7話 既成事実?

「師匠! 例の件、よろしくお願いします!」


「…ちょっと落ち着こうか」


彼女に条件を伝えた翌日、彼女が俺に再度接触してきた。

なんとクラスメイトの自己紹介すらしてないHRの前にな! 何を考えているんだ? もしかして嫌がらせか? 俺個人としては、目立つよりはひっそりとしてたいんだが。


銃を使う父さんに教えを受けた身としては、騒がしい狩人なんかいないと思っているし、そもそも俺の前世はアラサーだ。高校生のノリについていけるとは思えない。


だからこそひっそりとしていたいと思っていたんだが。


「ねぇ師匠とか言ってるけど?」

「言わせてるんじゃない?」

「あぁ高校生にもなってあの病気?」

「つかアレ木下さんじゃねぇか」

「あの野郎……いつの間に」

「Aクラスだろ? なんで?」


……教室がざわついている。いやだがちょっと待てと言いたい。


狩人界隈では師匠とか呼ぶのは良くある話だぞ? なんたって元々がOTAKUなんだし。それ以前の問題として師匠とは彼女が勝手に言っているだけだ。 


どうやら彼女のこと知っている奴がいるみたいだが、実は有名人なのか? 


それと木下! コノヤロウ「例の件」とかわざわざ誤解を招く言い方するんじゃねぇよ。


ツッコミどころが多すぎるわ。


これだから天然は……いや、これはわざとだな? 家に帰ったあとで俺の態度を思い返し、気乗りがしてないようだったと判断したので、こうして俺から断るという選択肢を奪おうという魂胆か。 


そう。この年頃の女に天然なんてのは存在しねぇ。これは自分が男にどう見られてるのかをしっかり理解した上で使っている策だッ。


騒ぐクラスメイトを放置して木下の顔をよく見れば、首を傾げながら口元がニヤついているようにも見えなくもない。


この様子だと、もし断れば「昨日下着を見せたのに…」だのなんだのと言ってくる可能性さえある。


これはまさしく男を社会的に抹殺する為の奥義の一つ。痴漢冤罪のジツ。


なんと恐ろしい罠を仕掛けてきやがる! と戦慄すると思ったか? 

残念だったな小娘。神保コータは狼狽えない。


「分かった。じゃあ話の続きは放課後だな。そろそろHRが始まるから教室に戻ってくれ。あぁそうだ連絡先を教えてもらえるか?」


こういうのは変に反応するから駄目なのであって、さも当然のようにしていれば被害は少ないのだ。


実際、周囲からは「キャー」だの「あのヤロウ!」だのと言った声が上がるも、性犯罪者呼ばわりする声は聞こえない。 


今後の学校生活? 関係ないね。そもそも今まで大人に混じって狩人してたからな。高校生のノリについていける自信がないんだ。だから是非排斥してくれたまへよ。


「え? あ、はい。 こちらになります」


「ありがとう」


そして木下も呆気に取られたような顔をして俺に連絡先を教えて去っていった。いや、そもそも条件付きで弟子入りを認めると言ったんだから、条件を飲むなら弟子として認めるつもりなんだが? 彼女は俺をどういう人間だと思っているのやら。


「な、なぁおい!」


「……そろそろHRだな」


そして彼女が視界から消えた途端に茶髪の少年が話しかけてきたが、残念だったな。俺は君たちと連絡先を交換する気はないんだ。


学園モノで良くあるように「席が近くて仲良くしてたらいつの間にか親友に…」ってのも無理。基本的に実力が違いすぎるし、そもそも簡単に連絡先を交換するような狩人はサンシタだ。プロなら自分の情報を秘匿するもんだし、プライベートナンバーなんか本当のお得意さん以外には教えないのが普通だ。


そして、この学校は狩人の卵の中でもエリートが集まる学校ではあるが、所詮は卵。此処を卒業したからといってBだのAだのSになれるわけではない。むしろ世界中に居る上級狩人の中で、この学校を卒業した奴が何人居るのかって話だ。


ついでに言えば、入学前に護衛に連れられてパワーレベリングしてきた子供は存在するが、本当の意味で実戦を経験している奴は殆どいない。


当たり前の話だ。護衛を雇えるような金持ちの子供が、わざわざ死にかけてまで探索やら戦闘をするはずがないのだから。


本人がどんなに必死でも、護衛がいる時点で心に隙が出来る。それなら子供だけでダンジョンに潜って緊張でガチガチになってる方が本当の恐怖を知っている分、狩人としては上だろう。


そんなわけで、彼らと物心ついた時から死なない為に必死で鍛えてきた俺とはどうしても差が生まれてしまっている。 


もちろんゲームとかにありがちなチート的な力が有れば俺に勝つことは出来るだろう。不意打ちで殺すこともできるだろう。だけどそれだけだ。数値的なものは絶対に俺には及ばない。


「ステータスは数値だけじゃない」という狩人も居るが、俺に言わせればそれは数値が足りないことの言い訳に過ぎない。数値が低くて己の力を使いこなせる狩人と、数値が高くて己の力を使いこなせる狩人。勝つのは装備やら状況やらなにやらによるが、強いのは間違いなく後者。数値が高い方だ。


だからこそ積み重ねが重要になる。つまりこれから積み重ねる奴と3歳から積み重ねてきた俺に差が有るのは当然ということだ。


もし生まれた頃から意識が有るやつが居て、生まれた時から積み重ねていたら?  普通に狂うと思う。


赤ん坊は基本的に身動きも寝返りも満足にできず、自力で食事も出来ず、排泄だってできない。 それに赤ん坊は泣くことで体力だの肺だの横隔膜を鍛えているだが、中途半端に精神が大人ならそれすら出来ないだろう。


もしも大人の精神が有ってソレを「普通に」受け入れる奴が居たら、そいつは完全に壊れてるか、ナニカを超越している存在だ。なにせ病気ではなく健常な状態でソレを受け入れることが出来る精神力の持ち主なのだから。


所詮常人に過ぎない俺ではそいつには勝てないと素直に認めよう。少なくとも俺には「オギャー」と全力で泣くことは出来きないからな。


だが、そんな鋼の精神を持つ人間と仲良くできるか? と聞かれたら……まぁ無理だな。


……あぁいや、今はその話じゃなかった。とりあえず話しかけてこようとする同級生に「すぐに死ぬような人と話はしないことにしているんだ。申し訳ないが、数カ月生き延びてからにしてくれるかな」と断りを入れ、授業を受けることにする。


周囲の空気が一気に冷めたが、これで正解だろう。弱者に変に付きまとわれて寄生プレイされるより数倍マシだし、何度もいうが俺はこの学園に青春や俺TUEEEEEをしにきたわけじゃない。高卒資格を取りに来たのだ。


だから何かイベントを起こしたいのであれば、Aクラスにいるという新入生総代くんと絡んでほしい。


もちろん彼女の連絡先を教えるつもりもない。


いや、独占とかじゃなく、普通に常識だから。


もし放課後までに木下が俺の連絡先を吹聴してたら、普通に処すから。


……大丈夫だよな?

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