エデンの開拓者達 (短編)

うちやまだあつろう

エデンの開拓者達

 かつて栄えた地上の都市も、緑に覆われてしまっている。崩壊したビルの隙間を、穏やかな風が流れていった。

 どこまでも青く広がる空を見上げると、白い雲と並んで大きな島が幾つか見える。その島群は『エデン』。地上を追われた人類が造り出した最後の楽園であり、元人類の居住区である。

 その島が作り出す大きな影の中を、大きな鳥が通りすぎていった。

 アヤカは大きな荷物を担ぎ直すと、自然に飲まれた文明へと踏み出した。


「本当にこんなものあったんですねぇ。」


 周りの廃墟を眺めながら呟く。すると、前を歩いているタケルが答えた。


「お前、地上は初めてか。どうだ、想像通りだったか?」

「想像よりスゴいです!文献でしか見られなかったものが、目の前にあるんですよ!それに、見たこと無い植物もいっぱい!」


 アヤカはコンクリートを割って生えている木に駆け寄ると、カメラのシャッターを切った。これは『エデン』には生えていない上に、文献にも無い植物だ。地上には、このような未知の植物が無数にあるのだ。

 アヤカは、その植物に成っている種を採取すると、腰のポーチにしまった。これは、後で研究施設で詳しく分析されることとなる。

 植物学者のアヤカにとって、空に浮かぶ『エデン』よりも、この地上の方こそ楽園だった。


「あまり離れるなよ。守ってやれない。」

「分かってますって。何かあったら、すぐに逃げてきますから。」

「お前みたいな、ドンクサイ奴を逃がすほど『精霊』は甘くない。ここでは、我々人類の味方はいないからな。」

「はいはい、分かってますよ。」


 子供のように目を輝かせているアヤカを見て、タケルはため息をついた。

 『精霊』というのは、自然の代弁者であり、守護者である存在だ。そして、人類を空へ追いやった者達でもある。

 かつての人類の文明は、今では想像も出来ないほどに進んでいたらしい。もはや、神のような力すら持っていたという言い伝えもある。

 しかし、その発展は全て、自然を犠牲にした上で成り立っていたものだった。それが積み重なった結果、遂に自然は『精霊』という代弁者を通して、人類に復讐を始めたのである。

 要は、この荒廃した都市も、あの幾つか浮かぶ浮遊島も、全てかつての報いなのだ。


 その『精霊』は、今でも地上に存在する。

 多くの『精霊』は、力が弱いために襲ってくることは無い。ところが、力の強い『精霊』に見つかると、凄まじい攻撃に襲われることとなる。

 調査者であるアヤカを『精霊』から守ることが、警護者であるタケルの役目だった。


「できれば戦闘は避けたいんだ。静かな行動を心掛けろ。」

「もし戦ったら、『精霊』を殺すんですか?」

「いや、殺しはしない。機能停止させるだけだ。」

「機能停止?」


 すると、タケルは腰に提げていた剣のようなものを見せた。長方形の厚い板に、短い柄がついたような道具だ。

 彼がスイッチを押すと、低い起動音と共に、刀身である板の部分が淡く光った。


「特殊な武器で動けなくするんだ。これは、『破幻刀』っていう剣でな。体内のエネルギー循環系を断ち切るんだ。それで……」

「それで、機能停止したらどうするんです?」


 話が長くなりそうだったので、アヤカは口を挟む。タケルは少し残念そうに答えた。


「エネルギー源として利用される。」

「エネルギー?」

「『精霊』は自然の力の具現化みたいなものだ。うまく使えば、エネルギー効率の良い電池になるんだよ。それに」


 タケルは空に浮かぶ島を指差す。


「あれだって『精霊』で浮かんでる。」

「え?そうだったんですか?」

「それだけじゃない。この『破幻刀』も、お前の持つカメラも、『精霊』のお陰で動いている。」

「これもですか。『精霊』って便利ですねぇ……。」

「人類を滅ぼそうとした『精霊』が、今オレたちを生かしてるのさ。皮肉なもんだな。」


 タケルは自嘲ぎみに言った。


「さ、出発しよう。ポイントB-56まで行けば、回収班が来てくれる。」


 タケルはそう言って歩きだした。

 ポイントB-56は、この先にある平原だ。アヤカはカメラをポケットにしまうと、その後を追った。


 その時、背後で物音がした。

 アヤカが振り返ると、巨大な岩の塊がモゾモゾと動いていた。あまりに有り得ない光景に、全身が氷になったかのように動かなくなる。

 そんなアヤカの脇を、タケルが走って通り抜けていった。


「下がってろ!『精霊』だ!」

「あ、あれが!?」


 岩の塊は、いつの間にか一つの形を形成し始めている。その様は、まるで岩でできた怪物のようだった。

 アヤカは咄嗟に廃墟の影に隠れると、『破幻刀』を片手に走るタケルを見た。


「こっちだ、デカブツ!」


 彼はそう叫ぶと、何かを投げつける。怪物の体に当たると、それは凄まじい音を上げて爆発した。


『罪を償え、人間どもめ……。』


 低く唸るような声が響く。脳を直接震わせるような不快なものだった。これが精霊の、自然の声なのだろう。

 アヤカは両耳を抑えながら、目の前を見た。

 怪物の体は、いつの間にか半分が砕けている。これは、タケルの爆弾によるものだ。

 精霊の猛威というのは、生身の人間にとっては凄まじいものなのだが、『科学』という力さえあれば対抗できる。それどころか、圧倒することさえできるのだ。

 しばらくすると、岩の中から小人のような生物が出てきた。タケルは躊躇うことなく、その生物に刀を突き立てようとする。


「ちょ、ちょっと!」

「なんだ?」

「それが精霊なんですか?」

「そうだ。写真でも撮るか?」

「い、いや……。」

「なら、耳塞いどけ。」


 アヤカが慌てて耳を塞ぐと、タケルは『破幻刀』を精霊に突き刺す。同時に、つんざくような断末魔が辺りにこだました。


「こ、殺しちゃったんですか?」

「いや、機能停止しただけだ。精霊が死ぬと自然に還っていくからな。その前に、搾り取れるだけ搾り取る。」


 タケルは動かなくなった精霊を、腰に提げていたビンのようなものに入れた。

 ぼんやりとそれを眺めるアヤカを見て、タケルが呆れたように言う。


「精霊がかわいそう、とか思ってないだろうな?」

「いやぁ……。まぁ、思いますよ、そりゃあ。」


 精霊はビンの中でぐったりとしている。呼吸をしているようには見えないが、タケルの言う通りならば死んではいないのだろう。

 ところが、精霊が人型だったせいか、それとも人語を話したせいなのか。とにかく、アヤカの頭には小さな疑問符が浮かんでいた。


「こいつは上に運ばれれば、死ぬまで俺たちを生かす電池として使われる。それで、死んだら勝手に自然に還るんだ。」

「……やっぱり、かわいそうですよ。」

「確かにかわいそうではあるが、こいつ一人の犠牲で、何人もの生活が維持されるんだ。『生きる』ってのはそういうことだ。」


 タケルの言う通りだ。

 私たちの安定した生活のためには、多くが犠牲となっている。それは、精霊のみならず、牧場島の動物達や、農業島の植物達もそうだ。

 もっと広げて言うのならば、我々人間同士でさえも、自身のために互いに犠牲にしていると言えるだろう。

『生きる』ということは『奪う』こと。

 頭では分かっていたつもりでも、アヤカはそれを直視したことはなかったのだ。しかし今日、初めて目撃した。


 アヤカはタケルを見た。

 タケルの目には悲しげな様子はなく、風の無い大海原のような、穏やかな目をしていた。きっとこれが『生物』の本来の目なのだ、とアヤカは思った。


「お、さっきの戦闘のおかげで、回収班がこっちに気づいたらしい。」


 タケルが手を振る先には、円盤のような小さな島が近づいてきていた。あれが地上と『エデン』を繋ぐ方舟である。

 その島は二人の前に着陸すると、ゆっくりと扉を開けた。中から職員の男性が降りてくる。


「お二人とも、お疲れさまでした!怪我はありませんでしたか?」

「えぇ、まぁ。」

「それは良かったです!さぁ、中にお入りください!あ、サンプルの忘れ物とか無いですよね?たまに居るんですよ。」


 アヤカは植物の種子が入ったポーチを握りしめて答えた。


「大丈夫です。帰りましょうか。我々の『エデン』に。」

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