6話 ギルド職員は正義の味方ではない

人気のない校舎裏で土下座して涙ながらに自分の事情を語る少女(15歳JK)と、少女を土下座させて顔色ひとつも変えない同級生の男子。


なるほどなるほど。事案だな。お巡りさん俺です。


冗談はともかくとして、問題は現状である。明らかにハニトラだったから体を求めなかったし、鼻水や涙を制服に擦りつけられても困るからティッシュを渡した。話の内容を聞いて苦笑いを抑えるのを必死だったのを妙に好意的に解釈された結果、絶対に逃がさねぇ! と宣告されたのだ。


普通に考えればこの家族はそのギルド職員に嵌められたのだろう。そもそも国はダンジョンアタックにDランクの狩人など使わないし、Dランクの狩人が出来る装備品のローンなんか高が知れている。


それなのに家だの貯金だのが全部持っていかれた? これはつまり件のギルド職員は普段から高額ローンの審査を素通りさせ、ランクに見合わない高性能な装備を揃えさせたと見るのが妥当だろう。


そうやってそれなりの実績を上げさせて父親からの信用を得ていたわけだ。


そしてその実績の中に国のダンジョンアタックに参加できるようなモノが有れば、まぁ特例でねじ込むことも可能だろう。


経験や資格は所によってはランク以上に重視されるものだからな。


俺としては、そのギルド職員には思うところが有るがそれだけだ。実際これ自体は犯罪ではない。素質がある狩人の確保や、そのためのある程度の優遇はギルドだって黙認どころか推奨している。


こいつの父親が成功したらギルド職員の手柄、失敗したら本人の責任ってことだな。


狩人側が報われないような気もしないではないが、基本的に狩人は自己責任だし、ローンだって最終的には本人の意思が必要だ。


で、今回は父親が失敗したから家族に恩を売る形で貸しを作って未亡人と娘を食らおうとしてるわけだ。いや、母親はもういただき済みって話だから、今の狙いはコイツか。


Gランクのコイツは一人ではダンジョンはおろか壁の外にも行けないから、付き添いとして付いて行くつもりだろうか? ギルド職員なら事務職でもEは有るだろうし。そこでまぁ色々するつもりなのだろう。


しかしDランクでダンジョンアタックって。こいつの父親はダンジョンについて知らなかったのか? それとも国が主導してるから大丈夫と油断したか……いや、どちらにせよ『知らなかった』ってことに違いはないんだが。


無知は罪。知らないなら挑むな。国は正義じゃねぇ。狩人なら誰でも知っている基本的なことを忘れるほど報酬が良かったのか、それともよほど上手い具合に騙されたか。


そもそもダンジョンアタックが上手く行ったとしても、それは結果だけで、ギルド所属のDランク狩人なんか、協力者はおろか、殉職者の名簿にも名が載ることはない。用途だって囮か罠の漢解除役。つまりは最初から死ぬことが前提だ。


まったくもって嘆かわしい。これがあるからギルドが国営化されないんだぞ?


もし完全に国営化された場合、狩人は全員が公務員となる。軍人だって怪我したら労災が降りるし死んだら慶弔金だの遺族年金が発生するのに、それより死傷率が高い狩人なんかを公務員扱いしてみろ。国庫が破綻するからな。


公務員扱いをしない場合? 「国営化したけど従業員は公務員ではありません。国のために枷は付けますが保証はありません」なんて言われたらどんな組織の構成員だってキれるだろう。


それが通ると思っている人間もいるようだが、もしそこまで公言したら確実に襲撃されるぞ。


それはそれとして。問題はこいつである。


相手が父親本人であれば「ギルドの職員を信じた己のアホを悔いるんだな」と切り捨てるのだが、この母娘には関係ない。いや、まぁそのギルドの職員が色々水増ししてくれたおかげで良い装備を整えることが出来た父親が、普通のDランク以上に金を稼げて、その結果良い生活して送れていたのだから、ある意味一蓮托生と言えばその通りではあるのだが。


結局のところ、狩人はいつ死んでもおかしくない職業である。だからこそ、こいつの話もこのご時世ではどこにでもあるお話でしかない。だからこそ、いつ自分もそうなるかわからないという意味でこの話を戒めにしようとは思うが、同情はしない。


だって常に死と隣り合わせなのが狩人なのだから。


ちなみにこの世界におけるダンジョンは大きくわけて2種類ある。

一つは一般的とされる地下の洞窟のようなダンジョンである。これは地球に最初に発生したダンジョンや比較的古いダンジョンが有名で、迷宮タイプと言われている。


そしてもう一つが主に地上部分で一定の範囲を異界化させたもので、フィールドタイプと呼ばれている。


基本的にダンジョンは、ダンジョンコアを持ったボスか、ボスを討伐した後に現れるボス部屋と呼ばれる部屋の奥にあるダンジョンコアを破壊することで破壊できる。


この『コアの破壊』を目的としてダンジョンに潜ることをダンジョンアタックという。(それ以外は探索だの採取だの採掘と言われている)


勘の良い人にはわかるだろうが、攻略難易度は迷宮タイプの方が圧倒的に高い。なにせフィールドタイプは範囲内にいるダンジョンコアを持ったボスを討伐すればフィールドそのものが消失するのに対し、迷宮タイプは最深部まで潜ってボスを討ち取った後でコアを破壊する必要があるからだ。


さらに言えば魔物の力が違う。フィールドの魔物が普通に狩りやら何やらで成長していくのに対し、迷宮タイプの魔物は地脈か何かは知らんが、そういった力を溜め込んで自身を強化をしている。


場所によっては蠱毒のように魔物同士を戦わせて強化しているダンジョンもあるらしい。


基本的に国がダンジョンアタックに使う狩人の種類は3つ。AランクだのSランクだのといった超常の域に達した狩人か、特殊技能を持った狩人、そして捨て駒用の狩人だ。


父親は特殊技能枠でねじ込んだんだろうが、実際は捨て駒用だったってことだろう。


そして捨て駒の娘さんはそれを何となくだが理解してるものの、証拠もないし、証拠があったところでさっき言ったように違法行為でも何でもないから借金が無くなるわけでもない。


なにせ件のギルド職員は父親が死んだあと、母親に債権放棄をさせないように動いたようだからな。俺が知ってる時代なら一度でも返してしまえば債権放棄ができなくなるが、今も似たような法があるのだ。


そういった諸々の事情を正しく理解しているからこそ、彼女は金を稼ごうとしているわけだ。


「う~む」


これなら鍛えても余程のことが無い限りは途中で投げ出さす心配はないだろう。だが彼女死んだ場合、装備やら何やらが無駄になる。まぁそのくらいの出費でどうにかなるほどヤワではないが、こいつはどうしたものか。


「あの……それで……」


「ん? あぁ弟子入りな。ちょっと待って」


俺が無言で考え込んでるのを見て不安になったのだろう。土下座の体勢のままチラリとこちらを見る少女に、とりあえず保留の返事を出す。


「ハイ! 待ちます!」


……保留のつもりが、師匠からの命令みたいになってる件について。


条件付きでは弟子にしても良いと思ってるのは確かだが、こいつの事情を考えるとその条件を飲むかどうかが微妙なんだよな。一応聞いてみるか?


「アレだ、いくつかの条件を飲むなら弟子入りを許可しよう」


俺の返事を聞いて不安気だった少女の顔が、ぱぁっと笑顔になる。


「ありがとうございます! なんでもしますから、これからよろしくお願いします!」


そして条件も聞かずにノータイムで承諾する少女。ってまてまて。焦るな。焦れば死ぬぞ? 実際体を売るくらいまで追い詰められていたようだし、生活も厳しいらしいからそれだけ切羽詰まっていて、蜘蛛の糸が有るなら迷わず縋り付くくらいの状況なのだろう。それはわかるが、軽率に過ぎる。


このままでは善人を装ったどこぞのギルド職員に騙されたりしないか心配……する前に騙されてたわ。


とは言え、俺には少女を騙す趣味はないので、ここではっきりと言っておく。


「いや、契約は条件を確認してからにしろ。場合によっては地獄を見るのはお前だけじゃないんだからな」


「え?」


俺の言葉に再度不安そうな顔をするが、往々にして物事とはそういうものだ。


自分一人の進退で全ての片が付くなら今のこいつらの状況はない。

なにせ現状で父親の巻き添えを食らってるんだからな。


だからこそ自覚させる必要がある。

自分が死んだら残された家族がどうなるか、を。

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