特別の理由

「葵くん、ちょっと止まってもらっていいかな?」


 生徒会室から出てからもそのまま歩き続けた葵だが、学園の外に出ようとしたタイミングで愛莉が声をかけてきて、ふと止まる。

 生徒会室内で手を引っ張った時からつないだ手をほどく機会がなかったため、ふたりは未だ手をつないだままである。そのため、愛莉が止まったことによって連動して葵も歩みを止める。

 ちょうど学園出入り口となる門をくぐる一歩手前。

 おそらくだが、愛莉はこのタイミングを狙っていたのかもしれない。


 「どうした?」


 葵は手短に愛莉から要件を聞き出そうとする。

 愛莉は感じていないのかもしれないが、葵は感じていたのだ。周りにいる何人かの学園生から視線を向けられていることに。


 学園内で手をつなぐ人というのはそこまで珍しい存在ではない。大っぴらにしている人は多くないのかもしれないが、付き合っているという人達も結構いる。葵の周辺でも恋人同士という人は何人もいて、人目を気にした様子もなくイチャイチャとキスをしているような場面だって見てしまったことがある。

 だから、手をつなぐという行為自体はそこまで人の視線を集めるような行動ではない。だから視線を集めるようなことがあるとするのならば、誰と誰が手をつないでいるのかということだ。


 愛莉は目立つ。

 もちろん生徒会長という立場などから、学園内で有名というのもある。ただそれ以上に、可愛らしさから皆の目を引くのだ。

 そんな美少女な愛莉だが今までは浮ついた話なんてなかった。そんな愛莉が、男と手をつないで歩いているのである。そんな姿を見たら変に勘繰ってしまうのも仕方ないことなのかもしれない。


 葵は人から見られるのには、比較的慣れている方だと思う。だが、それでも、無遠慮にじろじろと見られて何も思わないほど鋼の心は持っていない。

 ただそれ以上に、自分が皆に見られているということを愛莉が気づく前に学園を出たかったのだ。


 「もしもし。あのね、今日夜ご飯いらない」


 葵は愛莉に気づかれない程度で僅かに周りに視線を配る。少し道を逸れ、皆からは愛莉が見えないように葵が手前に立ったからだろうか、先ほどよりも視線は減っていた。

 葵の陰に隠れるように立っている愛莉は、母親に電話をかけていた。


 どうやら歩いている葵の足を止めさせてまでしたかったことは母親への電話だったらしい。

 先ほど約束をした通り、今日の葵と愛莉の夜ご飯はオムライスだ。そしてそれは葵の家で食べるわけなので、確かに夜ご飯がいらないという連絡は必要だろう。


 学園を出たら途中でスーパーによる予定こそあるものの、スーパー以外に寄り道することもなく家に直行するつもりなので電話をするタイミングはあまりない。

 スーパー内で電話するのは積極的にしたい行動ではない。一般道では電話できないということはないが、しやすさだったら学園内のほうが上だろう。本来は葵の家についてから電話するのが一番なのだが、もしも親からの許可が下りなかった場合無駄骨になってしまう可能性があった。


 葵は電話している愛莉をぼーっと眺めていたのだが、どうやら雲行きが怪しくなってきた。

 愛莉の夜ご飯いらないということに対し、母親が難色を示している。

 断片的に聞こえてくる情報をまとめるとこういうことらしい。


 最近愛莉は毎日のように夕食いらないといい、夜帰りらしい。聞こえてくる母親の声のトーン的には怒っているというよりも、心配していると言ったところだろう。

 愛莉は帰りが遅くなっているのは生徒会の仕事が忙しいからということをしっかりと伝えているといっていたので、娘が毎日のように夜遅くになるまで生徒会の仕事に追われているのが心配なのだろう。

 葵とて連日帰りの遅い娘を心配する母親の気持ちがわからないわけではない。

 だから本当ならば愛莉に今日は家に帰れと言うのが正解なのかもしれないが、葵は決してそんなことを言わない。


 何故ならば今日の葵は、もう既にオムライスの口になってしまっているのだから。

 だから――このワガママは通させてもらう。


 「もしもし、お電話変わりました。葵です。お久しぶりですね、真由美さん」


 葵は愛莉の手からスマホを奪い取ると、勝手に電話を代わる。


 三河真由美。愛莉の母親である真由美は突然電話の相手が愛莉から葵に変わったことに驚いているようだった。

 葵の突然の行動に愛莉が困惑した表情を浮かべているが、説明は後回しにする。


 「あら、葵くん?ってことはさっきあの子が話してたことは本当のことなのかしら?」


 「はい、そうですよ。ということで、今日は娘さん借りちゃっていいですか?」


 「そう言うことならいいわよ。夜ご飯だけど言わず、今日は帰ってこなくてもいいのよってあの子に伝えといてくれる?」


 先ほどまでの怪しい雲行きは何だったのだろう。

 思わずそう思ってしまうほどに、葵に電話が変わった瞬間、すぐに話はまとまった。

 先ほどまで愛莉に対し怒っていた真由美も、今では葵に対し愛莉を泊めてもいいなんて冗談まで笑いながら言ってくるほどだ。

 娘との電話中に突如現れた男に対する態度ではないように思えるも、それも当然だろう。

 何故なら葵と愛莉は昔から家族ぐるみの付き合いがあり、まるで兄妹のように育てられてきた


 ――幼なじみなのだから。

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