第19話 バレットレーザー

「グワァ!」


 茂みから勢いよく飛び出してきたのは、イノシシのようなモンスターだった。赤く光る双眸からは強い敵意が感じられる。

 レナはハンドガンを引き抜き、セーフティレバーを下げる。


「グルルルル……」


 低く唸りながら威嚇するイノシシ。

 緊張感から額に汗が滲む。銃口を向け、引き金に指をかける。


『キィン』


 その時、謎の効果音とともに、銃口からオレンジ色のレーザーが伸びた。


「レーザーサイト? そんなもの装備してないわよ?」


 レナが驚いて引き金から指を離すと、すぐにレーザーが消えた。

 気のせいかと首を捻り、再び引き金に指をかける。


『キィン』


 またオレンジ色のレーザーが伸びる。

 これは一体何なのか。考えを巡らせ、一つの結論に達した。


「弾道……」


 なぜ弾道が可視化されているのかは不明だが、この際撃てればどうでもいい。

 イノシシは鳴き声をあげ、こちらに向かって突進を始める。


「ンボッ!」

「邪魔よ、どきなさい」


 レナは慎重に照準を定め、襲いかからんとするイノシシの頭に弾丸を撃ち込む。

 しかし、イノシシの突進は止まらない。


「全く、しぶとい奴ね……」


 続けて、バンバンと二発発砲する。

 するとイノシシはその場に倒れ込み、キラキラとした粒子となって消滅した。

 ふぅっとため息を吐き、セーフティレバーを上げる。


「無駄撃ちは避けたいけれど、身を守ることが優先よね」


【吉野レナのレベルが3に上昇しました】

【最大HPが6000に上昇しました】

【銃撃スキルを獲得しました。バレットレーザーの表示はスキルウインドウから設定の変更が可能です】


 ホルスターにハンドガンを戻しつつ、目の前に浮かび上がる文字を読む。


「バレッドレーザー。それがさっきの弾道ってこと?」


 メニューを呼び出し、スキルウインドウを開く。


【バレッドレーザー 設定:表示】


 試しに設定の文字をタップしてみると、表示から非表示に切り替わった。

 レナ的にはこの機能はあってもなくても差し支えないのだが、咄嗟の早撃ちの時に役立つかもと思い、一応表示に設定しておく。


「さて、また厄介な相手に出くわさないように早く森を出ないと」


 レナは再び森の中を歩く。

 視界の右上に常に見えるHPバーとMPバーの違和感はすっかり無くなり、良くも悪くもここがゲームの世界であることに慣れてきていた。

 人間の適応力の凄まじさに感心しつつ、周りにモンスターがいないか耳をそばだてる。


「何か音が聞こえる……。もしかして、水の音?」


 どこかから聞こえてくるその音は、水が流れているようなチョロチョロといった音だった。

 茂みを掻き分け、音のする方へと進む。

 しばらく行くと、徐々に音が大きくなってきた。


「やっぱり水があるわ」


 確信に変わったその時、眩しいほどの日光が差し込んできた。

 そこには、川底の砂利が見えるほどに透き通った綺麗な川が流れていた。




 レナは水際にしゃがみ、両手で水を掬った。

 それを口元に持っていき、一口飲む。


「うん。おいしいわ」


 この川沿いに歩けば、飲み水に困ることなく西に向かって進める。

 その上、森の中と違って空が見えるので安心感もあった。


 河原を歩きながら、今までに起きた出来事を整理する。


「地震があったのが十時ちょっと前。その後すぐに鐘の音がして、あの謎のアナウンス……」


 アナウンスの内容は『これよりゲームを始める』、『世界を取り戻したければ《ワールドリゲインタワー》を目指せ』の二つだけ。説明にしてはあまりにも不明瞭すぎる。


「で、このHPバーが出てきたと」


 呟いて、ため息をつく。


「ここは現実。分かってはいるつもりだけれど、どうもゲームをやっている気分になってしまうのよね」


 HPが0になったらゲームオーバー。スタート地点なりホーム画面なりに戻るだけ。それならば何の問題もない(少しはあるかも)のだが、この状況では本当に死んでしまう可能性が高い気がする。

 何としてもHPは減らさないようにしなければ。


「グルルルル……」

「またイノシシかしら……?」


 どこかから唸り声が聞こえる。

 ハンドガンを構え、周囲を警戒する。


「ンボッ!」


 その瞬間、森から飛び出してきたのは、先ほどの個体とは比べものにならないほどの巨大なイノシシモンスターだった。距離は四十メートルほど離れているはずだが、鋭い目つきは確実にこちらを捉えている。


「ちょっと、サイズ感おかしいんじゃないの?」


 毒を吐きつつ、ハンドガンをホルスターに戻して背中のライフルを手に取る。

 愛銃《HK417アーリーバリアント》。全長九百二十一ミリ、重量約四・五キロの迫力ある巨体に、装弾数七十発のシースルーマガジンが特徴的な電動ガンだ。


「狙いは頭ね……」


 引き金に指をかけ、バレットレーザーで照準を定める。

 巨大イノシシは大きい分動きが遅く、まだ突進してくる気配はない。


『バン! バン! バン!』


 まずは三発。

 だが、当然これでは倒せない。

 さらに二発撃ち込む。


『バン! バン!』


 すると、巨大イノシシは地面を蹴り、のしのしと突進を開始した。


「チッ。弾をケチりすぎたわ」


 舌打ちし、引き金を引く。

 今度は容赦なく、何度も繰り返し発砲する。


『バン! バン、バン!』


 残り二十メートルまで迫ってきたところでイノシシの動きが止まり、粒子となって消滅した。


【吉野レナのレベルが12に上昇しました】

【ジャイアントキリング報酬 回復ポーションを獲得しました】


「ジャイアントキリング報酬?」


 大物食いといった意味で使われるその言葉を見て、レナは首を傾げる。

 とりあえずストレージを開いてみると、報酬の回復ポーションが入っていた。


「二十発近く使わされたんだもの。これくらいの対価は貰わないと」


 マガジンの残りは五十発。替えはまだあるが、出来る限り節約したいところだ。


「あっ、そうよ……」


 ふと何かを思いつき、替えのマガジンを取り出してストレージウインドウを操作する。すると、それがストレージに収納された。


「これで少しは身軽になるわ」


 愛銃のライフルもずっと背中に担いでいるのでは体力を消耗してしまう。

 スマホと腰のハンドガンだけ残し、あとの持ち物を全てストレージに放り込む。


「少しは楽になったかしら?」


 体が軽くなったレナは、東京を目指して再び歩き出した。

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