意外と使わ(え)ないマップのショートカット悪用

ちびまるフォイ

ひとりでも、ふたりでも楽しめる機能

スマホで地図を開くと、うっかり変な場所をタッチしてしまった。

現在地に「↓」の矢印が現れた。


「ああ、もうなんだよこれ。邪魔だな」


どうやって消そうかと指で画面をいじくり回していたが、

スマホから顔を上げたとき、目の前に矢印が落ちているのに気がついた。


「え……? なにこれ?」


画面の矢印をスライド移動させると、目の前に落ちている矢印も動く。

矢印を移動させようとしても動かない。画面じゃないと動かないらしい。


「変なの作っちゃったなぁ」


画面から消せないかと探していると、うっかりタッチしてしまい

2個めの矢印が今度は別の場所に作られてしまった。

ことごとく機械オンチの自分に嫌気が差す。


「ああもう、なんでこう思ったとおりに動かないんだ」


苛立ちまぎれに落ちている矢印を踏んだ。

一瞬で風景が変わり、2個目の矢印の場所へと移動した。


さっきまで公園だった風景が一瞬で都会へと移動している。


慌てて地図を確認するとさっき作った2つの矢印がアーチ状の線で結ばれていた。

《ショートカット》と書かれている。


もう一度、2個目に作った矢印を踏むと、ふたたび公園へと移動した。


「すげぇ! ショートカット作っちゃったよ!!」


こんなどこでもドアみたいな機能があるなんて知らなかった。

俺はよく行くコンビニや学校の近くの路地にショートカットを生成。

もう一つのショートカットを家の中にたくさん作った。


「よし、と。これでどんなに朝寝坊しても遅刻しないぞ!」


通学に1時間かかっていたのが1分で学校の近辺に瞬間移動できる。

朝の再放送アニメを見てからでもゆうゆうと重役出勤だ。


「おはようございます」


「お、おお……いつもお前、校門の向こうからダッシュしてきたのに

 今日はずいぶんと余裕たっぷりじゃないか」


「いやだなぁ先生。そんな余裕のない人間じゃないんですよ俺は」


「そうか。それなら今日の宿題もやってきたんだよな?」


「……ちょっと戻ります」


机の上に放置してあるノートを回収して再びショートカット。


「ずいぶん早いじゃないか」


「持ってきていたのを戻っている途中で思い出したんですよ」


ショートカットは俺の人生を劇的に変えてくれた。

体育の時間もこっそり家に帰ってテレビ見れるし、昼休みに家でマジ寝できる。


満員電車に乗ることも、遠出するための交通費にうんざりすることも、道に迷うこともない。


「さて、家に帰って最新ゲームでもやるかな!」


ショートカットを踏んで自分の部屋にワープする。

お菓子とジュースをセッティングしてパンツを脱いでゲームの電源を入れたとき。


「こ、ここは!?」


知らない人が家にワープしてきた。


「な、なんだぁ!?」

「まじかよ! ワープしたぜ!」


次から次へと俺の部屋に知らない人がダイレクト訪問してくる。

ショートカットを慌てて家の外に移動させたがもう遅い。


くまのプーさんファッションの俺は死にたくなるほど笑われてしまった。


追い出した後に、自分の家に置いていたショートカットを全部消した。


「まさか俺以外にも使う人がいるなんて……」


ひと目につかない場所に配置したつもりだが、

道に矢印が落ちていれば誰だって気になってしまうだろう。


足で小突いたが最後、俺の部屋までワープしてしまう。


「なんとかならないかなぁ……」


逆流入される危険性があるとわかっても手放すには惜しかった。

今さら昔のように徒歩で通学するなんてまっぴらだ。


今度はもっとわかりにくい場所にとも思ったが、

どこに配置しても他人がぶっ飛んでくる危険がある以上は怖い。


自分が寝ている間に変な人がやってくるかもしれないのだ。


どうしようかと悩みながら配置した矢印を長押しすると、吹き出しが出てきた。


《 QLパスコードを発行する 》


発行するとスマホにコードが送られる。

配置した矢印を踏んでも何も起きない。

コードをかざすとショートカット先に移動できる。


「パスコード使えば俺だけが通れるじゃん!!」


俺の悩みのタネはあっという間に解決してしまった。

パスコードを使わない限り、ショートカットを使うことはできない。


これならどこへショートカットを作っても俺の家に突然人がやってくることはない。

俺のショートカットはパスコードを持つ俺だけが通れるんだ。


そのことに気づいたとき、思考を縛っていたモラルが外れた。


「これ、万引きものぞきもやりたい放題じゃん!」


覆面してしまえば見つかっても捕まることはない。

複数のショートカットを経由すれば追跡はますます難しくなる。

なのに、男子禁制の花園にだってショートカットできる。


俺は下卑た顔で女風呂へとショートカットを作る。


営業時間外に動作テストを行って、湯船にダイブしないよう綿密な位置調整を行う。


「これでよし、と。明日が楽しみだ……!」


遠足前日の小学生のようにニヤニヤしながら布団に入った。

緊張と興奮で寝付けなかったので軽く外へ散歩しているときだった。


「あれ……? こんなところにショートカット作ったっけ?」


見に覚えのない矢印が落ちていた。


ショートカットを作るときの自分ルールがあるため、

同じ矢印でも自分のものではないとすぐにわかった。


「まさか、俺以外にも使える人間が……!」


考えてみれば当たり前のことだった。

しかしこの秘密をうっかりバラして拡散するようなやつだったら害悪だ。

街にはショートカットが溢れ、俺のがどれだかわからなくなる危険もある。


というか、この特殊能力は俺だけが使えてほしい。そうであるべきだ。


「このショートカットの持ち主を探して消してやる」


ショートカットの行き先を宇宙に設定し、パスコードをフリーにしておく。

これで宇宙まですっとばせる落とし穴の完成。


あとは俺以外のショートカッターを特定するだけだ。


「くそっ、やっぱりパスコード付きか」


矢印を踏んでもワープできない。


しかし持ち主がワープするまで待つわけにもいかない。

ショートカットを作るだけ作って放置していたら詰みになる。


俺がこのショートカットをたどって持ち主にたどり着くヒントを得らなければ。


それからは暗号解読に躍起になって悪さをすることすら時間が惜しかった。

必死にコード解析を進めた結果、ついに一定の規則性を見つけることができた。


「わかったぞ! あのショートカットのコードが!!」


まるで初恋の人と再会するようなテンションで矢印に向かう。

自分で生成したコードをかざすとショートカットは認証しワープする。


「やった! 大成功だ!!」


ワープした先はどこかの崖だった。


(ここは……?)


声を出そうとしたが声は出ない。

体を動かそうとしても動かない。


まるで皮膚にぴったりとくっついている寝袋に入っているような気分だ。


それに……なんだか目の高さが違う。


「ああ、やっと来てくれたのね。ずっと待っていたわ」


(なんだ!? 俺がしゃべってる!?)


「私の作ったショートカットを必死に解析して、私のところに来てくれる。

 誰にも求められなかったのに今あなたは私のために会いに来てくれた」


体の自由が効かない理由がわかった。

俺は今別の誰かの体の中にワープしている。


「ショートカットの行き先を自分自身にするとね、誰かの体に入れるの。

 私ずっと寂しかった。どんなに一緒にいても、必ずひとりになる瞬間があるもの」


女は一歩踏み出した。

俺は必死に戻ろうとするが体は動かせない。

ショートカットで戻ることもできない。


「これでもう最後の瞬間になってもひとりになることはないわ!」


女は崖の先へ足を踏み出した。

俺の意識は体が破壊された瞬間に一緒に途切れて消えた。

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