策士な葵と、愉快なチャラ男


 「もしもし、俺だ」


 「お、やっと出た」


 葵が電話に出ると、蓮は少し呆れた声だった。

 葵が寝かけた時に電話がかかってきたのは知っていたが、どうやらそれ以前にも何回かかけてきていたらしい。


 「で、何の用?」


 「淡白だな~。せっかくお前さんの親友が電話かけてやってるのに」


 「はぁ?勝手に俺の親友気取んな。前、俺との約束すっぽかして彼女とデートしてたやつが何言ってんだよ」


 あれは一か月ほど前のことだった。

 葵は蓮にカラオケに行こうと誘われたのだ、ふたりっきりで。

 特に用事もなかったし、カラオケも嫌いではなかった葵はその誘いを受けたのだが、なんと誘ってきた本人たる蓮が、ドタキャンしたのである。

 急遽彼女とデートが決まったからいけなくなったと。集合時間を十分過ぎたタイミングで。


 集団で約束していたならほかの人たちとカラオケ行って帰るということが出来たかもしれないが、元々ふたりっきりでの約束だったため、蓮が来なかった葵は一人何をするわけでもなく帰ったのは想像に難くないだろう。


 「だからあれは悪かったって言ってるじゃん。それにその話は今度のメシ代俺がおごるってことで話ついてるし」


 「お前が俺にメシおごるまでこの話はし続けるからな?じゃないとまたバックレるかもだし……って言うか、俺よりも優先した彼女さんとは別れたんでしたっけ?」


 「とげとげしいなおい。あの時の彼女……あ~別れた別れた。なんか、束縛強くてさ。私以外の女の子と連絡しちゃダメとか言うんだぜ?そりゃ別れるだろ」


 「別れねーよ。好きならちょっとくらい我慢しろ」


 「や、あの子は逆ナンされたから付き合っただけだから、そんな好きでもなかった。って言うか、葵って結構一途?まじめだな」


 「俺がまじめなわけじゃなくて、お前が軽すぎんだよ」


 「一理ある!」


 夜の静かな夜道に蓮の声は少しうるさかった。

 と言っても葵はスマホの音量を低めに設定している人間なので、あくまでも葵からしたらうるさいというだけで、夜道に響くなんてことはない。


 渋谷蓮。葵のクラスメイトである蓮は、チャラい。


 とてもチャラい。すごいチャラい。


 そして、髪を明るく染めている蓮は、とてもモテる。

 と言っても髪を明るく染めているからモテるというわけではなく、そもそもの話として顔がいいのだ。それこそモデルや俳優としてもやっていけるようなイケメンだ。

 さらには明るく、誰にでも気兼ねすることなく話しかけることができ、適当なように見えて意外と気が利く。


 モテるのも納得かもしれない。

 葵も蓮が女子から告白されているのを何度も見かけたことがあるし、逆に蓮が女子をナンパしているのだって何度も見かけている。

 そのルックスと行動力から、何人もの女性と付き合ってきた男なのだ。蓮とは。

 とは言え、葵はチャラい男が大っ嫌いなのだが。


 「世間話はここまででいいだろ。本題はいるぞ」


 「はいはーい。じゃ、俺がわざわざ葵に何度も電話を掛けた理由なんだが……お前、うちの学園の生徒会長様と付き合ってるって、まじ?」


 「流石に耳が早いな……」


 葵は自身の声にため息が混じるのを感じた。

 葵としては愛莉との関係はあまり周囲にばらしたくないものだった。今までだって愛莉が葵の家に来ることがあったとしても、葵と愛莉のふたりで一緒に学園に行ったり、ふたりで一緒に帰ったりすることはなかった。一緒に買い物することならあったが、頻繁にというわけではない。

 すべては面倒ごとを避けるためだった。


 愛莉は学園で物凄く目立つ存在だ。生徒会長というだけでなく、その美貌から人気を集めている。葵だって愛莉ほどではないにしても、普通よりは目立っている方だろう。

 そんなふたりが仲良さげに一緒に居るところを見られたらどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。


 面白半分で多くの人から付き合っているのか、など冷やかされるに決まっていた。それだけならば百歩譲って許容できるのだが、色々とやっかみも増える。嫉妬がその最たる例だろう。

 多少のリスクヘッジでそういう面倒ごとを避けられるならば、と思って今まで気を使ってきたのだが、どうやら今日のことで葵と愛莉の関係がばれてしまったらしい。

 もちろん葵と愛莉は付き合っているということはなく、ただの幼なじみの関係なのだが、それを言っても信じる人は少ないだろう。


 今日一緒に帰ったのはうかつだったかと、葵は少し反省する。

 それにしても、蓮の耳の速さは流石だと素直に感心する。葵と愛莉が一緒に帰ったのは今日の夕方だ。それから数時間しかたってないというのに、もうすでにその情報を手に入れているとは。

 葵も愛莉と帰った時点で蓮から聞かれるだろうと予想はしていたものの、当日のうちに来るとは思っていなかった。


 こういう時は交友関係の広さがものをいうのだろうと、葵はぼんやりと考える。生憎、葵はそういうのとは無縁の世界の住人なので想像が出来ないが。


 「ま、情報は大事だからね~」


 蓮は自身の耳の速さを誇るわけでもなく、なんてことの無いように扱う。


 「あー、悪い。どうせこの話長くなんだろ?ならハンズフリーに切り替える。ちょい待て」


 そう言うと、葵は自身のコートのポケットを漁る。すぐにお目当てのものを発見すると、すぐにスマホとつなげる。

 一回蓮から電話がかかってきた時点で、またかかってくるだろうと予想した葵がポケットに入れておいたのだが、当たったようだ。


 「で、俺と生徒会長様との関係か。今日はたまたまばったり会って一緒に帰っただけの知人、って言ったら信じるか?」


 「葵が本気でそう言うなら俺は信じるけど、他の連中はまず信じないだろうな。なんでもいつもクールな生徒会長様が笑顔だったらしいじゃん」


 「蓮、このことは」


 「わーってる。他言無用だろ。流石の俺も人の信頼を裏切るようなことはしねーよ」


 いつもは適当な蓮だが、こういうときばかりは少し真面目になる。

 言葉のチョイスこそいつもと変わらないものの、声のトーンはいつもよりも少し低く、真剣さが伝わってくる。


 「愛莉……生徒会長様のことな。俺と愛莉の関係は幼なじみだ。かなり付き合いが長いタイプの」


 「まーそんなところか……付き合ってはないんだな?」


 「ああ。そうだ」


 「そうか……でも、葵は明日から苦労しそうだよな」


 電話越しながらも、蓮が葵のことを気遣ってくれているのが分かった。これが電話ではなく直接話していたなら、きっと肩にポンと手を置いてまあ、頑張れとでも言ってくれたことだろう。


 「そうなんだよな……愛莉のこと好きだった男どもからのやっかみが怖い」


 「今までたまに告白するやつこそいれど、男の間では不可侵条約が結ばれてたからな……」


 「俺は幼なじみでそんな条約が結ばれるずっと前から愛莉と一緒だった!って言ったら許してくれるかな?」


 「やめとけ、逆にぶち切れられるぞ。男どもそうだが、女からの嫉妬はもっと怖いぞ?」


 「え⁉愛莉って女からもモテてるのか」


 「それもあるだろうが、葵のこと好きだった女の子たちだよ。流石に生徒会長様に嫉妬の矛先を向けるようなバカはいないだろうけど、お前は無防備だからなぁ……学園でイチャつきまくってると、刺されるぞ」


 蓮の言葉には、まるで自身がそういう経験をしたのではと疑ってしまうほどの迫力があった。

 葵が対処しなければいけない問題はざっくりと三つだった。


 一番楽なのは愛莉に頼まれた生徒会の仕事だ。

 これはどんな仕事をするのか、どれほどの仕事量なのか、分からないことしかないが愛莉がいるからきっとなんとかなるだろう。


 二個目は、嫉妬に狂った男どもの対処だ。

 葵と愛莉は付き合っているわけではないのだが、それを言って信じるような人は少ないだろう。普段あまり人との間に壁を隔てたような態度の愛莉が、葵と一緒に楽しそうに笑いながら帰ったというのが大きすぎた。

 仮に葵と愛莉が付き合ってないことに納得してもらえたとしても、愛莉と仲良さげに帰っていたという事実がある限り、男どもの嫉妬が薄れることはないだろう。

 ただ、男は単純ばかだから、危害を加えられるようなことがあったとしても、葵に暴力的な対処という予想がつくだけまだましである。


 一番怖いのは女子の対処法だった。

 葵が好きだった女子もいるだろうが、愛莉が好きだった女子というのも案外いるらしい。

 学園での愛莉は凄腕の生徒会長としてクールでどこか高根の花のような雰囲気だったためそれもうなずけるが。

 葵が好きだった人、愛莉が好きだった人。どちらも共通して言えるのは、葵が身の危険を感じるということだろうか。

 愛莉が好きだった人は愛莉を取られたということで葵に向かってくるだろう。葵が好きだった人は普通ならば愛莉に向かうかもしれないが、愛莉の守りは鉄壁だ。変なことしようとすれば、愛莉は人気なため、数で守られるだろう。最悪何かあったとしても、愛莉は学園の生徒内で最も権力があるため、何とかなるだろう。


 とするとだ。その矛先はどこへ向かうだろうか。

 二人のうち、一人に守りが鉄壁ならば、もう一人のほうに向かうだろう。


 「なあ、蓮…………俺は明日、男どもから逃げればいいのか?それとも女子か?」


 「……どっちもだよ」


 葵は今更ながらもっと多くの人と交流を持っておけばと後悔する。

 誘われても断ってばかりで、連絡先知っている人だって数えるほどだ。

 葵は自身の身を守るために苦肉の策に打って出る。


 「蓮、折り入って頼みがある」


 「ん、言ってみ」


 「俺は学園で一番絡んでるのは蓮だと思ってる。そしてお前はかなりの交流関係を持っている。ってことは、今まで俺との関係を取り持ってくれ。みたいな話を女子からされたことがあるんじゃないか?」


 「そりゃあるが……」


 「そうか。ならその子たち全員呼んで……合コンするぞ!」


 「はぁ⁉どういうこと………って、ああ~。なんとなくわかったわ。やっぱ頭いいな、葵は」


 葵の考えは実にシンプルだ。

 自分のことを好きな人たちが嫉妬するというならば、とりあえず全員と会って本当のことを話してみる。


 さらには合コン形式にすることで、葵のこと好きな女子たちの気を他の男子に移すのだ。

 こうすることによって葵が愛莉と付き合っているという噂は薄れるだろうし、葵のことを好きな人を減らすことも出来る。その上合コンを開くことによって、男たちからは感謝が生まれる。ぶっちゃけた話。愛莉のこと好きと言っている男子の多くは、ちょっとでも自分に優しくしてくれる女子が現れたらコロッとそっちに行くものだ。


 つまりは全員の誤解を解いたうえで、葵のことを好きな女子を減らし、葵に憎悪を抱いている男には挑戦の機会を与える。


 その結果、葵が女子に狙われることは無くなるし、男からは一定層の支持を得られる。

 まさに葵の時間が物凄く取られることを除けば、完ぺきなアイディアと言えた。


 「それ人集める俺の負担がすげーんだけど」


 「だから折り入って頼んだんだろ?ちゃんと借りは返すから安心しろ」


 「ま、俺もそろそろ新しい彼女ほしいと思ってたし、ちょうどいいか。どうする?今から声かけ始めるか?」


 「確かに急いでほしくはあるが……ことがでかいし明日詳しくプランたてる感じで」


 「オッケー。ちなみになんだが、葵と生徒会長様の関係はどう説明するんだ?幼馴染だと、多分駄目だと思うぞ」


 「あー、それな。生徒会にスカウトされて、同じ生徒会メンバーみたいな説明で大丈夫かな?」


 「ま、妥当だな」


 「了解。今日はわざわざ電話ありがとな。おごりの件はこれでチャラにしといてやるよ」


 葵がそう言うと、電話越しに聞こえてくる蓮の声が少し弾む。そのまま二三言葉を交わすと電話を切る。


 葵の目の前にはすでに葵の家が見えていた。かなりの長電話になってしまったため、かなり前から見えてはいたのだが、話し込んでしまったため入るタイミングを逃してしまったのだ。

 急ぎ家に入ると暖房の効いた暖かい空気が葵の体を包み込む。

 肉体的疲労は少ないものの、先ほどの蓮との電話は葵の精神を一気に疲れさせた。葵は今すぐベッドに飛び込みたい気持ちを抑え、手を洗いお風呂を沸かす。


 お風呂が沸くまでの時間を待つためにいったんソファーに座ると、自然とため息が漏れる。

 時間をつぶすために、スマホを開くと一件メッセージが来ていた。

 送られてきた時間は十分ほど前だったのだが、蓮と長電話していたため気づけなかったらしい。内容を確認するために、メッセージアプリを起動すると、送り主は愛莉だった。


 『葵くん今日はありがと!明日からよろしくね!頼れる葵くん❤』


 綴られていたのは今日の感謝と、明日からのこと。そしておふざけのハートマークだった。

 その愛莉からのメッセージを見た瞬間、葵の心が少し軽くなったのは気のせいだったのだろうか。

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