第6話:花宮さんは『同棲』にこだわる。

「おはようございまーす。起きてくださーい。佐伯君、仕事に遅刻しちゃいますよー」

「うーん……あと一時間だけ……」

「それでは遅刻しちゃいます! 早く起きてくださいっ!」


 昨日部屋に案内され、予め持ってきておいた布団で安眠していたところに花宮さんが来た。被っていた掛布団を引っぺがされ、外気にさらされた身体は一気に冷えていく。


「寒いっ! なにするのっ! せっかく気持ちよく寝ていたのに! この鬼! 鬼宮さんめ!」

「誰が鬼ですか!! 私は花宮です! 変なこと言ってないで早く起きて準備してください!」


 朝から早々に可愛らしい花宮さんから鬼宮さんとなった人物に怒られてしまった。鬼宮さんマジ怖い……。これ以上に怒られないためにも返事だけはしておく。


「はぁーい」


 返事はしたものの、起き上がらない。身体がまだ寝たいと言ってます! 

 とはいえ、寝るわけにはいかないので無理やりに身体を起こす。

 ぼけっとして、無駄に時間だけが過ぎていく。だけどこの時間が好きで、気が付けばいつも10分とか普通に経っているから怖いんだよなぁ。それなのに仕事が終わる残り10分の時間ってなんであんなに遅く感じるんだろうな。体感時間は一時間くらいだよ。


 とりあえず寝ぼけたまま、一階へと階段を下りて洗面所へと向かう。昨日一通りに何がどこにあるかは教えて頂いたので場所は把握している。


 洗面器の前に立ち、鏡に映る自分を見ると泣いたせいか少しばかり目が腫れていた。普通の顔からブサイクへとランクダウン。自分の顔を普通と言ってしまえる当たりナルシストここに極まっているな。まあかっこいいとは思わないけども。


 顔を洗い、口を濯ぎ、一通り目を覚ましてからリビングに向かうと、ほんのりと美味しそうな香りが漂ってきた。


 テーブルに配膳されたものを眺めて、匂いの根源を探す。……豚汁だな。

 今日の朝ご飯のメニューは白飯、豚汁、納豆、味付け海苔と素晴らしく豪華な和食だ。毎日これでもいいと思うくらいのご馳走だ。このご馳走を食べれば仕事も捗るってもんよい!


「めっちゃ豪華な朝ご飯ですね。ここは旅館ですか?」

「花宮旅館はいつもこんな感じですよ。寝坊したら一週間なしですけどね」

「そりゃえらいこっちゃ!(訳:大変だ) 寝坊しないように心掛けます」


 俺の適当なノリに乗ってくれる花宮さん優しいなぁ。でも少し毒があったなぁ。


「食べましょうか」

「はい。頂きます!」


 白飯を食べて、豚汁を啜って、ホッと一息。花宮さんはちらちらとテレビを見ながらゆっくりと御飯を食べていた。


「あの……」

「はい、どうしました? お口に合いませんでしたか?」

「いえ、とっても美味しいです。そうではなくてお願いがありまして……」


 変なお願いではなく、納豆の俺流の食べ方があり、それを実行するには3つほど欲しいものがあるだけだ。卵は準備されているので問題ない。


「ポン酢とラー油とごま油ってありますか?」

「ありますけど、何に使うんですか?」

「納豆です。この組み合わせが最高に美味しいんですよ」


 そう言って、納豆のパックを開けて準備をする。先にかき混ぜるのがミソなのだ。ってのは周知の事実か。


「どうぞ、言われた3点セットです」

「協力感謝する」

「隊長の為なら何なりと」


 さあ、くだらない会話を終えたので、早速作りましょう!



「佐伯柊の納豆を美味しく食べるアレンジクッキングー!! ぱちぱち!」


 1:まず先程も言った通りに、納豆を先にかき混ぜます。

 2:卵を割り、少しだけ卵白を残し、納豆のパックにぶち込みます。

 3:ポン酢は小さじ2杯。

 4:ごま油は小さじ1杯。

 5:ラー油は3プッシュ。ここは好みが別れるので自分が好きな辛さで。

 6:最後にひたすら混ぜる。

 

「はい! 完成でーす!!」


「佐伯君……急にクッキング番組始めるのやめてもらえますか?」

「トッピングで刻みネギ、ごま、刻み海苔を入れると、なお美味しいです!」

「あの……聞いてますか?」

「ぜひ食卓のあなたもお試しあれ!」

「ダメですね、これは。自分の世界に入ってしまって、話が通じない……」


 花宮さんは呆れて大きなため息をついていた。


「すいません、実演して教えてあげれば食べたくなるかなと思いまして」


 謝りながら、作ったポン酢納豆を食べる。うん、美味しい。


「やっぱりこの食べ方が最高に美味しいです」

「そんなに美味しいんですか? 一口ください」


 ふっふっふ。食べたくて仕方ないようだな。作戦成功だ。これで花宮さんもポン酢納豆に首ったけ!


「早くください!」

「えっ……あっ、ちょっと」


 我慢が出来なくなったのか、ポン酢納豆のパックを奪われてしまった。そして、普通に口をつけて食べてしまった。俺が口付けたものだったのに、よかったのかな……。


「本当だ! とても美味しいです! 私もやります!」


 何事もなく俺の口付けたものを食べるなんて……。気にしない人なのかな? 俺達は付き合っているわけでもなく、ただ会社の同僚で、同期で、最近までろくに会話してこなかった間柄なのに。俺が嫌なんじゃなくて、花宮さんは嫌じゃないのかなと、抵抗はなかったのかと。


「そんな呆然としてどうしたんですか?」

「俺が口付けたものだったんで嫌じゃないのかなと思いまして……。ほら俺もパックに口付けて食べちゃいましたし」


 言いながら、パックに目をやると……おかしいな。口付けた跡が一つしか付いてない。確かに彼女も口を付けて啜っていた気が……。


「あっ……そういう……事ですか」


 彼女も同様にパックを見た。それで何となく察してしまったのだろう。顔が徐々にほんのりと赤く染まっていく。


「ごめんなさい。間接キスしちゃいました……他の所から食べてください!」


 こちらを直視できないのか、そっぽを向きながら納豆を勢い良く返してきた。


「いや、別に花宮さんが気にしないのなら俺は全然大丈夫ですよ」

「き、気にしますよっ! だから、他のっ所から、いやっ、この! 新しいの食べてください! 私がこのまま食べますから!!」


 差し出してきた納豆を素早く自分の方へと戻して、新しいのを渡してくる。そんなに気にしなくてもいいのに。


「初めての間接キス……」

「なんか言いました?」

「ひゃっい? ……何でもないです」


 驚き方斬新だな。しゃっくりでもしたみたいだ。


「まあそんなに嫌なら新しいの貰いますね」

「そうしてくだひゃい!」


 そんな大声で、納豆をもぐもぐ頬張りながら言われてもね。今の感情は何で、何を考えているのか全然分からなかった。

 それからご飯を食べ終わり、食器をキッチンへと持って行くために立ち上がった。


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」

「そう言ってもらえて良かったです。あ、洗わなくていいですよ。私がやるんで」

「いえ、これくらいはやらせてください」


 スポンジを手に取り、蛇口を回し少し濡らす。洗剤をつけ、ぽしゅぽしゅと泡立てて順に洗っていく。お茶碗にはお湯をつけ、ふやかして最後に洗う。もちろん納豆のパックも洗う。こういうのを洗わずにそのまま捨てると臭いの原因になるからだ。これは基本中の基本だ。


「佐伯君は良い旦那さんになりそうですね。これお言葉に甘えて、お願いします」


 花宮さんも食べ終わったみたいで食器を持ってきて流し台に置いた。


「そうですかね? このくらい誰だって出来ることだと思いますけど」

「そうでもないですよ。女の子だってやらない子はやりません。前に住んでいた子はあまりやってくれませんでした。それが男性になると勝手なイメージですけど大半はやらないと思います」


 めんどくさがりな子だったんだなぁと思いながら、お茶碗をゴシゴシと擦る。


「まあやってくれる人がいると人間だらけますからね。ほら、よくドラマとかアニメで執事がいたり、メイドさんがいるお金持ちな人って結構何も出来ない人多いじゃないですか? あれがいい例だと思います。やってもらって当たり前みたいな考えは良くないし、自分の為にならないと思いますよ」


 そう言ったものの、逆に甘やかす方にも問題があるとも言えなくはない。自分は彼女を甘やかしすぎた気がする。

 はぁ~っとため息が出る。だらけさせていたのは自分のせいでもあるなと改めて認識した。


「どうしたんですか?」

「今自分で言って、甘やかすのも問題だなと。俺は彼女を甘やかしすぎていたなーって。だから自分も悪いなと思いまして」


 洗った物を花宮さんに渡し、拭いてを繰り返しながらもそのまま会話は続いていく。


「そういう事ですか。確かに人は日常に慣れていきますからね。やらなくても彼が、彼女が、やってくれるからと。私もそうでしたから気持ちはすごくわかります。なんだかんだ自分もやる事に慣れちゃうんですよね。でも、いざやられると『違う!』って口出しちゃうんですよ。いけないと分かってて、やる気出してくれたのに、余計にやる気を削いでしまって……結局また元通りに」


 洗い物を拭きながら、ふふっと笑って食器棚に戻していく。彼女の言う事は理解できる。


「共感しかありません。よくそれでけんかしてましたよ」

「じゃあやってよ! って怒られた事もありますよ。すごい理不尽でしたよ。普段からやればこうなる事なんてないのに。私はあなたのお母さんじゃないってね」


 思い当たる節がたくさんありすぎた。

 花宮さんとはなんとか上手くこのシェアハウスてきな何かをやっていけそうだ。互いがこの考えであれば生活には差し支えない。

 ただ、この家に住むにあたってのお互いのルールを明確に作るべきだな。一応、異性な訳だし。


「私達の同棲生活は上手くやって行けそうですね」


 最後の1枚のお皿を食器棚にしまって、恥ずかしげもなくこちらを見てニッコリと笑顔で言った。


「一ついいですか?」

「はい、何でしょうか?」


 そんな笑顔でこっち見ないで。なんか言い辛くなるから……。


「同棲って言い方はやめませんか? 間違ってないですけど、間違っている気がします。シェアハウスにしましょ?」

「シェアハウスですか? 嫌です。これは同棲です。ここは譲れません!」


 なんで? 別に同棲にこだわらなくて良くない? お願いだから譲ってほしいな。


「じゃ、じゃあ同居でどうですか?」

「うーん。別に同棲でよくないですか? 響きもいいじゃないですか! 同棲してるって私言いたいですもん!」


 何その理由。めっちゃ私用じゃん。言い寄ってくる男が多いから、彼氏がいることを匂わせるという事でよろしかったですか? 


「あぁ、はい。わかりました。何となく察しましたよ。もう同棲でいいです……」

「はい! じゃあこれからよろしくお願いします!」

「……よろしくお願いします」


「では仕事に行くとしましょう。今日もがんばるぞぉ?」


 ちらりとこちらを見て、言葉を続けろと視線で訴えてくる。


「お、おー!」


 お互いに拳を上げて、元気づける。無理矢理やらされた感半端ないな。




 こうして花宮さんと同棲(仮)生活は始まりを迎えた。

 

 段々と崩れ落ちていた花宮さんのイメージは1日で、いや、この数分で崩壊したのだった。

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