第11話 天使―マティア

 実際、病院に搬送されてきた子ども達のうち、無事に退院できる患者はそう多くはない。 


 一般的な風邪やその他の物理的疾患の患者は、私の星では病院には来ない。来ても二回~三回の通院で完治する。つまりは、エネルギーワーク的なことが一般的に普及していることと、感染症の元となる細菌のほとんどが完全に除去された環境で暮らしていることによる。


 いわゆる一般家庭は、集合住宅のようになっており、空調やインフラは完全に政府の管理下にある。それは、いわゆるストリートにおいても同じであり、子ども達の暮らすスタディ-エリアはより厳密に管理されている。


 植物は人工的な素材により、形態-質感などを完全に近い状態で復元されており、昆虫や小動物は精密に作られたアンドロイドだ。

 早い話がサマナの都市の中に生命体として存在しているのは、人間―Humanだけだ。


 何百年、何千年かの時間をかけて、おおよそ人体に加えられる危害-危機というものを排除していった結果、人間は自分たち以外の生命体をすべて閉め出す結果になった。


 無論、人間―Humanが有機物で構成されている生命体である限り、有機物から栄養素を摂取しなければならない。化学的に合成されたペースト、サプリメントを主としてはいるが、その原料はやはり有機物である。


 それらの原料は他の星からの輸入品であったり、郊外で栽培され、飼育されて、都市の周辺の施設で加工される。


 都市以外のそういった場所で働く人々は大概が異星人であり、彼ら自身のコミューンを持って暮らしている。理由は、そういった職業に従事する人々が都市に住むことは禁じられているからだ。


 そして、ラウディアンでありながら、そのような職業に従事している人々のほとんどは、いわゆる犯罪者だ。殺人や汚職、反政府運動家など、都市から追放された人々が政府の監視下で就労している。


 ある意味、病院や医者という存在も、都市の中では異質な存在だ。病院のあるエリアは都市の辺境、東西南北の四ヶ所に設けられているが、一般市民の住むエリアとは完全に隔絶されている。


 医療従事者は、平素は併設された宿舎に起居し、自宅は専用のアパルトマンや居住エリア、郊外に持たねばならない。


 そして、ラウディアンに医療従事者は、ほとんどいない。医療が必要な場面は人体にとって異常な、危機的な状況であり、『危険な職業』だからだ。

 大概はコンサルタントやヒーラーなど軽微な緩和施術をサロンで行うテクニカル-サポーターに留まっている。


 Dr.クレインはその意味では、極めて稀有な存在であり、物理的な医療技術を身に付けるために、アルクトゥールスやベガに星間留学までした...という話すらある。


―何故そんなにしてまで、医療の道に......―


 ラウディアきっての名門一族の生まれでありながら、ラウディアン達の忌避する仕事をしようとするのか......休憩室でコーヒーを飲みながら、ぼんやりと考えていた。


「せきにん、なんだって......」


 ふっ、と愛らしい鈴を鳴らすような声が囁いた。顔を上げると、ピンクの可愛い頬がにっこり微笑む。


「せんせいは、みんなに対して、せきにんがあるんだって。だからがんばってるんだって」


 くりくりとした鳶色の目とつん......とした鼻がチャーミングだ。テーブルからひょい.、と顔を覗かせた少女...になりたかったマティア。ほんの七歳で、開きすぎた感応力によって周囲のエネルギーの濁流を受け止めきれず心臓を止めてしまった。


「クレインせんせいは、シノンせんせいのこと、心配してる。大好きだから.....」


「マティア......」


 彼女は、エヘッ、と笑うと庭の方に走り去った。私は、彼女のツインテールの髪が楽しそうに跳ねるのを眩しく見つめた。


 マティアは、肉体のあった時、走ることが出来なかった。生まれつき左半身に障害があった。やはり母親は違法薬物を摂取しており、障害のある我が子を政府の保護施設に捨てた。彼女の両親にあたる遺伝子の所有者は、郊外の施設で働く異星人だった。

 彼女の両親の星系の生命体は本来的に精神感応力が高く、異能力が社会的地位に結び付くこの星では、比較的良い扱いを受けていた。

 それ以上に裕福であることを、権力を望んだ両親によって、彼女は作られ、捨てられた。


―もう、あの人たちのことは、いいの。忘れた。―


 マティアは言う。


―わたしは、クレインせんせいとシノンせんせいに、走ることができる足とお花をつめる手をもらった。だから、せんせいたちが、パパとママ。―


 肉体の先天的な欠損は補えない。細胞が情報として閉じてしまっているからだ。しかし、三次元の物質とは分子構成の異なるエネルギー体の部分は、その次元の粒子を組み換えて再構築することができる。


 私達、Dr. クレインをリーダーとするチームは肉体の死を余儀なくされた幼い子ども達に対して最後のケアとして、コーザル体、エーテル体、アストラル体の非物理的なボディを全て健全な状態に修復して送り出す。

 転生の際に健全な状態で産まれることが出来るよう、情報を修正するのだ。


 だが、健康な幽体-霊体を手にした子ども達は、なかなか此処を離れたがらない。肉体のある時に充分に出来なかった色々なこと...走ったり、遊んだり、喋ったりといったことを存分に経験するまで、此処に留まっていることが多い。


―だって、みんな、わたしに笑いかけてくれるし、お話をきいてくれるから.....―


 マティアのような無邪気な『天使』達が、ここには大勢いる......。

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