第23話「ナイスミドルからの刺客(前編)」

 紫門ゆりかど洗脳機械ブレインウオッシュを使う。


 決死の思いで学校に来たが、肝心の紫門ゆりかどがいなかった。


 DNA奪取のために喧嘩も辞さない。殴り合い覚悟で気合を入れてきたのに、拍子抜けもいいところだ。


 愛里彩ありさから紫門ゆりかどが入院中とは聞いてはいたが、かれこれ一週間以上も学校を欠席している。とっくに退院していてもおかしくないというのに。


 紫門ゆりかどの怪我は、俺が思っているより重傷なのかもしれない。


 いい気味だが、それはそれで困る。紫門ゆりかどのDNAを入手できない。


 紫門ゆりかどは女性を襲うような根っからのクズである。妹の真理香もあわやというところであった。ぎりぎり助かったからよかったものの、今思い出すだけでもはらわたが煮えくりかえる。


 紫門ゆりかどをこれ以上野放しにはできない。


 こうなれば方針転換して、学校でなく病院に直に乗り込んでみるか?


 こっそり病室に潜入して紫門ゆりかどの毛髪を盗んでくる……いや、無理か。


 紫門ゆりかどの入院先は、芸能人や政治家などが利用する超VIPな病院である。たしか前の総理大臣もここに入院してたんじゃないかな。だからセキュリティは他の病院とは一線を画している。素人がおいそれと侵入するのは厳しいだろう。


 俺はただでさえ紫門ゆりかどに警戒されているからね。


 一般ピープルの俺では、太刀打ちできない。


 コネでもあれば普通に入口から入れるかもしれないが、庶民の俺にコネなんてない。


 はい、嘘です。麗良という大コネがある。


 麗良の前では、大病院もただの診療所にすぎない。草乃月財閥の紹介状でもあれば、一発OKだろう。


 ただ、麗良とはいまだに連絡が取れていない。あいかわらず電話も繋がらないし、ラインも既読がつかないのだ。親父さんとの交渉……失敗した可能性が高い。麗良に期待するのはもう無理だな。


 残りの手札は愛里彩ありさだが……。


 愛里彩ありさでは、そもそも病院のセキュリティを崩せないだろう。王都最強の戦士ではあるが、ハッカーの技術なんてないからね。真っ向勝負の力技となる。


 力技か。愛里彩ありさに病院の警備員をけちらしてもらうのは可能だ。だが、すぐに他の警備員とか警察とかがすっ飛んでくるだろう。リスクが高すぎる。無理強いして、警察に捕まったらシャレにならない。


 それに愛里彩ありさには家族のボディガードを頼んでいる。紫門ゆりかどの刺客がいつまた家族を襲ってくるかわからない。紫門ゆりかどと決着をつけるまでは、愛里彩ありさにはボディガードに専念してもらいたい。


 じゃあ他に手札は……ってないよな。


 どうすればいい? なにが最適だろうか? 画期的な方法を思いつけるか?


 独りで考えていても埒が明かない。誰かに相談して第三者の意見を聞きたいよ。


 でも、誰に?


 洗脳機械ブレインウオッシュや前世(偽)がからんでいる。警察にも友達にも家族にもうかつに言えない案件だ。


 強いて相談先を挙げれば、愛里彩ありさだけど。


 愛里彩ありさに電話……いや、今はあまり愛里彩ありさに連絡したくないんだよなぁ~。


 数日前、愛里彩ありさから電話があった。なんか俺の配下ができたらしい。


 配下!? 家臣!?


 どういうことだってばよ!!


 愛里彩ありさに事情を聞くと、なんかね俺の親衛隊を作りたかったらしいんだよ。


 いや、このご時世、どうやってそんなもの作るんだよ? 作ったとして、どういう奴なんだよ?


 色々ツッコミどころ満載だったけど、なんか既に数百人いるみたいなんだよね。まだ顔合わせはしていないが、彼らの顔なら知っている。愛里彩ありさから紹介動画が携帯で送られてきたから。再生してみたよ。


 ……体中に刺青をバリバリ入れた見るからに狂暴な人達だった。スキンヘッドやモヒカンカットした筋肉マッチョな奴らがギラギラした目つきで睨んでいる。


 お近づきになりたくない。というか一ミリも関わりたくない。


 怖い、怖すぎる。


 俺の人生にまったくかかわりがないと思っていたデンジャラスでバイオレンスな人達だ。


 そんな今にも「汚物は消毒だぁ!!」とか言いそうな連中が、愛里彩ありさにペコペコ頭を下げているのである。愛里彩ありさは崇拝されているようで携帯動画の中で「アリッサ大総長」とか呼ばれていた。


 一体全体、愛里彩ありさはこんな奴らをどうやって仲間にできたんだ?


 強いからか?


 真理香の話では、愛里彩ありさは、十数人の大の男を倒した実績がある。


 喧嘩自慢の男達を相手に次々とタイマン勝負で勝って、強さを見せつけたとか?


 少年漫画でよくあるタイマンしたら友達って奴ね。


 う~ん、いやでもいくら強くても愛里彩ありさの見た目は、ただの可愛い中学生だ。そんな可愛いアイドルを族のへっどとして敬えるのだろうか。こういう奴らって、男のプライドがやたらと高そうだし。


 それとも実はアイドルやってた愛里彩ありさのファンだったとかね。それはそれで怖いけど……。


 とにかく携帯動画の中で、奴らは、愛里彩ありさに絶大なる忠誠を誓っているみたいなのだ。特に、やばいくらい熱を入れちゃっているのが、舌にピアスをした全身入れ墨の男、名前は確か城島とか言ってたな。


 城島は、この集団の副総長みたいなんだけど、「アリッサ様に逆らう奴は殺す」ってまじな眼で演説していた。


 嘘じゃない。本気だよ、彼。なにせ愛里彩ありさに舐めた態度をとってた男を、いきなり後ろから金属バットでぶん殴っていたからね。携帯動画が途中で切れていたから、その後どうなったかわからないけど、これだけは言える。


 この城島って男、絶対に人殺したことあるでしょ。間違いない。


 それぐらいイッちゃってる。


 そんな狂暴な男を従えている中学生の女の子。


 もうね、愛里彩ありさが彼らに洗脳機械(ブレインウオッシュ)を使ったっていっても信じられるぞ。それぐらいありえない光景だった。


 そんでね、城島のヤンチャムービーが終わった後に愛里彩ありさが言うんだよ。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。まだまだ練度が十分とは言えず、ショウ様には不十分な部隊とは思いますが、いかようにもお使いください」


 可愛い顔してそう言うんだ。


 使わないよ。というか使えない。


 俺は完璧超人のショウではないからね。彼らをアゴで使おうものなら百パー殺される。


 彼らと顔合わせなんて絶対したくない。


 だからね、なるだけ今は愛里彩ありさに連絡したくないんだよ。連絡して顔合わせするなんて流れになろうものなら、俺の胃は死ぬ。


 はぁ~もういいや。


 いろいろ考えてもいいアイデアは浮かばない。


 幸い、麗良の脅しがまだ効いているようで、紫門ゆりかどの取り巻き達は学校で大人しくしている。


 ここは当初の作戦通り、奴が学校に復帰してから勝負といこう。それまでの辛抱だ。


 


 ★ ☆ ★ ☆


 


 あれから一週間……。


 紫門ゆりかどはいまだ退院していないようで、学校を欠席している。麗良も同様だ。


 麗良……。


 まぁいい。今日も何事もなく終わった。それを喜ぼう。


 さぁ、帰宅だ。カバンに教科書、筆記用具を入れて教室を出る。


 外靴に履き替え学校の門を出ると、太陽の日差しを感じた。


 温かな陽気に心が幾分軽くなったような気がする。


 平和だ。


 つかの間の平和だが、こんな生活がいつまでも続けばいいと思う。


 ……無理だろうな。


 胸中の不安を無理やり押し込めていたけど、考えてしまう。


 このまま麗良不在が続けば、さすがに皆も不審に思うよね。麗良の脅しも効果がなくなる。俺へのイジメが再発するだろう。いや、今まで抑えつけられていた分、イジメはさらにグレードアップするに違いない。


 くそ。紫門ゆりかどの奴、なにトロトロしてんだ。早く退院して学校に来やがれ!


 イライラしながら帰宅していると、一台の黒い車が目の前で停車した。


 すっげー高級そう。


 こんな町では一度も見かけたことがない。曲がる時に一苦労しそうな縦にバカ長い車だ。


 これ、ロールスロイスだ。


 金持ちの定番の車だよ。英室ご用達だよ。


 もしかして麗良かな?


 車に近づき、そっと窓を覗こうとすると……。


「うぁああ!」


 いきなりドアが開き、そのまま引きずり込まれた。


 誰だ? 誘拐? なぜ俺なんかを?


 いや、違う。次は俺がターゲットにされたのだ。


 しまった。油断した。


 愛里彩ありさからの提案で、俺にもボディガードをつけるって言ってくれてたのに。


 それを主君命令を使って無理やりやめさせたのだ。だってヒャッハーな奴らと知り合いになりたくなかったから。


 いまだに顔合わせはずるずる引き延ばしてた。


 くそ、こんなことならボディガードを頼んでたらよかった。


 後悔先に立たず。


 慌てて車を降りようとするが、ドアはロックされたままだ。開かない。


 がちゃがちゃとドアを何度も引っ張る。


「開けろ。助けて!」

「落ち着け!」


 引きずり込んだ男がパニくる俺を一喝する。


 その短くも威厳の籠った声には、逆らえない圧のようなものを感じた。


「あ、あ……」

「落ち着いたか!」

「は、はい」


 多少落ち着いたところで、その男の顔を見る。


 四十代後半くらいの中年の男だ。ただ中年と言っても髪はびしっと決まっていて、体形はすごく引き締まっている。上質なスーツを着こなし、高級時計と高級靴が似合うイケてる中年って感じだ。


 ナイスミドルのお手本のような男である。


 よかった。この人はあまりに上品すぎる。紫門ゆりかどからの刺客ではないだろう。


 少しほっとする。


 でも、だったらこんなに強引に車に乗せてきて、誰なんだって話だ。俺の記憶にはない。知らない男だ。


「誰なんですか?」

「私は、草乃月涼彦だ」


 えっ!? うそ!


 草乃月涼彦って確か草乃月財閥の現社長の名前だよな。


 ってことは麗良パパだとぉおお!! なぜここに?


「白石翔太……娘がずいぶんとお世話・・になったようだね」


 麗良パパは、皮肉たっぷりに言う。この言葉が全て物語っている。


 あぁ、娘とのバトルが相当応えたのだろう。


 顔に笑みをはりつけているが、その眼は笑っていない。これは、相当俺に恨みを抱いている。


 どうやら紫門ゆりかどとの最終決戦を前に最大の難関が現れたようだ。

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