日常

 花火大会の次の日、俺は真っ白な廊下をひとりで歩いていた。ここは俺の家じゃない。幼馴染みの小手毬こてまり あおいの家でもない。

 ここは――病院だ。









【015号室】


 と、そう書かれたプレートが付いたドアの前で立ち止まって、深呼吸。彼女に会うときは、いつも緊張する。その理由は単純。


 ――好きだから。


 少し力を込めると、一切音を立てずに滑らかにドアが開く。その先には――笑顔の、葵。元気そうで、ほっとする。緊張しているのを気取られないように、いつものようにからかうような調子で話しかける。


「よっ、また来たぜ」

「またというか、毎日、でしょ」

「だな」


 しばらく視線が交錯して、そのあと盛大に笑いが溢れた。あははっ、という元気で無邪気な笑い声が病室を満たす。ひーひー言いながらふたりして必死に笑いを収め、それがまた面白くて再び笑う。

 何回かそれが続いた後、葵はちょいちょいと手招きした。首を傾げながら近付き、ベッド脇の椅子に座る。けどまだ遠いらしく、じれったそうに俺の腕が引っ張られた。


 当然ベッドに倒れ込むようになるわけで、クーラーが効いているはずなのにダラダラと汗をかいていた。これは、ヤバい。よくわかんないけど、ヤバい。


 葵が俺の耳に口を寄せ、囁くぐらいの声で言った。


「あのね――」

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ふたりの秘密 彩夏 @ayaka9232

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