から預かり、使い終わったら返す仕組みだ。


 今生徒会室の鍵は葵が持っている。鍵を返しに行くだけならば葵と愛莉どっちが行ってもいいのだが、愛莉には先に帰っていてもらい、葵は生徒会室の鍵を職員室まで返しに行き次第愛莉を追いかける。これが、一番効率がいい。


 もうそれなりに遅い時間だ。そのため、普通に考えれば愛莉を先に一人で帰らせるようなことはあまりしたくはない。しかし、職員室はそれほど遠いところに位置しているわけではない。


 そのため、葵がひとりで職員室に生徒会室の鍵を返し次第愛莉を追いかけて走れば、愛莉が学園を出る前に合流できるだろう。学園内は外部の人が入ってこられないようにセキュリティーはしっかりしているし、最近愛莉は毎日のようにひとりで帰っていたらしく大丈夫だろうと葵は踏んでいた。


 そこまで考えたうえ、葵はひとりで職員室へ向かおうとしたのだが、その試みは愛莉によって阻止されてしまう。


 葵が職員室へ向かうため道を曲がろうとしたら、愛莉がクイっと葵のブレザーの裾を引っ張る。


 「ん?愛莉どうかしたのか?」


 「…………」


 愛莉の行動を不思議に思った葵は、どうしたのかと聞くも、愛莉は何も答える気配がない。


 「愛莉?」


 「…………私も職員室まで一緒に行く」


 愛莉は小さく、それでも葵の耳に届くほどしっかりと言葉にすると、葵のブレザーの裾を引っ張っていた手を放し葵の手を取る。


 突然愛莉に手をつながれた葵が驚いている間に、愛莉はすたすたと職員室に向かって歩き出してしまう。戸惑いつつも、手をつないでいるため葵も一緒に歩いていくほかなかった。


 葵は自身の手ギュッと握りつつ、前を歩く愛莉を見て、ふと思ったことがあった。


 「……もしかしてだけど、愛莉。夜の学園を一人で歩くのが怖いのか?」


 葵としては適当に言った言葉だったが、愛莉には刺さったらしい。ビクっと一瞬体を震わせると、油の切れたロボットみたい、ゆっくりと葵のほうを振り返る。

 その顔は暗闇でもわかるくらいに真っ赤だった。


 「…………そんなことないもん」


 随分と長いための後、愛莉は怖くないと言い張る。

 その姿を見た葵が、思わず笑ってしまったのは仕方ないことだと思う。


 「私は純粋に、葵くん一人でできるか心配だからついていってあげたいだけ!」


 「そっか。でも俺は大丈夫だから愛莉は先に帰っててくれ」


 「だめだよ!葵くんたまに抜けてるところあるし、間違えちゃうかも」


 「んー、そんなことないと思うけどな。そんなに必死になって、やっぱり夜の学園で一人になるのが怖いんじゃないのか?」


 「……そうだよって言ったら、笑う?」


 「怖いって言ったら……抱き締めて安心させてあげる。って言ったらどうする?ストレス減るよ」


 「……ばかぁ」


 愛莉は呆れたような瞳で葵のことを見つめてくるものの、依然として葵の手をギュッと握ったままだ。口ではばかと葵のことを罵倒しているのにもかかわらず、手を離さないのが少し面白かった。


 「でも愛莉さ、今までは一人で帰ってたんだろ?なら一人でも大丈夫なんじゃないのか?」


 今日から葵が生徒会活動に参加したから、今愛莉と一緒に帰っているが、葵が生徒会活動に参加していなかった昨日までは愛莉は確かに一人で帰っていた。

 夜遅くまで生徒会活動をしていたといっていたので、恐らく今日と同じくらいの時間かさらに遅い時間に帰っていたのだろう。

 その時はどうしていたのかが葵には気になった。


 「確かに昨日までは一人で帰ってたよ?でもそれは怖いのを我慢して一人で帰ってただけ。でも今日は、葵くんと一緒だから……一緒に帰れるだろうって思ってたんだもん」


 少し甘えたような声でそんなこと言われて、言い解すことが出来る男がいるだろうか。

 少なくとも葵には無理だった。


 「じゃ、一緒に行くか」


 葵がそう言うと、愛莉は少し恥ずかしそうながらも、頷いてくれたのだった。

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