第22話 束の間の『日常』(二)

 私とミーナはそれから二週間ほど共に過ごした。病院には体調がすぐれないからと連絡を入れて、昼間は家事や菜園の手入れを共に楽しみ、夜はチェスや読書をして過ごした。


 時折、Dr. クレインからの通信はあったが、患者の容態には特には変わったことは無いようだった。私は極めて事務的に返信を返し、気取られないように努めた。


 もっとも、Dr. バルケスにはお見通しだったようで、―お見舞い―との名目でお手製のアップル-パイや果物、若者向けのチェニックやパンツが届けられた。どれもミーナによく似合って、愛らしさが引き立った。


 彼女は、チェスが強かった。彼女の能力からすれば当然だったが、最初はルールすら知らなかったのには驚いた。


「私は、小さい頃のことは覚えていないわ。とにかく両親は私を隠すことに必死だったと思う。ある時、管理局の幹部のひとりが不手際で、第五エリアの子をひとり逃がしてしまって、私はその子に成り代わったの。情報は仲間が持ってたから、見張りのアンドロイドのデータも書き換えた」 


 彼女は、チェスの駒を弄びながら言った。


「第五エリアって?......ルーナは、スタディ.エリアに第五エリアは無いって言ってたわ?」


 私が訊くと彼女は、ボーンの駒をひとつ、動かした。

 

「第五エリアはスタディ-エリアには無いわ。別な場所にある。そこには、二種類の子どもがいた」


「政府が極秘裏に作ったクリスタルの生けギルティ達と、政府に見込まれた子ども......」


 彼女は、騎士ナイトと僧侶の駒を並べて言った。


「クリスタルの生けギルティ達は、産まれた時に選別される。クリスタル同士を掛け合わせても、必ずしもクリスタル=レインボー-レイの子は出来ない。元々のクリスタル達は訓練......様々な修行によってクオリティを高めてクリスタルに至ったから、元々の存在がベースに持つカラーが強く出ることが多いの。その中で比較的クリア-ホワイトに近いエネルギーを持つ子どもと普通の子に分けられる」


「それで?」


「クリア-ホワイトの子は......知ってる通り、大人達によって生けギルティにされる。純度が高ければ高いほど、早くから餌食にされて壊される。私が成り代わった子もそうだった.....」


「その、逃げた子はどうしたの?無事なの?」


「死んだわ......」


 にべもなく彼女は言った。


「酷い暴行を受けた後だったの。第五エリアから逃げて、スラム街に隠れた。充分な手当ては出来なかった。けど、普通に看取ってもらえただけ、マシ。」


 ミーナの口から大きな溜め息が漏れた。


「大人達に餌食にされた子はみんな正気でなくなるまで虐待されて、都市の地下カプセルに収納されて苦しみ続けるか......反抗してなぶり殺しにされて、『廃棄物』にされるかどちらかよ。少なくとも『廃棄物』にされた方が、魂は解放されるから救いはあるわ。地下カプセルの子達は、あらゆるレベルのエネルギー体を逃がさないよう、シールドをかけられて......永遠に狂気の中で苦しみ続けるの......その元になった人達と同じように......」


「非道い......」


 私は言葉を失った。ミーナはさらに続けた。


「普通に近いカラーの子は実験の被験体にされるか、政府の幹部の慰み物にされるか......。名前も無い、シリアルNo.で呼ばれる、ただの道具なの。その中で、比較的エネルギーの強い、洗脳の上手くいった子は特別な道具として、その時まで大事にされる」


人間兵器ヒューマンウェポンよ。政府に見込まれた子ども達は、そのコントロール-システム或いは同等の兵器として、洗脳され、訓練される」


「人間......兵器.......ですって?」


 想像を絶する言葉だった。有り得ない、有り得てはならないことだ。


「ケア-フォロー-エリアの子達も同じ。......第五エリアの子ども達が弾頭なら、彼らはその威力を高めるための火薬のようなもの......」


「でも何故そんなことを......。星間戦争ははるか昔だし、ラウディスは平和な星だわ」


「周辺の星に、ラウディアンの子どもの巻き込まれる爆発事故が頻発してるでしょ。特に政府や都市の中心で要人が巻き添えになったり.....」

 

「まさか......」


「全てとは言わないけど。他の星に『輸出』して政変に介入したり、星の都市機能を破壊したり.....ラウディスの星間での勢力や発言力が高まって、周辺の星の盟主になるまで、続けるでしょうね。証拠も残らないし、ラウディアンの子は犠牲者で、責任追及されるのは、その星の責任者......」


「信じられない......狂ってるわ」


「そうよ。だからもう『終わり』にしなきゃならない。......チェック-メイトよ、先生ドクター


 彼女のクイーンが盤上に踊った。


「私は......明日にはここを出るわ。もう行かなきゃ.......もうすぐ、あの人も来るし」


 ミーナは、ふっと眉をひそめた。


「ミーナ......」


 私は泣きそうになった。この星のあまりの『現状』と、目の前の十四才の子の背負ってしまった宿命のあまりの重さに、胸が押し潰されそうだった。


 彼女は、寂しげに笑い、私の肩に触れた。


「泣かないで、先生ドクター。行く前にひとつお願いがあるの、きいてくれる?」


「なぁに?」


「今日は、一緒のベッドで寝てもいい?」


 私は彼女の頭を抱き寄せて、額にキスした。


「勿論よ......」


 その夜、私はミーナと抱き合って眠った。互いに温もりを確かめあい、記憶に留めるために......そして、必ず、また遊びに来る.....と彼女は約束した。




 翌朝、ミーナは、少しの着替えとサンドイッチのバスケットと水筒をエアバイクに積んで旅立った。


「ありがとう、先生ドクター元気で.....」


「必ず、帰ってくるのよ。ミーナ」


 彼女は手を伸ばして私をハグし、私も彼女を抱きしめた。その頬は腕は暖かく.......私はなお切なくなった。

 

 私は彼女のバイクが見えなくなるまで見送った。

 そして......彼方から一台の車がこちらに向かってくるのを見た。

 Dr. クレインの車だった。 

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