第18話 鐘の音

 西暦二〇二五年七月二十六日、朝九時五十分。千葉県印西市、サバイバルゲームフィールド。


「ヒット」

「ヒット出まーす」


 銃声が鳴り響く土のフィールドに、レナの姿はあった。

 紫外線カット機能のある灰色のフード付き長袖パーカーに、ベージュ色のチノパン。靴は赤いスニーカーで、目にゴーグルを着け、首には白のスカーフを巻いている。


 壁に隠れ、愛銃のライフル《HK417アーリーバリアント》のマガジンに弾を装填する。


『バン!』


「ヒット。いやー、何回やっても君には敵わないなぁ」


 首を捻りながら退場する男性プレイヤー。

 レナは表情一つ崩さず、次に狙いを定めた。


 夏休み初日の今日、レナはこの施設で行われている定例会に参加していた。

 レナは定例会の常連で、参加者の間では美人女子高生プレイヤーとしてちょっとした有名人扱いされている。


「またレナちゃんが生き残ったか」

「強いよなぁ、あの子」


 レナが最後の一人になりバトルロワイヤルに決着がつくと、プレイヤーたちは一様に嘆きの声を漏らす。


「大丈夫? さっきのヒット、痛くなかったかしら?」


 至近距離で撃ってしまった相手に対し声をかけるレナ。

 別に平気だったとの答えを聞いてホッと安心する。


「おっしゃ、もう一回バトルロワイヤルで勝負だ」

「ええ」


 まとめ役の男性プレイヤーの言葉にレナはこくりと頷き、再びプレイヤーがフィールドに散らばった。




 レナはコンテナの裏に隠れ、スタートの合図を待つ。

 その時、ゴゴゴゴゴという地響きが聞こえてきた。


「おい、地震だ!」


 男性プレイヤーの叫び声に、レナは急いでその場に丸まる。

 直後、激しい揺れが襲う。


「結構大きいわね……」


 縦に横にグラグラと揺さぶられ、身動きをとるのは不可能な状況だ。


『ビキッ! ビキビキ!』


「何、今の音……?」


 何かに亀裂が入っているような、そんな音がこちらに近づいてくる。

 その瞬間、レナの体が空中に浮き上がった。


「ひゃっ!」


 自分がどうなっているのかも分からないまま、ドサっと地面に体を打ち付ける。


「全く、何が起こったのよ……」


 揺れが収まると、レナは愚痴を呟きながら体を起こした。

 愛銃を抱え上げつつ周りを見回して、異変に気が付く。


「ここ、どこ……? ねえ、誰かいる? いたら返事して」


 大声で呼びかけるが、返事はない。

 レナは鬱蒼とした森の中に、一人放り出されてしまっていた。


「全く、本当に何なのよ……」


 毒を吐きながら立ち上がり、スマホを取り出す。

 しかし、圏外になっていて誰かと連絡を取ることもネットで情報を集めることも出来なかった。


「はぁ……。銃と使えないスマホしか持ってないし、私はどうすれば……」


 呆然と立ち尽くしていると、突然鐘の音が鳴り響く。


『ゴーン、ゴーン』


「今度は何?」


 空を見上げると、続けて男性の声が聞こえてきた。


『これより、ゲームを始める。この世界を取り戻したければ、世界の果てに建つ《ワールドリゲインタワー》の最上階に到達しろ。然すれば、この世界は元に戻ることだろう』


【GAME START】

【吉野レナのレベルは1です】


 目の前に文字が浮かび上がり、視界の右上に【HP】、【MP】と書かれたバーが出現する。

 同時多発する謎の現象に理解が追いつかず、しばらく固まるレナ。


「ゲーム? ワールドリゲインタワー? 全然状況が分からないのだけど」


 イライラを隠しきれない様子で呟き、再び周囲を見回す。

 場所も方角も分からない中、ゲームを始めると言われても。心の中で毒づきつつ、自分に何が出来るかを考える。


「とにかく、この森を出ないといけないわね」


 どっちに進もうか。人差し指でくるくると円を描いていると、目の前に文字が現れた。


【正確に四角形を描いてください】


「はぁ? 四角形?」


 ストレスが溜まりすぎて、文字に対してまでも怒りをあらわにするレナ。

 なぜ空中に文字が現れたのか、四角形を描いたら何が起こるのか。疑問点ばかりが頭に浮かぶが、とりあえず指示に従ってみる。

 すると、ゲーム画面のようなメニューウインドウがそこに表示された。


「ゲームって、これどういう仕組みよ」


 少し驚きつつ、メニューウインドウに目を通す。

 項目を一通り確認したレナは、居場所が分かるかもと思いマップを開く。

 しかし、その地図はほとんどが灰色に塗りつぶされていて、自分の周りが森であること以外分からなかった。


「全く、使えない地図ね」


 ため息を吐きつつ、親指と人差し指で何度かピンチアウトする。

 どうせ全部灰色なんでしょ? なんて考えていると、左端に何かが出てきた。


「ん? これ、もしかして……」


 指を滑らせ左にスワイプすると、そこには堀に囲まれた東京二十三区があった。

 なぜ二十三区だけ表示されるのかは知らないが、進む方向が分かったので理由なんてどうでもいい。


「よし、こっちね」


 レナはウインドウを閉じると、愛銃を背中に担ぎ、西へ向かって歩き始めた。




 森の中は朝十時だというのにどこか薄暗い。草木が生い茂っていて、日光が葉に遮られてしまっているのが理由だろう。


「本当にゲームの世界になったって言うの?」


 草を掻き分けつつ呟く。半ば信じられないが、ここまで不可解な出来事が続くと嘘とも思えなくなってくる。

 私はサバイバルゲームが好きなのであって、本気のサバイバルなんてしたくないのよ。そんなことを考えていると、突如前方の茂みがガサガサっと動いた。


「何かいる……!」


 レナは腰のホルスターに収納されたハンドガン《グロック18c》に右手を伸ばし、茂みを睨みつけた。

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