現実 第十八部

 三原先生と別れ、俺は式場を後にしていた。

 そして、俺がきていたのはいつかの横断歩道であった。

 今日も今日とて、何人もの人たちが赤信号で止まり、青信号となれば白い線を上を歩いて行っていた。

 なんら変哲も無い、そこら中にある横断歩道の一つ。

 仮に、もしもあの日。俺がここで命を失っていたのならば、誰かにここは人が死んだことのある横断歩道などと認識されていたのかもしれない。

 いや、正確には園田綾という女子高生が亡くなった場所だと言われていたのかもしれない。もしもそうならば、僕が死んだと時、彼女が死んだ時では供えられる花の数から、ここで人が亡くなったと認識される数もだいぶ変わっていただろう。

 結局、ここで命を落とす人は現れず、無事今日もなんの変哲もなく信号にしろ、横断歩道にしろ自らの職務を全うしているわけだが。


 あの日、ここで俺が死のうとした時、園田綾という人物に俺は出逢った。

 それ以来俺はその人物のために生きていた。そういっても過言ではない毎日を生きてきた。

 ある時は、たった一言の言葉の意味を求め奔走し、ある時は一人の人間の心に秘める気持ちを模索していた。

 俺はあの日、自分には何もなくて、生きている価値がないと想い、ここで最後の自分への手向けとして、事故に合いそうな女の子を助けようとした。

 けれど、ある女子生徒は、自分は優れており、あらゆるものを持っているがために、その価値を無視して仲良くなってくれる友がいないと感じ続け、一人の男子生徒たちを救うことで、強制的に自らの人生の幕を閉じようとした。

 なんとまぁ、妙な偶然が重なって、さらには幸運な偶然が重なり、誰一人死者を出すことなく難を逃れた。

 けれど、ここで死ぬことはなかったにしろ、この一件がきっかけで一人の人間が命を落とした。


 今でも、その死の真の理由はわからない。

 その答えを知りたくないと言えば嘘になるが、知りようがない。だから、知ろうとは決して思わない。

 そんな意味のないことに費やしている時間もないわけだし。

 俺が園田綾という人物に出逢って、早一年。は経っていなかったが、約一年近くの時を一人の人物と関わってきた。それは俺にとって何年ぶりの出来事であったか。

 園田綾だけではない。その周りに人たちとも関わってきた。彼女の両親ともなれば彼女と同じくらい。下手すれば彼女が寝ている間も関わっているわけだから彼女以上に関わっていたといってもいい。


 兎にも角にも、俺のここ数年で最も人との関わりの多い一年を過ごしてきた。

 もう、ここで死んでもいいくらいに。

 青信号が点滅し始めて、急いで渡っていく子供が一人いた。その子は赤になる前に横断歩道を渡りきり、無事何事もなく帰路へとつく。

 俺も、そろそろここから離れようと赤信号になっている横断歩道のところまで移動する。

 目の前を止まっていた車達が一台、また一台と通過していき、止まっていた車は全てそれぞれの目的地へと行ってしまった。

 園田綾という存在を失った今、俺にあの車達のように向かうべき目的地があるのだろうか。


 先ほど横断歩道を渡った子供はすでにはるか遠くにいる。

 俺も、あんな子供のように進んで行けばいいのか。そんなことを考えながら、俺は次の目的地へ向けて一歩歩き出すのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日、まだ生きている 園田智 @MegUmi0309

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ