冬の前触れ

 眠そうに目をこする愛莉を家から引っ張り出した葵は、玄関を開いた瞬間に見える外の暗さに少しため息をつく。

 久しぶりの愛莉と一緒の夕食だからと言ってゆっくりし過ぎたな、と葵は軽く反省をする。

 十一月ということもあり、葵の吐いたため息は瞬く間に白く染まる。

 それと同時に夜の冷えた空気が葵の肌に触れ、暖房であったまりぬくぬく状態だった葵の体を一気に冷やす。


 葵はふと服装を確認する。

 愛莉は学園から帰ってきてからそのままなので、学園指定の制服のままだ。ワイシャツにカーディガン、その上に学園のブレザーを着ている。首元には控えめながらも、赤いリボンが存在を主張している。

 十一月に入ったころに、愛莉がインナーを長袖のヒートテックに変えたと言っていたので、恐らく下にはヒートテックを着ていることだろう。


 対して葵は学園から家に帰ってきたタイミングで上下ともスウェットに着替えている。機能性重視で、葵は家では基本的にスウェットなのだ。

 インナーは、しまっているヒートテックを引っ張り出すのが面倒くさいという理由で、未だ夏用のクールインナーだ。

 それでも暖房の効いた室内だったら適温だったのだが、外に出るとなると流石に寒い。


 「あー、愛莉。ちょっと待ってくれ」


 玄関のドアが開いてから閉まるまで、およそ十秒にも満たなかった。

 急ぎ部屋に戻った葵は準備だけはしていたコートに袖を通す。

 本当ならば、スウェットから外用の私服に着替えるべきなのかもしれないが、夜で人目が少ないという理由と、面倒くささで葵は着替えなかった。


 「じゃ、気を取り直して行くか」


 「うん、よろしくね」


 再び玄関まで戻った葵は今度こそ、外へと一歩踏み出す。


 「ふぅ……やっぱ夜になると冷えるね」


 「だな。この時期になると外に出たくなくなるよな」


 冬の気候というのは大変厄介なもので、しっかりと着込んで出かけないと寒さで震えることになる。しかし逆に着こみ過ぎると、店内に入った瞬間暖房が強くて汗をかくみたいなこともざらにある。

 さらには乾燥しているため、肌がカサカサになったりもする。

 やはり冬は外に出るべきではないなと葵は再確認する。


 だがなぜか愛莉はそんな葵のことを呆れた目で見ていた。


 「葵くん……それ夏も言ってたよ。『夏は暑いな……やっぱり夏は外に出るべきじゃない。俺は冬になったら外に出るからそれまで夏眠する』って」


 「それならやっぱり外に出るべきじゃないってことだろ。大体技術が発達して家でできることが増えてるのに、わざわざ外に出る方がおかしいんだよ。俺は今日を今年最後の外出にするんだ」


 「葵くぅん。今度ぉ、一緒にショッピングモールデートしなぁい?私がぁ、ご飯おごってぇあげるからぁ~」


 突如として愛莉が聞いているだけで糖尿病になりそうなくらい甘ったるい猫なで声をあげる。

 おそらく葵をからかおうとしているのだろうが、そんな誘惑で折れるほど葵の意思は弱くな――


 「え、行く」


 「……葵くん意思弱すぎ」


 「冗談だよ。いくらおごられるって言っても外出るのはだるい」


 「ほんと、葵くんってめんどくさがりやだよね。よく今私を送ってくれてるな~」


 「この性格は遺伝だ、俺のせいじゃない。あと、愛莉と一緒なら別に外出くらい構わんよ。世話になってるしな」


 葵の言葉の前半は呆れたように聞いていた愛莉だったが、後半になっていくにつれて驚いた表情を浮かべ始める。

 葵が愛莉に世話になっているなんて普段言わないようなことを言ったから驚いているのだろう。


 だがそんなに驚いた顔をされると葵としては心外だった。まるでそれでは葵が普段は全く愛莉に対して感謝を伝えてない人間みたいではないだろうか。分かりづらいかもしれないが、葵は愛莉に対し普段から感謝の気持ちは伝えているつもりだ。


 「葵くんがそんなこと言うなんて珍しいね……頭でも打った?熱ある?」


 「……そうかも、熱あるかも。だから、明日からしばらく学園休もっかな」


 「だぁ‼すみませんでした、葵様。謝るので学園は休まないでください」


 「ったく。あーそうだ、明日はいつ頃生徒会室行けばいいんだ?あと生徒会での注意事項なんかがあれば聞くぞ」


 明日が葵、生徒会初日だった。

 葵は今までに生徒会などの役職に就いたことがなかったので、出来るならば話は聞いておきたい気持ちがあった。


 「ん~、明日は放課後に来てくれればいいよ。そこで軽く注意事項なんかを伝えた後、働いてもらう感じかな」


 「仕事ってそんな軽く説明を受けた程度でできるもんなのか?」


 「葵くんって割と何でもできる人だから大丈夫じゃない?」


 「うわぁ……適当だな」


 「ちっちっち。百聞は一見に如かずだよ。葵くんがどれくらいできるかは、やってみてもらわないとわかんないし。一応明日の葵くんの働きぶりをみて今後の予定を決めるつもりだよ」


 「責任重大だな、俺」


 「そうだよ~。期待の大型新人だから」


 「ま、ほどほどに頑張るよっと、着いたな」


 生徒会でのことを離しているうちに、愛莉の家の前まで来ていたらしい。

 愛莉は葵にありがとねとお礼を言うとドアを開け家に入っていく。

 その時、偶然ドアを開けた際に見える位置に居た真由美と目が合う。葵は笑顔をつくり軽く会釈すると、向こうも笑い返してくれた。

 葵が顔を見せたことによって、少しでも愛莉の両親を安心させられたならいいなと思いつつ、葵は一人帰路につく。


 行きは愛莉と一緒だったため感じなかったが、暗い夜道を一人で歩いているのは少し寂しいものがある。

 葵と愛莉の家の距離はそんなに遠くなく、ゆっくり歩いても五分もかからず移動できるほどの距離だ。しかし、それでも少し寂しいものがある。


 ちょうどそんなタイミングで葵のスマホが着信を告げる。

 葵はコートのポケットからスマホを取り出すと、着信者名を見て少し笑う。


 「ナイスタイミング……」


 葵のスマホに表示されている着信者名は、渋谷蓮だった。

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