巡り合わせ 第四部
堀田先生が教室の扉を開くと、そこには僕の学校と変わらず、机などが並び、黒板の前には教卓が一つあった。
「えっと、どこでもいいけど、どうせなら綾ちゃんの席にでも座ろうか」
堀田先生に案内されたのは教室の奥の窓側。そして、黒板に一番近い最前の席だった。
俺がそこに腰掛けると、堀田先生は俺が座っていた隣から椅子だけとって、僕の前へとそれを持っていき、腰掛ける。
「それじゃあ、何から話しましょうか」
堀田先生は綾さんの机に肘をつき、両手を絡み合わせ前傾姿勢になって、こちらへ視線を向けてくる。
俺は机に肘をつけるわけでも、手を置くわけでもなく、椅子に深く腰掛けて話を切り出す。
「綾さんは成績が良かったと聞いたんですが」
「えぇ、とても良かったわ。私も社会を教えているけど、いつも九十点以上。それでいて、その結果に甘んじることもなく、毎回のように勉強に励んでいるように見えたわね」
「じゃあ、進路も決まっていたんですか?」
「そうね。決まっていたと言ったら、決まっていたし、決まっていなかったと言ったら、決まっていなかったかしら」
「どういうことですか?」
「進学ってことで、大学は決まっていたわ。もちろんご両親とも相談の上でその大学に行くとなっていたわ」
「成績が……、ってことではないですよね」
「えぇ、綾ちゃんなら余裕とまでは言わないけど、それでもまぁ入れたでしょうね」
「ということは、有沙さんがらみですか?」
「あら、有沙ちゃんのこと知ってるの?」
「えぇ、まぁ……」
「確かにそれも少しあるかもね。実際あの二人は仲よかったし、大学はそれぞれ違ったから」
「その言い方だと違うんですか?」
「えぇ」
大学に進学することが綾さんにとって嫌になっていたのかも知れない。俺も高校入学に入るときにはそれなりに受験勉強をこなしていたし、それが綾さんみたく成績の良い人となると、大学の偏差値も高くなるだろう。そうなれば必然的に勉強の内容も量も増えてくる。それが嫌になって、あんなことをしたのだろうか。周りがどう考えていようが、本人にとってはもっと大きな問題かもしれない。そんなことは誰しもあるだろう。
でも、堀田先生が他の何かに気づいているということは、そっちの方が核心に近づいている可能性もある。周りが気付くほどの変化なのだから、それだけ大きなことを示唆している。
「健君はさ。授業中に窓の外を見ることはある?」
「外、ですか……?」
堀田先生に突然そんなことを聞かれて、不意に考えて見るが、そもそも俺は窓側の席じゃないし、なんなら廊下よりの席だった。だから、外を見ることはあまりない。授業中やっていることといえば、真面目に授業を聞くか、教科書のいろんなページを見ているとかだろうか。ただ、全く見ないかと言われれば、たまに外を見ることはあるだろう。
「そうですね。たまに見ますかね」
「それはなぜ?」
「なんでって、それは、その……」
「あぁ、いいよいいよ。素直に言ってくれたら」
「暇、だからです」
「そうそう、早く終わらないかなぁって思ったりするでしょ」
「えぇ、まぁ……」
「実はさ、綾ちゃんもたまーに窓の外を見るんだけどさ。それ自体はおかしいことじゃないの。ただ、その表情が悲しそうなんだよね」
言われてみれば、俺が窓の外を見るときは暇だなって思ったり、なんか外の景色を見るためだからであって、その表情は無表情に近いものだろう。
逆に、それ以外の表情で外を見ることはないだろう。それこそ、好きだった人に振られた後とか、何かしらの要因があれば、それもおかしいことではないのだろうが。
「なんか、困ってることとかあったんじゃないんですか?」
「そうなんだよねぇ。でも、綾ちゃんってそういう弱みとかを他に見せないから、誰もわからなかったんだよね」
「誰もですか?」
「そうなの。私も色々調べたりしたんだけど、何にもわからなかった。受験生が悩んでいることだから、勉強のことかなぁって話をしても別に何も困っていない様子だったし、恋愛関係も少し考えたわ。ほら、春じゃない。それでいわゆるワンチャン告白とかいっぱいされてるのかなぁって」
先生の言うワンチャン告白というのは初めて聞く単語だったが、なんとなく意味はわかる。春は出会いと別れの季節というし、桜が否応なく雰囲気をよくさせる。とりあえず、桜の木の下で告白なんかすれば、それだけで雰囲気があるというものだ。
「それでもなかったんですね」
「そうなの。有沙ちゃんにも聞いたけど、そんなことはないって」
「有沙さんには言っていないとかはないんですか?」
「女の子は言うものなの」
「そうなんですか……」
堀田先生が女性であることが一番の根拠として今の言葉を受け止めるとして、となれば、勉強でも、恋愛関係でもない。そして、家族内不和もこのあいだの綾さんのご両親と話していて、そんなこともなかった。となれば、考えられる可能性は友達関係……
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