現実 第十一部

 もうじき自宅に着くところまでなんとか歩いて帰ってきて、慣れた足取りで角を左に曲がる。

 綾さんの姿を見た後、俺は病院内のあらゆる人の元へ赴いた。

 綾さんのところへよくきていた看護師さんや、綾さんの近くに入院していた患者さんのところ、そして、終いには綾さんの担当医師のところにまでも。


 最初に訪れた看護師の人は俺のことを知っており、よく綾さんが俺のことを話していたと目元に涙を浮かべながら聞かせてくれた。

 俺としてもあまり話したことない人であったが、綾さんのおかげもあり、ズバズバと彼女のことについて聞いた。

 最近、綾さんの様子がおかしくなかったか。一人で行動することが多くなかったのか。なにか弱音のようなものを吐いていなかったなど。

 今思えば、少し突っ込みすぎた質問にも覚えるが、こういった対応に慣れているのか、それとも気がすむまで俺の話を聞いてくれたのかわからないが全て丁寧に答えてくれた。

 特に様子はおかしくなく、一人行動に関しては、最低限のことは一人で行い、散歩なんかをするときはほとんど誰かを連れて歩いていたらしい。そして、弱音など一度も聞いたことがないとのことだった。

 看護師さんから聞く綾さんの情報は俺の知る、いや、皆の知る綾さんそのものだった。


 次に聞いた綾さんの病室に近い患者さんたちのほとんどは、綾さんの顔を見た程度で、特に親しげな人はいなかった。

 中には何度か話したことがあるという人もいたが、看護師さんほど有意義な返答は帰ってこなかった。

 何かが満たされない俺は最終的に彼女の担当医の元へ訪れた。

 最初は俺の来訪に驚いていたものの、綾さんのことでと話し始めたら納得するように話を聞いてくれた。

 そして、懐かしそうにその時の担当医は俺に話し始めたのだった。


「君と話すのは、君がこの病院に運ばれてきて、目を覚ました時以来だね」


 目の前の医師の言葉に促されるように、改めて自分と話している医師の顔を見ると、確かに前にあったことのある男性医師であった。


「君と話す内容が、また彼女のことなんて妙な偶然だね。だが、今回は前ほど前向きなものにはならないだろうが」


 目の前の男性医師の言うことは当たっている。

 死んだ人のことで話があると俺が切り出したのだ。当然、そういう流れになる。


「それで、何が聞きたいのかな?」

「綾さんの死因はなんだったんですか?」

「彼女の死因は脳挫傷。つまり、脳を強く打ってしまったことで亡くなってしまったんだ」


 答えは知っている。しかし、俺が知りたいのはもっと具体的なことだ。


「階段から落ちて、頭を打ったと聞きました。でも、それくらい俺にもあります」

「そうかい。確かに階段から落ちて頭を打ってたんこぶができるなんて話は現実でもよくある話だ。だが、中にはもっと残念なケースがある」

「それが今回だと?」

「そうだ」


 男性医師は俺が追って聞かずとも、丁寧に説明してくれた。


「まず、綾さんが階段から落ちたのは七から九段目あたりから。つまり、階段の上から下までということ。そして、彼女の頭部には左前部と後頭部に転落した時に打ったと見られる打撃痕が残っていた。致命傷だったのは後頭部を打った時。その時彼女は意識を失い、その音を聞いて駆けつけた看護師によって私のところまで運ばれてきたわけだが、もうその時には手のつくしようがない状態だった」

「失礼なことを聞いても?」

「どうぞ」

「誰かに突き落とされたとかは?」

「うむ、その可能性ももちろん無きにしも非ずだが、今回に限ってはない。彼女の転落時直前、一人で移動しているところをうちの看護師が見ている。そして、その看護師が階段で転落した綾さんを発見した。その間、ものの数分。事故現場を見ていたわけではないが、綾さんが転落した階段近くには人がいなかった。それはその看護師が証言している。まず、殺人ということはないだろう」


 聞いておいてあれだが、殺人はなど最初から疑っていない。

 あくまでこの後の質問を答えてもらうための布石。それにすぎなかった。


「では、綾さんの不注意、もしくは自殺ということですか?」


 自殺。という言葉に一瞬男性医師は眉をひそめるが、俺の質問にゆっくりと答える。


「前者だろうね。僕には彼女が自殺するような人物には見えない。長年こういう仕事をしているとそういう人を見ることがある。入院が続きうつ気味になる患者や、そういった行動に走りなんとか一命をとりとめた患者。そういう人たちは決まって自分の人生にナーバスだ。だが、彼女は全くそんな風には見えなかった。それは、君が一番知っているんじゃないか?」


 聞いてくる男性医師の言葉に答えることなく、首を縦にも横にも俺は振らなかった。


「僕は不運にも彼女が階段を踏み外し、転倒。さらに不運が重なったことによる死亡だと思っている」 


 その言葉を最後に俺と男性医師の会話は終了し、その場を後にして、俺は今こうして帰路についていた。

 視界の中に自宅を捉えていたが、俺の中で彼女の死が偶然の悲劇なのか、はたまたかつてのリベンジなのかは不明のままだった。

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