第7話:冬の終わり

part:17


 大きな窓から差す陽に、重い瞼が上がって思考が動き出す。高層マンション群の中でも高い位置にある窓を睨むと、蒼穹が広がっていた。


「朝、か」


 薄い掛け布団を蹴る。無機質なコンクリートの壁にぶつかって落ちる。

 日本に帰ってきたのは、一週間ほど前。

 それからずっと、平に指定されたルートとマンションを転々とした。

 頭痛の響く重たい頭を横に向けて、枕元の端末を持ち上げる。


「・・・十五時か」


 コトちゃんと接触したことも考えて、以前の端末ではなく十年前の骨董品を他人名義のSIMで動かす。

 公安は当然把握している。悪巧みを働く平とその手下を彼らが目にかけない根拠がない。彼が対策を取った影響ですぐに強行手段に出ていないだけ。


「疲れが抜けない」


 昨晩は作業の途中で眠気を感じ、布団に倒れた。本業ではない作業は、知識のインプットが足りない。兄なら一晩で完成させる量に、俺は時間を浪費した。


「飯・・・」


 鉛を羽織ったような身体で這いずる。

 ウォークインクローゼットに詰まった保存食の山。レトルトカレーと米が入ったパック、紙スプーンとボトルの水。

 二つのパックと子袋の中身を袋に入れて、水を注ぎ化学反応を待つ。

 平の手先が購入した都心を望む上層階のワンフロアは静か。風鳴と飛行機の音、下から聞こえる車の喧騒、遮音された部屋は耳鳴りがする。


「ハンドメイドガンの作り方は」


 基本的な技術は覚えた。

 3Dプリント銃の技術、特にパイプを使った簡易的な銃の技術を使う。

 更にベースとしたのがナイフの柄に仕込んだ銃の設計。引き金を握りこみ、刃のある銃口側から銃弾が飛び出す。

 この機構をどのよう纏めるか。

 銃弾は一発しか使えない。銀の弾丸、失敗すれば全てが終わる。

 一人思考を巡らしている間に、レトルトのカレーライスが出来上がった。豪勢な広さのリビングに似合わない質素なマットから身体を起こし、袋の中身を取り出した。


「レトルトカレーは、どう作っても絶対に美味くなるからいい」


 消費期限や調理方法が多少変わっても美味くなる。これより簡単なのは、きっと缶詰ぐらいだ。


「いただきます」


 スプーンをひと漕ぎふた漕ぎカレールーの大海に進ませて米の大陸を削る合間、頭に浮かぶこと。

 物部は俺が到着したことを知っているだろう。追跡は難しいが彼は兄と肩を並べた研究者。兄が飛び抜けたから補佐についたなんて思わない。普通の人間に務まるわけがないのは自明の理。補佐役も飛び抜けている。


「物部は、賞の授与式に姿を見せることはない」

 ただでさえ世間の空気が過敏になった。

「国内で反ロボットの風潮が高まっているし」


 緊張を高めたのは、元からの状況に外部から火種を足したから。人々の意見をコントロールする能力は無い。政府にだってこの国にはそんな権限が無い。

 端末のロックを解除して、ニュースアプリを開くと日本語の文字面が荒波になっていた。


「不安定要素が多すぎたもんな」


 働いた期間、教えた生徒たちの言葉一つ取っても、分かる。

 元々右肩下がりだった経済状況、貧困格差の増大、労働層の反対。他の国なら、反政府デモがクーデターになっても驚きじゃない。祖国は生まれる前から債券頼みだったし、破綻する未来以外見当たらない。

 単純作業を補完する人工知能の高度化で、若者のほとんどを占めた非正規雇用の層が追撃を受けた。どんな産業も火が付いた木造の家みたいに崩れ落ちている。

 残る大きな産業の農業はリターンが少ない。

 国としての地産地消が進まない。

 先進国の多くが失業者を出す環境で、少子高齢化の加速も相まって若者は貧しくなった。

 社会保障制度を維持するため、労働世代から税金を取る。若者は家庭を持たず、更に先細りする循環に入ったのは当の昔。

 かつて平和ボケしたこの国が近年、反AI・反ロボットの風潮が強まって暴力沙汰の騒ぎが増えた。参加するのも職を奪われた若者や中年と、年齢層を問わない。

 将来的に働く世代でも、インフルエンサーの煽動で一大的な学生運動へと発達した。

 若者や労働者たる人々の離心。


「この国も長くない」


 この現状で、ロボット技術は人間からあまりにも職を奪いすぎた。

 発展は、少子高齢社会においてロボットが介護や援助を行えるとも言える。

 高度な作業が出来て人間から職を奪うなら、それだけ人間がやりたくない仕事を彼らが担える。


「経済的に切り捨てられた人が多いのも事実だ」


 どの国を見ても国家と企業は、ロボットを発展することを進めた。兄が提唱した人間とロボットを両立させる理念と逆方向の道を疾走している。

 奪われない立場の人間が、人件費より機械投資の方が安く済むと考えるのも、至極当然のこと。

 兄は人工知能に人間の感情という一律ではない思考を大量に、繰り返して、学習させた。

 人類を模して、人類の活動域を奪わない。どこまで人工知能は進化するべきかを莫大な計算で推し量ろうと。

 人間を模そうとしたSは自身の死亡と計画の停止で立ち消え、兄が産んだ技術は望まない流れを増長させている。

 一つだけ打開策がある。


「やはり、それが目的か?」


 高度な知能を与えた根幹を暴走させ、再構築を行う。

 人工知能やロボットを、パートナーとして適切なレベルに刷新する。信頼が戻るまで時間がかかる。政府だって当面は方針を変えなければ済まない。


「それじゃあ確証がない」


 現状に戻るのが分かりきっている。

 そんな手をわざわざ使う根拠も、目的も。


「分からない」頭を掻きむしった。


 兄が作った技術群は多岐に渡り、高度な自律や学習を可能にした前提OSのようなものだ。オーパーツとでも言える。


「世界にリスクを強要する必要はどうして発生した?」


 単に技術を逆行させるなら、彼らの頸椎たるプログラムを電波塔から止めればいい。そうすれば、過剰な衝撃を与えずとも目的は達するハズだ。

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