第6話

 黒葛つづらさんを見送った後、1人で歩き出した俺はふと、来る時とは違う道を通って帰ることにした。

 もしかしたら来るときに見かけた人たちとは違う、何かを発見できるかも知れないと思ったからだ。


 そんな俺の期待をあざ笑うかのように、通りすがる人たちは来る時と変わらず……複数人でいても同性とのみ一緒に居るだけだった。


 休日の住宅街なんてそんなものか……せめてデートスポットのようなところに行かなければ男女の関係性なんて見えてこないのかもしれない。

 学校に行けばもっとなにかわかるかもな……。




 そんな事を考え、肩を落として歩いているとどうやら住宅街の外れにたどり着いたようだ……周りに見覚えは無いが、木々が生い茂っている……公園か何かかな?

 この公園に沿うように進めば自宅の方角に向かって行けるはず、そう考え歩いて行くと……目の前に鳥居が見えてきた。


「神社……かな?」


 鳥居の奥は一層と木々が生い茂り、どうやら上へと石の階段が伸びていて奥は丘になっているらしい。

 雨が上がり日が差してきているとはいえ、目の前の薄暗く伸びる階段にどことなく不安な気持ちを覚えるが……俺はその階段を上ってみることにした。



 濡れた石の階段で足を滑らせないように気を付けながら上っていくと、少し開けた境内が見えてきた。

 お世辞にも広いとは言えないし、普段から人が訪れることもないのだろう……閑散としている。



「何か、御用でしょうか」


 周りをぐるりと見渡していた時、ふいに背後から声がかけられた。

 ついさっき見たときは人の姿はもちろん、気配だってしなったはずなのに……慌てて振り返った俺の目に……白いショートヘアの巫女さんが映る。神社だからもしかして狐の耳か、なんて思ったりもしたがどうやら猫の耳としっぽらしい。

 

「いえ、通りがかったので少し寄ってみただけなんですが……もしかして立ち入りが制限されていたりしましたか?」


「いえいえ、そのようなことはございませんよ。ただ来訪される方はとても珍しいので」


 じぃっと俺の顔を見つめていたその巫女さんはそう言いながら穏やかな笑みを浮かべる……歳は俺と変わらないくらいにも見えるが、もしかしたらもっと年上なのかもしれない。

 そう感じさせるほどに落ち着きのある佇まいだったのだ。


「そうですか、お邪魔で無かったのであればよかった。なんとなく、足が向いてしまって」


「それは……白桜姫はくらひめに呼ばれたのかもしれませんね」


白桜姫はくらひめ、ですか?」


「えぇ、この辺りに住んでいたと伝えられているお姫様です。とても可愛らしく、皆に慕われていたとか」


 そういう巫女さんは……どこか憂いのある、物悲しい表情を浮かべる。


「ですが、幼い頃から体の弱かった白桜姫はくらひめは十代半ばの頃、病を悪化させて亡くなったそうです。姫が生まれたときに植えられたとされる桜の木が、この神社の御神木なんですよ」


「そんなお話があったんですね、それで……『呼ばれた』とは……」


「古い言い伝えです。若くして亡くなった白桜姫はくらひめは『恋』と呼ばれるものを知らなかったと……だから自身が心から恋をすることが出来る人を捜すために呼び寄せるのだと」

 

「な、なるほど……」


「もっとも、そのような方がここを訪れたことは知られている限り一度も無かったそうですけれども」

 

 そういい、口元へ手を当ててクスクスと笑う巫女さん……これは、揶揄からかわれたかな?


「ふふふ、お引き留めしてしまいましたね。境内の清掃がありますのでこれで失礼いたします。どうぞゆるりとお過ごしくださいね」


「ありがとうございます、もう少ししたら失礼しますよ……あぁ、俺の名前は久瀬 慎哉と言います、またここでお会いしたら宜しくお願いしますね」


 なぜかこの時の俺は『またここに来る』そんな予感とも言える思いを感じていた。

 またこの巫女さんにあったら話を聞かせて貰おう……そんな気持ちで名前を告げる。


「これはご丁寧に。わたくしは――――と申します。それでは慎哉様、帰り道はお気をつけて」


 ザァッ――風が木の葉を揺らす音にかき消され、巫女さんの名前が聞き取れなかった……改めて聞きなおそう、そう思い口を開く間もなく巫女さんはその場から立ち去っていく。


「あ、あのっ!」


 慌てて呼びかけるがそんな俺の声が届いていないのか、真っ白なしっぽをふりふりと揺らしながら巫女さんは行ってしまった。


「また今度……聞けばいいか」


 呟き、視線を上げると巫女さんが立ち去ったその先に大きな木が見えた……あれがきっと御神木と言われた桜の木なんだろう。


 そちらに行ってみようか、そう思い足を踏み出したところでピリリッとブルゾンのポケットに突っこんだままにしていたスマホが着信を知らせる。


――『何時に帰ってくるの? もうお昼になっちゃうよ』


 取り出してみると、萌花からのメッセージだ。時間を見ると既に12時近くになっている……思いのほかここまでに時間をかけすぎていたらしい。


――『すまん、今帰っているから』


 メッセージを返し、もう一度桜の木を見やった後その場で振り向き元来た階段へと向かう。

 

 『――――ね』風に吹かれ木の葉が鳴る中、そんな囁くような声に気が付くこともなく……。




――――




「ただいまー」


 神社を出て10分も歩いたところで、ようやく俺は自分の家へと帰ってきた。ぐるりとまわっては見たものの、わかったことはやはり女性にはけも耳が付いているんだということくらいだ……。


「お、おかえりなさい……」


 靴を脱いでいるとぱたぱたと足音を立てて奥から萌花が出てきた、わざわざ出迎えに来てくれたのかな?


「ただいま、萌花。お昼待たせちゃったか?」


「ううん、だ、大丈夫……ちょうど用意が出来たところだから」


 そういう萌花の頬は赤く、俺と視線を合わせようとはしない……そう言えば出掛ける前に散々しっぽや耳を撫でたんだったか……。


「あー、朝は、そのすまなかったな。つい夢中になって……」


「お、お兄ちゃん! もぅその事は良いから……はっ、はやくご飯、食べよ?」


 ぷしゅぅっとさらに顔を赤く染めた萌花はそう言い、来た時と同じようにぱたぱたとリビングへ戻っていく。どうやら……思い出させてしまったみたいだ。

 しまったな、と頬を掻きながら萌花に少し遅れてリビングへと入り、昼食が用意されているテーブルへと腰を掛ける。


「お腹空いたー……なんだ、お兄ちゃんもう帰ってきたんだ?」


 しっぽをパタパタパタッと忙しく振りながら悠璃がリビングへ入ってきた。この世界でツンデレとか、わかりやすすぎじゃないか……?


「おう、ただいま。皆でご飯が食べたかったから急いで帰ってきたよ」


「べ、べっつに! あたしはお兄ちゃんと一緒に食べたかったなんて言ってないでしょー!」


「慎哉、いくら悠璃が可愛いからって揶揄からかいすぎちゃダメでしょ?」


 くつくつと笑う俺に、母さんがそう言いながらも嬉しそうに微笑みながら声をかけてくる。


「母さんただいま。悠璃も萌花も可愛いんだから……仕方ないだろ?」


「「かかかか、可愛い……」」


 先ほどの萌花と同じようにぷしゅうっと顔を真っ赤にする悠璃、そして萌花は目をぐるぐるとさせながらキッチンへと逃げて行った……。


「それで、雨は大丈夫だったの? 見たところそれほど濡れてしまったようではないみたいだけど」


「あぁ、なんとか雨宿りが出来てね。その時は少し濡れたけれどもう乾いたみたいだ」


「突然の雨だったから心配したのよ? 特に悠璃と萌花は迎えに行かなきゃって聞かなくって」


「おおお、お母さん!? ちち、違うからね! 萌花がどうしてもって言うから仕方なくって言うか! いや、心配じゃなかったわけでも無いでもないだけれど!?」


 両手としっぽをわたわたとさせながら言い訳を始める悠璃……ちらりと動かした視線の先では、戻って来ようとしていた萌花がその場で耳をぺたんとさせながらうずくまってしまっていた。


 まだ何もわからないけれど……せめて今くらいはこんな一時を過ごしたっていいんじゃないかな……。


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