Halloween

番外編

 フェンネル、アサツキ、オトギリソウ、ケシ、ベラドンナ、ドクニンジン。ヒキガエル、トカゲ、ウズラ、ネズミ、その他よくわからないものの干物。鉱物や骨、ちょっと触りたくないかんじのべとべとした使用済み鍋の山。

 病院や診療所のにおいとも似て非なる、薬局特有のハーブと埃と灰の香りが入り混じった魔女の部屋。現在はモンマルトルの寂れた廃劇場の楽屋階段を上がってすぐの部屋に構えられたその場所が、数百年を生きる僕の相棒兼主治医の現在の根城である。


「行こうよステラお出掛け、ねぇ〜〜〜」

 部屋の主である少女の姿をした古き魔女の腰に縋って、僕ことルイは渾身の駄々を捏ねていた。

「ほらぁ、可愛いでしょこのマント。君が昔着てたドレスを改造して縫ったんだよ! 出かけたくなったでしょ? 今夜こそ僕たちの面目躍如じゃないか!」


 かつてステラという偉大な魔女が教会の天敵として処刑対象の最たる名に挙げられていた頃、気に入ってきていたドレスをお子様サイズのマントに縫い直してさしあげたのだ。部屋の雑然とした荒れ模様の通り、魔法薬の研究以外まるで腕の立たないステラに代わって、ごく簡単な家事は僕が担ってきた。ドレスを縫うのは無理だが、解いて切って一枚布にしてから繋げるくらいなら出来る。それもこれもハロウィンの街へ遊びに行くためのご機嫌取り──もとい頭脳作戦だ。

 いそいそと首元の深紅のサテンリボンを結ばれてくれつつ、ステラが不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「一度も吸血したことのない吸血鬼が何を偉そうに」

「まあそう言わずに出掛けようよみんなで! 今日なら堂々と歩いても芸人だと思ってもらえるんだよ。でもステラがいないと保護者付き添いって体にならないからさあ!」

「そこらを闊歩する浮かれポンチどもと一緒になんてされたくないね。だいたい万聖節なんてクソ神父どもの祭日誰が祝ってやるもんか」

「僕もう百回以上説明してると思うけど、ハロウィンはもっと昔からある由緒あ〜る死者の祭りなんだってば。一回死んだ僕らだって楽しむ資格があるんだよ! ねぇヴィクトール、君からも頼んでよ。気晴らしにいきたいだろ!?」


 戸口に寄り掛かってスパスパとタバコを吸っている夢魔ヴィクトールが、至極感情の失せた顔で首を振った。


「なあルイ。知らないようだから教えてやるが、フランスはハロウィンを祝わんらしいぞ」

「………………え、は!? なんで!?」

「何でって……そういう習慣がないからじゃないか?ケルトの祭らしいしな。明後日墓参りに行くくらいじゃないか?」

「ははン、だそうだ浮かれポンチ。一人で散歩でもしてきな」

「なんでだよ! イングランドじゃすっかり定番だったぞ! フランス人のそういう他国の文化に斜に構えて遅れをとる姿勢どうかと思うぞ!」

「お前元々フランス人だろ……」

「僕は流行に敏感かつ柔軟で寛容なネオ・フランセーズなの!」


 自棄を起こして腕を振り回す僕の隙を突いて拘束をすり抜けたステラが、やれやれと肩を竦めて机に戻っていく。僕は慌ててその腕を掴み、結婚でも申し込むみたいに跪いた。


「ねぇ〜〜〜行こうよぉステラぁ! 僕今日のために衣装繕ってお菓子用意して蕪のランタンも作ったんだよ! ちょっと散歩して帰ってくるだけだからぁ〜〜〜」

「ええ鬱陶しい。ヴィクトール、摘まみ出しな」

「ウィ。ちょっと来いお祭り男。ユーリ!」


 話の通じない夢魔が廊下に向かって声を投げると、爪をチャカチャカ言わせながら白銀の狼がひょっこり顔を覗かせた。抵抗虚しく僕は壮年男の細腕とでかい犬の前足でごろごろ転がされて楽屋の廊下まで搬出され、そのまま床でシクシク泣いた。


「なんでだよぉ〜〜〜常に人目を気にして過ごしててみんなしんどくないわけ!? 僕一年このために頑張ってるのに〜〜〜」

「……ハロウィンなんて、そんなにメジャーな文化だったか?一時期米国に渡った頃見かけはしたが……私はよく知らないぞ」


 首を傾げてこっちを覗き込むでかい犬をもふもふと撫でて寂しさを紛らわせながら、僕は唇を尖らせる。


「昔ステラと旅をしていた頃、アイルランドでハロウィンを過ごしたんだ。大きな篝火を焚いてさ、変わった服を着て司祭を囲んで、でかい家畜を焼いてさ、お酒を飲みながらいろんな人と騒ぎ明かしたあの日のことが忘れられない。仮装だって言えば誰でも仲間に入れてくれたんだ。お前は人に紛れてどうだかしらないけど、牙ってけっこう目立つんだよ……目も猫みたいに光るしさ」


 転化させられて随分経つが、人の血を一滴も吸っていないのに吸血鬼の性からは解放されない。膝を抱えて床を濡らしていると、脇腹のあたりを革靴の爪先で小突かれひっくり返された。


「飲みに行くぞ。酔っ払いどもは気にしやしないだろ」

「ウワォ、やった! 持つべきものは悪友だ」

「アホ、ランタンは置いていけ。その浮かれた派手な格好も脱げよ」

「頑張って作ったのに……」

「ユーリ、お前はヘレンと留守番だ。いい肉を買ってきてあとで焼いてやるからな」


 野生を失いつつある狼がパタパタ尻尾を振って回っている。いそいそと踵を返そうとする僕の足元にがらんがらんと空の小鍋が転がってきた。鍋底にお使いリストとちょっとばかし多めのお金が入っている。可愛い魔女っ子め。


「万歳死に損ない! 飲み明かすぞ!」

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月光夜 彌生 幸 @aurevoir_kotyo

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