願いの対価

「生徒会に入ってほしい?」


 突然の愛莉の申し出に、葵は思わず本当に言っているのか確認してしまう。


 そんな葵の疑い半分、驚き半分の問いかけを愛莉は予想していたのか、ちょっと困ったような笑顔でこくんと無言でうなずく。

 きっと愛莉からは葵の戸惑った顔がしっかりと見えていることだろう。


 「あー、ごめんね。やっぱり……無理かな?」


 愛莉は葵の困惑した表情を見て拒絶と受け取ったのか、途端に申し訳なさそうな表情になる。

 そんな表情をされると焦るのは葵である。


 「いや、違う。無理とは思ってない。ただ、ちょっと混乱してるんだ。だって、そもそも……生徒会に入ろうかと言った俺の提案を駄目だと言ったのは愛莉だろう?」


 焦った葵はひとまず愛莉のお願いに対し、後ろ向きな気持ちではないことを伝える。

 ただ、葵の言ったことは間違えではない。


 実は葵は一度、愛莉に自分が生徒会に入ろうかと提案したことがあったのである。

 それは生徒会役員五人のうち、四人もの役員が抜けてしまうという大事件が起こった直後だった。

 学園側が緊急の対応として急遽生徒会役員の募集をした時だ。その話を聞いた葵は真っ先に生徒会室に駆け付け、愛莉に言ったのである。「俺が入ろうか」と。


 生徒会というものはとても忙しいものである。その当時、葵は疲れた様子の愛莉を何度も見ていた。そしてその疲れの原因が生徒会ということも知っていた。そのため葵は真っ先に駆け付け、愛莉を手伝おうとしたのだが、愛莉の返答はノーだった。


 嬉しそうな表情を浮かべた愛莉だったが、「葵くんに悪いよ」と言ったのである。葵は何度も自分が生徒会に入ると言ったのだが、愛莉の返答が変わることはなかった。

 生徒会役員大量辞任の事件が起こったのは七月中旬。そして今は十一月上旬。およそ四か月ほど経っているにもかかわらず特に問題が起こらなかったので、葵は愛莉一人で何とかなったのだろうという、安心感と僅かな寂寥感を覚えていたのだが。


 「そうなんだけどね……ちょっと葵くんに寄っかかりたくなっちゃったって言ったら、だめかな?」


 愛莉の表情は変わらず、どこか葵に対し申し訳なさそうな表情だ。だが先ほどまでとは少し違い、葵にだけ見せる、少し甘えたような表情も含まれていた。

 昔から葵は、愛莉の時々見せるその表情に弱かった。


 「はぁ……話聞くから、話してみ」


 葵に促された愛莉はどうして葵に頼ろうとすることになったのかという事情を、順序だてて話してくれた。

 愛莉の話をまとめるとこういうことだった。


 一人になってしばらくは普通に生徒会を機能させることが出来たらしい。しかし、だからだろうか。生徒会の評価も徐々に上がってきて、不幸にも振られる仕事が増えてしまったのである。一人になった直後は四分の一ほどになっていた仕事が、半分ほどまで増えてしまったのである。それでもギリギリのところで回っていたらしいのだが、今は十一月の上旬だ。

 日南学園の文化祭は十一月の下旬に開催される。

 つまり今は、文化祭の準備真っただ中なのだ。


 通常の仕事量でギリギリだったところに、文化祭準備による、各クラスの出し物の申請の承諾、予算の振り分け、出し物ごとの場所の振り分けなどの追加の仕事でついに手が回らなくなってしまったらしい。

 ちなみに葵が生徒会に入ると言ったときに断った理由としては、その当時葵はアルバイトをして忙しそうだったためというのと、まだ募集を始めたばかりだったので葵の提案を断ってもある程度は来てくれるだろうという予想のもと断ったということらしい。


 「それで葵くん……お願いできないかな?」


 「……分かった、最大限努力するよ」


 「ほんと⁉ありがとう‼」


 葵が引き受けると言った瞬間、愛莉は嬉しそうにはしゃぐ。

 嬉しさからか椅子から立ち上がると、今にも葵に抱き着いてきそうな雰囲気を感じた。ただ、それを葵は片手を上げて、制止する。


 「ただ、一つ条件がある」


 葵とてお願いされたといって、無条件で協力するようなお人よしではないのだ。そのため、葵は一つ条件を出した。

 それは――


 「今日の夜ご飯は、オムライスがいいな」


 そんな、なんてこともない条件だった。


 「へ?そんなことでいいの?別に、オムライスくらいならこんなふうに条件出されなくても作ってあげるよ?」


 条件と言われて身構えていたのか、愛莉は拍子抜けしたような表情を浮かべている。

 どうやら、全く葵の気持ちを分かっていないらしい。


 「そんなことがいいんだ。今日はすごいオムライスの口なんだよ。それに、生徒会の仕事が忙しかったんだと思うけど、最近全然うちに来てくれなかったじゃん。だから、さ」


 「もしかして……寂しがらせちゃった?」


 「そう言うことじゃない…………最近全然うちに来てくれないうえに、学園で見かけても顔色悪かったから心配してただけ。あんま心配させんな」


 葵はそんなことを言うと、近寄ってきていた愛莉のおでこに軽いデコピンを喰らわせる。

 一瞬痛そうにおでこを抑え、恨みがましい目で葵を見つめた愛莉だったが、葵の表情を見てしまったのか、すぐにニマニマとした表情に変わってしまう。


 「やっぱり私が居なくてさみしか――」


 「おい、それ以上言ったら生徒会の手伝いしないぞ」


 「わーごめんごめん!でもさ、口では何とでも言えるけど、葵くんって結構思ってることが顔に出ちゃうタイプだよね」


 「それはお前の前だけだっての……」


 「え?ごめんなんて言った?」


 「なんも言ってねーよ。ほら、今日は帰るぞ」


 そう言うと、葵は少し強引に愛莉の手を取る。

 愛莉は少し驚いた後、嬉しそうにはにかんだ。葵は前を向いていたためその表情は見ることが出来なかったが、見ることが出来なくって良かったと思えた。


 しばらくの間、葵は鏡を見ることが出来なかったのは言うまでもないだろう。

 さらに、寂しがっていたと愛莉に言われ続けたのも、言うまでもないことだろう。

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